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2007年1月25日 (木)

航空機事故の裁判

少し前の1月9日のことですが、名古屋高等裁判所において1997年6月8日に日本航空706便が名古屋空港に向けて降下中に発生した事故について当機の機長であった高本孝一氏が業務上過失致死傷について問われた裁判で無罪判決がありました。この判決についての日経記事は以下の通りです。

日経-機長に二審も無罪・14人死傷の日航機乱高下事故

本日24日付で、日本航空機長組合のWeb(ここ)に「706便裁判 完全無罪判決確定」と題する日本航空機長組合、日本乗員組合連絡会議、航空労組連絡会と航空安全推進連絡会議の4者連名による声明文が発表されました。当該声明文(ここ)には、1月23日、名古屋高等検察庁は最高裁への上告を断念したと書かれており、無罪判決が確定したと理解します。

この事故に関連して少し書いてみます。

1) 事故調査委員会

この事故に関しては事故調査委員会が設置され、1999年12月2日付けで調査報告書が出されました。(当該報告書は航空機事故調査委員会のWeb(ここ)からダウンロード可能です。)日本航空機長組合(以下機長組合と略します。)のWebによれば、名古屋地方検察庁はこの事故調査報告書の内容を基に当該機長を2002年5月、業務上過失致死傷で起訴しました。

航空機事故調査委員会は、航空・鉄道事故調査委員会設置法により設置されていますが、同法の第15条(事故等調査)第1項には「委員会は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠して、第三条第一号から第三号までに規定する調査を行うものとする。」と規定されています。国際民間航空条約(ICAO)第13付属書には、第3.1条「事故またはインシデント調査の唯一の目的は将来の事故又はインシデントの防止である。罪や責任を課するのが調査の目的ではない。」や、第5.12条「事故又はインシデントがいかなる場所で発生しても、国の適切な司法当局が、記録の開示が当該調査又は将来の調査に及ぼす国内的及び国際的悪影響よりも重要であると決定した場合でなければ、調査実施国は、次の記録を事故又は重大インシデント調査以外の目的に利用してはならない。」との規定があります。

事故調査報告書は、事故原因として、機長の不適切な操作や、操縦士が当該MD-11型機の自動操縦装置の特性並びに同型式機の縦安定特性及びピッチ変動が発生した際の回復操作に関し、十分に習熟することができなかったことが関与した可能性が考えられると記載しました。

機長組合は、事故調査報告書を証拠として採用することに強く反対をしています。事故の再発を防止することが、事故調査の目的であり、関係者が包み隠さずに自己に不利なことを述べてまでも再発防止に協力すべきであり、その為には事故調査で得た口述等の記録を犯罪の証拠等他の目的に使用しないことを保証することが重要であるとの考え方です。それと、事故調査で行ったことは原因の推定であり、その推定により刑事罰を問うことの不適切性も述べておられます。

時々飛行機に乗る身になって考えてみると、事故は嫌です。しかし、操縦士を信頼しています。信頼していなかったら、やはり乗れないと思います。万一のことがあっても最善を尽くしてくれると信じます。だからこそ、トラブルや事故があったら原因を出来る限り究明して、再発防止策を講じて欲しい。だからこそ、操縦士がベストを尽くしている限りは、刑事罰を問うことは適切でないと考えます。

2) 事故の概要

事故については、事故調査報告書や機長組合のWebに詳しくあるので、余り書かないこととしますが、機長組合に対して機長が述べた事故の経過として機長の証言が機長組合のWebにあります。この内容が、一番私にはなまなましく感じられました。続きを読むにもコピーを入れておきます。概略は、以下です。

15:38(日本時間16:38) 香港離陸
19:44頃(これ以降全て日本時間) 下降開始
19時48分25秒頃 高度16,700フィート(約5,000m)を降下時激しい機体動揺に遭遇し、この機体動揺は15秒程続き、その際に負傷者が出た。
20:14 名古屋空港着陸

負傷者は重傷が乗客1名、客室乗務員3名で軽傷が乗客4名、客室乗務員4名であり、重傷となった客室乗務員のうちの1名は意識が回復することなく1999年2月に亡くなれました。この亡くなれた父親は自らホームページを作成し、思いを書いておられます。それは、例えば、これです。機長を2002年5月に起訴したのは、死亡者があったことも関係していると思います。

