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2008年10月 8日 (水)

TV報道の素材負け? 人工呼吸器の取り外し

光市事件についてBPOの意見書2008年4月15日の意見書が調査した33のテレビ番組すべてが、不適切な点があり、素材負けをしていると書かれていると、10月2日のブログ橋下弁護士(大阪府知事)に800万円の支払いを命じる判決のなかで書きました。やはりこれも、その類かなと思いました。新聞3社(但し、日経は共同の文章です。)と共同およびNHKの報道は以下でした。

読売千葉 10月8日 「呼吸器外し」苦悩の審議 鴨川・亀田総合病院 「委員会、荷重すぎる」
朝日千葉 10月8日 呼吸器外し要望「意思疎通に人らしさ」
日経 10月7日 「呼吸器外す意思尊重を」 千葉の総合病院、倫理委が提言
共同 10月7日 呼吸器外しの意思尊重を 倫理委が異例の提言
NHK 10月7日 呼吸器外し 患者の意向尊重も
(NHKについては、リンク切れが早いので続きを読むにも入れておきます。)

(1) 人工呼吸器を医師が外すと殺人となるか?

明確に述べているのはNHKで、新聞各社は「刑事責任の可能性」というような言葉で表現されていますが、NHKは「日本では人工呼吸器を外す行為は認められず」と言っていますので、この断定については驚きです。

報道されている過去の事例としては、富山県の射水市民病院でのこと、旭川の北海道立羽幌病院でのこと、がありますが、いずれも刑事事件として起訴されていないと理解します。

共同 2008年7月16日 富山呼吸器外し立件困難 射水市民病院6人死亡で
共同 2006年4月6日 呼吸器外しで起訴困難 羽幌病院事件で旭川地検

本人からの書面等による確認があり、病院が倫理委員会をつくり、実際に人工呼吸器を取り外す際にも、複数の医師で確認しあって実行するなら、刑事罰に医師が問われることはないと私は確信します。それでも、人工呼吸器を取り外す行為をされる医師の方は、苦い医療行為をする気持ちになられると思います。

医師の行為を刑事罰に相当すると断定する権限は、NHKにはないはずです。逆に、正確に報道する義務を有しているはずです。

(2) 市民による議論

国民・市民による議論が必要です。命について厚生労働省が決定することはおかしい。議員が決定することはおかしい。法律より前に、一定のルールについて社会的コンセンサスを作ることが重要だと思います。思いつくままに、問題提起を書いみます。

A. 人工呼吸器

人工呼吸器をなぜ使用するかと言えば、使わなかったら、死亡したからであり、人工呼吸器により助かった人も多いと思います。では、人工呼吸器を使用したが、回復が図れていない場合は、何時、どの様な条件の場合に人工呼吸器を外せるか?外すことは許されないのか?人工呼吸器を外すと直ちに死亡するとは限らないものの、死に向かって進む可能性が強いと思います。

B. 人の意志

亀田総合病院により治療されておられるこの方は、ALS(ここに厚生労働省の簡単な説明があります。)であり、筋肉がほとんど動かないが、意識も頭脳活動も現時点で全く問題はないし、生きる意志も希望もお持ちと理解します。報道からすれば、「今後、万一意思疎通ができなくなった時は人工呼吸器を外してほしい。」との希望です。植物状態になったなら自分は人工呼吸に依存しての生ではなく、自然状態の生でおいて欲しい。その結果、死に至っても、意志疎通もできない中、人工呼吸器により生を保ち、苦しみを継続したくないとの意志と了解します。

「植物状態=脳死」ではありません。しかし、死をまねくことになる可能性が高いと言えます。インフォームドコンセントとは、自分の治療方針を自分自身が決定することです。全てを承知で、自分自身が選択した治療方針は、崇高のものとして誰もが敬意を払わねばならないように思います。

C. 医療の崩壊

この問題は、人工呼吸器を初めから使用しなかったならば、発生しないのです。本来は、人工呼吸器を使って助かる人がいるなら、積極的に助けるべきです。しかし、トラブルを避けることが優先し、人工呼吸器は極力使用しないとなったなら、本末転倒となります。医療とは人々のために存在する。社会全体が「君子危うきに近寄らず」になってしまっていることが最近多いのではないのかなと感じます。そうなると、社会制度が崩壊してしまうのではないか。社会制度を守るのは、厚生労働省でも国会でもなく、その社会の人々です。

(3) 参考

参考となる読み物として、李 啓充 医師が、医学書院の週刊医学界新聞に連載をされている「アメリカ医療の光と影」で、2006年9月18日から2007年5月21日まで16回にわたって米国の「延命治療の中止を巡って」として書いておられる記事があり、ネットで読むことができます。以下が、その記事であり、実例を知ることにより多くのことが学べます。

延命治療の中止を巡って(1) 殺人罪
延命治療の中止を巡って(2) 遷延性植物状態
延命治療の中止を巡って(3)  異例の裁判
延命治療の中止を巡って(4) 論点
延命治療の中止を巡って(5) 歴史的判決(1)
延命治療の中止を巡って(6) 歴史的判決(2)
延命治療の中止を巡って(7) 母の願い(1)
延命治療の中止を巡って(8) 母の願い(2)
延命治療の中止を巡って(9) 母の願い(3)
延命治療の中止を巡って(10)  クルーザン家の悲劇(1)
延命治療の中止を巡って(11)  クルーザン家の悲劇(2)
延命治療の中止を巡って(12) クルーザン家の悲劇(3)
延命治療の中止を巡って(13)  クルーザン家の悲劇(4)
延命治療の中止を巡って(14)  終末期医療における患者の権利
延命治療の中止を巡って(15)  パターナリズムの呪縛
延命治療の中止を巡って(16)  殺人罪に問うことの愚かさ

また、このブログ元検弁護士のつぶやき 人工呼吸器とり外し問題で、多くの議論がされています。ずいぶん参考にしました。

(4) 蛇足

李 啓充 医師が、「アメリカ医療の光と影」の2008年9月29日で、米国の医療保険制度について書いておられます。これも、今の日本が参考とすべきことと思います。ここにあります。

NHKニュース 10月7日

全身の筋肉が動かなくなる難病のALS=筋萎縮性側索硬化症となり、人工呼吸器を付けた千葉県の男性が「病気が進行し意思を伝えられなくなったとき、呼吸器を外してほしい」という依頼文を病院に出し、病院の倫理委員会が、この意向を尊重しながら検討を続けるという見解を示していたことがわかりました。

この男性は、ALSの患者で千葉県勝浦市の照川貞喜さん(68)です。照川さんは16年前に人工呼吸器を付け、今はわずかに動く目で文字盤を示すなどして意思を伝えています。照川さんは去年11月、「病気が進行して目も動かなくなり、意思を伝えられない状態は耐えられない。そのときは呼吸器を外してほしい」という依頼書を千葉県鴨川市の亀田総合病院に提出していました。病院の倫理委員会は3回にわたって開かれ、ことし4月、照川さんの意向を尊重しながら検討を続けるという見解を示していたことがわかりました。日本では人工呼吸器を外す行為は認められず、亀田総合病院の亀田信介院長は「人工呼吸器を外せば逮捕されるおそれがあり容認できない。しかし、患者みずからが治療を選ぶ権利を奪うこともできない。社会全体で議論してほしい」と話しています。

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