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2007年1月25日 (木)

日本航空706便の続き

日本航空706便は、乗客169名で、乗務員は機長、副操縦士各1名、客室乗務員9名でした。このうち、重傷は乗客1名、客室乗務員3名で、軽傷は乗客4名、客室乗務員4名でした。客室乗務員は搭乗9名中7名が重傷又は軽傷となり、うち重傷者1名は意識が戻ることなく1年8ヶ月後にお亡くなりになられました。

前のエントリーの4)に書いたように、乗客1名はシートベルトを緩めにしていたとのことですが、他の重軽傷者はシートベルトをしていなかった。重軽傷の客室乗務員7名は、ギャレーで作業中であった。このことについて、もう少し書いてみたくなりました。

1) 飛行機の揺れ(タービュランス)とシートベルト・サイン

機長組合のWebには、2007年1月9日の名古屋高裁判決文要旨と2004年7月30日の名古屋地裁の判決文がアップされています。機長組合に対して機長が述べた事故についての証言は、一つ前のエントリーの続きを読むに入れており、この内容と同じなのですが、着陸に際してのタービュランスやシートベルトに関して、どのような経緯があったかを名古屋地裁の判決文で見てみることとします。なお、この部分について判決文は、「事実について概ね争いがない。」としています。

・ 出発前の打ち合わせの際、副操縦士より客室乗務員に対し、又機長からもシートベルト点灯時は例外なく着席するようにと伝えた。
・ 19:15頃 客室乗務員Fがアライバル・インフォーメーションを操縦室に聞きに来る。20:10頃の到着予定を伝え、降下中に揺れが予想されることから、早めに片づけを終えるように機長は指示した。
・ 19:30頃 客室乗務員I(キャビン・スーパーバイザー)が操縦室に客室の様子を伝えに来た。19:20に高度22,000ftから15,000ftに風速変化による軽い乱気流があるとの気象情報を聞いていたことから、客室乗務員Iに対して着陸準備を早めに終えるように伝えた。
・ 19:46頃 シートベルトサインを点灯した。その直後と思いますが、客室乗務員はシートベルト装着のアナウンスを行った。
・ 19時48分25秒頃から15秒間ほど激しい揺れに遭遇した。

2) 客室乗務員は何故着席したいなかったか

1)の状況だけを見ると、この疑問に私は答えられないのです。敢えて、想像を膨らませて以下書き進んでみます。

706便の客室乗務員の配置は、前方3名(I、Fは前方)、中間3名、後方3名でした。このうちで、前方の1名が軽傷。中間3名が軽傷。後方3名が重傷でした。但し、ギャレーは前方と後部の2箇所であることから、事故当時作業をしていたのは、前方1名と中間3名の4名が前方ギャレーで、後部ギャレーに3名がいました。

事故調査委員会の報告書には転倒した食事サービスを行うミールカートの写真があります。後部ギャレーとの説明があり、おそらくミールカートを所定の位置に入れてロックを行おうとしていたのだろうと思います。つまり、ミールカートが激しいタービュランスの中、客室に飛んでいったら恐ろしい事故になるからです。マイナス1Gやプラス3Gになっているのですから、重量(質量)がいくらかは知らないのですが、100kgであれば、300kgの力で押さえつけられるだけでなく、速度がついて上下に飛んだとしたら相当危険です。

多分、客室乗務員も着席してシートベルトをすることが出来なかった理由があるのだろうと思うのです。もしかしたら、甘く見ていた点があったのかも知れないとも思うのです。

でも「安全第一」。どこかの工場や工事現場でよく見かけた看板みたいですけど。そんなものが、おろそかになってないかの警告ではないかと思うのです。裁判では、機長の刑事罰が問われたのであり、「安全第一」のルールについては、争いになっていません。事故調査委員会の調査も事故原因として機体や設計や操縦の面は調査されていますが、航空機を乗務員がチームとして安全に運行する為のルール、或いは会社の職務規程等が安全運行(乗務員の安全も含めて)の面で、どこまでこの事件を通して検討されたのだろうかと思うのです。重要なことと思います。

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