亡くなられた客室乗務員は機体最後部のギャレーで食器等の片づけ中であったようです。19時48分25秒頃から15秒間程の間、どのような状態であったか、以下のグラフが事故報告書にある垂直加速度の推定で、実線が機体後部です。48分27秒では3G以上の力で持ち上げられ、1秒後に天井方向からの1Gの重力を受け、48分30秒で再度通常の床向き2.5Gと言った具合に、48分40秒まで続いたのです。コックピット(操縦席)での加速度は点線ですが、ずっと小さかったのです。(グラフが見にくい場合は、クリックすると別ウィンドウで開きます。)

Jl706vertical_accel

機体は前後に大きく揺れる縦揺れ(ピッチング)状態であったのです。それは、次の事故報告書にあるDFDR(Digital Flight Data Recorder)とADAS(Automatic Data Acquisiton System)のパラメータとピッチ角解析結果を見れば分かります。(クリックすれば、別ウィンドウで開きます。)

Jl706dfdradas

Jl706pitchestimate

3) 事故原因

推定しかできないのですが、事故調査報告書は機長による無理な操縦桿の機首上げ操作の結果、自動操縦装置の指示する昇降舵の舵角から、実際の舵角が許容量を超えて変位したため、自動操縦装置がディスコネクトしPIO(Pilot Induced Oscillation)となった可能性があるとしています。機長組合は、航空機の速度を落とすため機長はスポイラーを上げたが、その結果、主翼の揚力中心が前方に移動し、機種上げが生じた。そして、水平尾翼がスポイラーの後方乱流により不安定となりピッチングが生じたと推定しています。

どちらにせよ、実はMD11という航空機の特性が関係しているのです。MD11はこの写真の様な飛行機です。(事故機と同一機種ですが、別の飛行機です。)この写真のDC10とよく似ているのです。大きな違いは、MD11がハイテク電子制御機です。大きさはMD11とDC10の全長、主翼スパンは58.7mx52.0mと55.5mx50.4mであり、最大離陸重量は280トンと252トンであり、少しMD11が大きいと言えます。水平尾翼は、MD11が逆に小さくなっており、DC10がスパン21.7mに対してMD11は18.0mです。即ち、MD11は揚力と重力中心の距離が短い設計となっており、その分、水平尾翼により下向けの力を加え安定させる力が少なくて済み、燃費も低いが、不安定な機体となっている。この不安定さをハイテク電子制御でカバーしていると言った感じです。

現在日本航空は既にMD11を保有・運行していないのですが、航空機事故には複雑な要素が絡んでいます。

4) シートベルト

事故の際、シートベルト着用サインは点灯していました。機長によるアナウンスはなかったが、客室乗務員によるアナウンスはありました。シートベルト・サインは事故報告書によれば2-3分前には点灯していました。

重傷4名と軽傷8名のシートベルトの関係ですが、重傷4名の中1名の乗客は通路を歩行中でした。重傷3名の客室乗務員は後方ギャレーで作業中でした。乗客の軽傷者は、化粧室内1名、ベルトをゆるめていた人1名、ベルトなし1名、歩行中1名であり、客室乗務員の軽傷4名はいずれも前方ギャレーで作業中でした。

航空機の中におけるシートベルトは重要だとあらためて認識してしまいます。

機長の証言

1997年6月8日、JL705便のSHOW UP(出頭)時に航務課で受けた飛行前ブリーフィングでは、気象情報として「現在九州地方にある低気圧が、706便到着時には中部地方に近づくため、天気は下り坂で夕方には南寄りの風に変わり、場合によっては降雨が始まるかもしれない」事、および「現在はターミナルエリア(空港周辺の出発、進入空域)も航路上も大きな揺れの予想はないが、706便到着時には低気圧の影響で、降下時に揺れる可能性もある」との説明を受けた。

JL705便運航中は、問題になるような揺れ等はなかった。

07:38UTC(国際標準時)香港啓徳空港を離陸したJL706は、航空路G581をFL370(37000フィート、1フィートは約0.3メートル)で飛行していたが、“DEMPA”にさしかかる頃、串本(KEC)への直行を許可され、管制承認に従ってKECへ直行した。

10:15UTC頃、客室乗務員がCOCKPITに来たのでARRIVAL INFORMATION(到着予定時刻、到着地の天候等の情報)を与え、「降下開始は19:40JST(日本時間)(10:40UTC)頃。降下中は揺れがあるかもしれないので、降下開始前に片付けを終えておくこと。ベルトサインがついたら、すぐに着席すること」を付け加えた。

・降下に先だって10:20UTC頃、ACARS(地上と飛行機間の連絡手段の一つ。無線あるいは衛星を使ったテレックスのようなもの)により日本航空名古屋航務課より「NGO APO INFO AS OF 08JUN/1900I, USING RWY16, VORDME A APP, RWY COND/BA DRY, APP/DEP AREA SOUTH 22T-15T LT TURB DUE WIND VEL CHG, WEST 22T-18T CHPY OCNL LT TURB 24T N 33T-35T CHPY」(6月8日19:00の空港情報、使用滑走路16、進入方式VORDME A、滑走路は乾燥状態、空港の南の方向は22000フィートから15000フィートの間、風速の変化により弱い揺れ、西の方向は22000フィートから18000フィートの間、ごく弱い揺れで時々弱い揺れ、24000フィートと33000~35000フィートはごく弱い揺れ)との連絡を受けたため、10:25UTC頃これを客室乗務員に伝え「COMPANY(会社の航務部門)からの情報では、揺れそうな時間は19時48分(JST)頃になりそうなので、ベルトサインが点灯したらすぐに座るよう」に指示を行った。

10:35UTC頃、先任客室乗務員が報告に来たので上記と同じ内容を伝え、「CABIN(客室)の片付けはほとんど終わっている」旨の報告を受けた。

JL706はKECのおよそ20NM(1 NMは約1.8 km)南西で“DESCEND AND MAINTAIN FL290”(29000フィートまで降下せよ)との管制指示を受け、降下を開始してFL290に到達した。

FL290から、通常予想される管制指示である河和(XMC)を9000FTで通過できるように降下を行うための地点に近づいたため、FL300を通過時に、ATC(航空交通管制)に対して“APPROACHING FL290 REQUEST FURTHER DESCEND”(29000フィートに近くなったので、更に下の高度への降下させてほしい)との要求を行った。これに対してATCは“MAINTAIN FL290 FOR 10NM(15NM)”(あと10(15)NM 29000フィートを維持せよ)と答えたので、当該機はその指示に従った。

・通常よりも降下開始が遅れるため、機長は指示対気速度を260KT(1 KTは時速約1.8 KM)まで減速した。

XMCのおよそ60NM南西で、ATCより無線周波数の変更を指示されたため、周波数を変更し、再度降下の許可を求めた。

ATCは“DESCEND AND MAINTAIN 9000, CROSS XMC AT 9000FT”(XMCを9000フィートで通過できるよう降下せよ)との管制指示を行い、JL706はこれを了承して指示通りに降下を開始した。

・通常よりも降下開始が遅れているため、機長は指示対気速度を350KTに設定し(対気速度を増やすと降下率が増える)、AUTOPILOT(自動操縦装置)をVERTICAL SPEED MODE(パイロットが設定した一定の降下率で上昇または降下するモード)として、初期降下率を約5000F/M(1分間に5000フィート)に設定したが、その後、設定速度に近づいたため、LEVEL CHANGE MODE(一定の対気速度で高度を変更するモード)とした。

10:45UTC頃FL250付近で、機長はFASTEN SEAT BELTのSIGN(座席ベルト着用サイン)をONとした。機長はベルト着用を促す機内アナウンスを行おうとしたが、客室乗務員によりアナウンスが始まったため、特に重ねてアナウンスを行う事はしなかった。

・機速が300KTを幾分上回った頃、一時的に減速の傾向を示したため、機長はAUTOPILOTを再びVERTICAL SPEED MODEとして降下率を増加させた後、LEVEL CHANGE MODEとした。

AUTO THROTTLE(自動推力調整装置)はOFFとした。

・機速は一旦350KTに落ち着いたが、しばらくして一時的にやや減少の傾向を見せた後、急激な加速状態となった。

・機速が設定速度の350KTを超えても、激しい増加傾向は変わらないため、機長はAUTOPILOTをVERTICAL SPEED MODEとし、PITCH WHEEL(VERTICAL SPEED MODEのとき降下率を変更するつまみ)をすばやく降下率を減らす方向(機種上げ方向)に数回操作した。しかし、この操作によりVERTICAL SPEED INDICATOR(昇降計:降下率を表示)に表示されるはずのSELECTED VERTICAL SPEED BUGとV/S-FPA DISPLAY WINDOW内の数値がいずれも表示されず、予期した機体の反応は現れなかった。

・機長はSPOILER(主翼上面に付いている小さな板を立てることにより抵抗を増やし、減速したり、降下率を増やしたりするために使う)をまず1/3 POSITIONまで引いたが速度増加が続いたため、さらに2/3またはFULL OPENの方へ引いた。

・SPOILERがFULL OPEN(全開)となった頃、速度はVmo(通常の運航において意図的に超えてはならない速度:365KT)に達してSPEED INDICATORが赤く変わり(速度計の表示を赤く変えることによりVmoを超えたことを知らせる)、OVER SPEED WARNING(速度超過警報)が作動した。機速がVmoに達したとほぼ同時に機体の姿勢が急変し、乗員は体に大きな衝撃を感じた。

・大きな揺れは数回繰り返したが、乗員は体にかかる大きなG(重力、例えば2Gなら体重の2倍)とさまざまな警報音のため、しばらくの間、何が起きているのか認識する事は出来なかった。

・その後機長は、操縦桿が自分の腹の方に動いてくるのを感じるのと同時に、機首が上がりつつある事とAUTOPILOTがOFFとなっていることを認識し、機首下げ操作により機体を安定させようと試みながら“AUTO FLIGHT”と呼称し、副操縦士にAUTOPILOTを作動させるよう指示を行った。

・その後、インターフォンを通じて客室乗務員同士が「後ろのギャレーで人が倒れています」という内容の通話を行っているのをモニターした為、通話に割って入る形で「着席してベルトを締めていたのではなかったのか」という事をたずねると、返答がなかった。「とにかく後で状況を知らせるように」と伝えた。

・しばらくして、先任客室乗務員が操縦室に来て、「AFT GALLAY(後方のギャレー:飲み物や食事を準備する台所のようなスペース)で乗務員3人が倒れている。頭にこぶが出来ていたり、出血している者もいる。問いかけに対してはうなるような状態である。乗客にも数人の負傷者がいるが、こちらは倒れているというようなことはない。医者をSHIP SIDE(機側)に要請してほしい。」と報告した。機長は状況を了解し、「今から10分ほどで着陸になる」と伝えると、「GALLAYの中が混乱しているので、着陸準備の為に10分ほどHOLDING(空中待機)してほしい」と要請され、機長はこれを了解した。

ATCに対してKCC上空で10分間のHOLDINGを要求したが、ATCはHOLDINGの代わりにRADAR VECTOR(管制官がレーダーを見ながら誘導する方式、通常のHOLDINGはある無線標識の上空を決められた楕円形のコース上を回ることにより空中待機する)により10分間誘導する事でどうかと返答し、当該機はそれでも良い旨を伝えた。

・機長は副操縦士に指示して、日本航空名古屋支店に対して「機体の揺れにより数名の負傷者が発生したため、SHIP SIDEに医者を派遣してほしい」と伝えたが、「空港には現在医者が不在なので、救急車の手配ではどうか」との返答であったので「救急車をSHIP SIDEに要請してほしい」旨伝えた。

・数分後、先任客室乗務員より「着陸の準備は出来たので、客室はいつでもAPPROACH(空港への着陸のための進入)出来る状態となった」旨の報告を受けたため、ATCに対してAPPROACH開始を要求した。その結果、着陸準備に余分の時間を費やすことはなかった。

    ・当該機はVORDME-A方式により名古屋滑走路16への進入を許可され、誘導を受けた。滑走路に正対し、7DME(7NM)に近づいた頃、気圧高度1900FT(1900フィート)でAUTOPILOTをOFFとした際、“LSAS CHAN FAIL”と“YAW DAMP CHAN FAIL”が表示され、MASTER CAUTION LIGHT(主警告灯:機体に何か異常があると点灯しパイロットに知らせる。具体的に何が起こったかは別に表示されるメッセージを見て判断する)が点灯した。

・操縦感覚には違和感が感じられない事と、負傷者のためには迅速な着陸が必要であったため、MASTER CAUTION LIGHTを認識しただけで特別な故障対応操作を行うことなく、11:14UTC名古屋空港に着陸し、11:16UTCに4番スポットにブロックインした。

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