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2009年12月 9日 (水)

川崎協同病院事件医師有罪確定

川崎協同病院事件で殺人罪に問われた須田医師の有罪が、最高裁による上告を棄却を決定したことにより、確定しました。読売の記事と最高裁の決定文を掲げます。

読売 12月9日 延命中止で最高裁が初判断、医師の殺人罪成立

最高裁判所第三小法廷 平成21年12月07日 殺人被告事件 棄却決定

もう一つ、この事件の弁護人である矢澤 しょう治氏が書いた本があります。

殺人罪に問われた医師 川崎協同病院事件 終末期医療と刑事責任

この最高裁の決定に関しては、様々な問題を含んでいるので、書くこととします。

1) 殺人罪

須田医師が検察に起訴されたのは、殺人罪です。業務上過失致死ではないのです。殺意を持っていないにも拘わらず、殺人罪が成立するのでしょうか?検察は医師を殺人者として起訴し、裁判所は殺人罪であるとしました。なお、少し前に無罪となった福島県立大野病院の産婦人科医の容疑は業務上過失致死罪でした。

2) 事件

どのような殺人罪であったのかは、事件を振り返る必要があるので、少し書きます。

死亡したのは、当時58歳男性(1940年生)の型枠大工で、1984年に川崎公害病患者に認定され、以来川崎協同病院に通院するようになり、1985年頃から、呼吸器内科医である須田医師の外来に通っていました。

1998年11月2日、仕事帰りの車内で気管支喘息の重責発作を起こし、午後7時頃、心肺停止状態で川崎協同病院に運び込まれた。救命措置により心肺は蘇生したが、意識は戻らず、人工呼吸器が装着されたままICU(集中治療室)に入院。意識は戻りませんでした。

11月4日から外来の時から主治医であった須田医師が治療の指揮を執りました。血圧、心拍等は安定していたが、気道は炎症を起こし、喀痰からは黄色ブドウ球菌、腸球菌が検出されました。家族に対しては、意識の回復は難しく植物状態となる可能性が高いことなどの病状を説明しました。

その後、自発呼吸がみられたため、11月6日、人工呼吸器は離脱されたが、舌根沈下を防止し、痰を吸引するために気管内チューブは残されました。機械で空気を送り込むことはしなくても、気管内チューブは入れたままにしておかなければ、自分では呼吸できない状態でした。

11月16日、男性の妻に「この管を抜いてほしい。」と言われ、須田医師は「管を抜けば呼吸状態が悪くなり最期になりますよ。奥さん一人で決められることではないですよ。家族で来られる人は全員来て下さい。」と言ったところ、「みんなで考えたことです。実は、今日、夜、みんなで集まることになっています。今日お願いします。」と言われた。同日午後5時30分ころ、男性の妻や子、孫らが病室に集まり、午後6時ころ、須田医師は准看護婦と共に病室に入った。家族が集まっていることを確認し、被害者の回復をあきらめた家族からの要請に基づき、男性が死亡することを認識しながら、気道確保のために鼻から気管内に挿入されていたチューブを抜き取るとともに、呼吸確保の措置も採らなかった。

ところが、予期に反して、男性は身体をのけぞらせるなどして苦もん様呼吸を始めたため、須田医師は、鎮静剤のセルシンやドルミカムを静脈注射するなどしたが、これを鎮めることができなかった。そこで、同僚医師に助言を求め、その示唆に基づいて筋弛緩剤であるミオブロックをICUのナースステーションから入手した上、午後7時ころ、静脈注射の方法により投与した。男性の呼吸は、午後7時3分ころに停止し、午後7時11分ころに心臓が停止した。

3) 殺人罪

2)に書いた事件を読んで、皆さんは、殺人罪とすることが適当と思われますか?刑法とは、社会において犯罪を犯す者を罰し、刑事司法とは後始末をつけて、犯罪の発生を防ぐことが重要と思います。

悪徳医師に対しては、殺人罪であろうが、業務上過失致死罪であろうが、適用すべきと考えます。しかし、善意の行為に対して、罪を問うべきではないと考えます。

最高裁の判断は、次でありました。

上記の事実経過によれば,被害者が気管支ぜん息の重積発作を起こして入院した後,本件抜管時までに,同人の余命等を判断するために必要とされる脳波等の検査は実施されておらず,発症からいまだ2週間の時点でもあり,その回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況にはなかったものと認められる。

そして,被害者は,本件時,こん睡状態にあったものであるところ,本件気管内チューブの抜管は,被害者の回復をあきらめた家族からの要請に基づき行われたものであるが,その要請は上記の状況から認められるとおり被害者の病状等について適切な情報が伝えられた上でされたものではなく,上記抜管行為が被害者の推定的意思に基づくということもできない。以上によれば,上記抜管行為は,法律上許容される治療中止には当たらないというべきである。

そうすると,本件における気管内チューブの抜管行為をミオブロックの投与行為と併せ殺人行為を構成するとした原判断は,正当である

4) 最高裁判断の危険な部分

「余命等を判断するために必要とされる脳波等の検査は実施されておらず・・・その回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況にはなかったものと認められる」と書いてあり、人は死ぬことに対して、脳波等の検査が必要なのでしょうか。臓器移植をしない場合は、自然死があり得ると私は考えます。

違った表現をすれば、医師は医療費を湯水のように使い、治療をする義務を負うのではとならないのだろうか。医療保険は、どうなるでしょうか?100%公費負担の生活保護を受けていないと、医療費負担も大変。医師や医療機関は、義務を負うから、これを逃れる方法として、死亡する可能性がある人については、受け入れ拒否(何か理由をつけねばなりませんが)となる可能性はないか?馬鹿げたことを思ってしまいます。

回復する可能性がある限りは、治療をすべきです。しかし、医療の進歩は、極限を伸ばしていきました。回復の見込みがない場合、どこまで治療を継続すべきでしょうか?昔なら、「先生に看取ってもらえて、故人も幸せでした。」となるが、今はICUでチューブだらけで、家族からは手も握ってもらえない死しか許されないのでしょうか?

20世紀の時代には、まだQOLとか緩和医療とかの言葉があったが、医師に対して、QOLを言っても、医師が殺人となるなら、医師は患者のQOLなんて考えるより、自分の身の安全を優先せざるを得なくなるのではと危惧します。尊厳死を選択するかどうかは、その個人の自由であり権利であると思います。その権利さえ否定されたのではとの危惧を持ちます。参考までに、矢澤 しょう治氏の本にある米国の状況とした部分にある文章です。(128ページ)

「医師には、痛みと苦しみを除去し、瀕死の患者の尊厳と自己決定権を尊重する義務がある。たとえ死を早めることが予想されるとしても、効果的な疼痛緩和を施すことはこの義務の一部とみなされる。患者が末期症状でも永久的な意識回復不能でもない場合であっても、適切な代行判断や最善の利益についての検討に基づくのであれば、すべての生命維持装置を停止させることは非倫理的ではない。」

5) 家族

家族は殺人罪で起訴されなかったが、どうなのでしょうか?最高裁も家族の要請に基づき行われたと言っています。殺人は、実行犯より、依頼人の方が重罪ではないかと思います。今回の最高裁決定は、医師を保守主義に向かわせるのみならず、家族も常に殺人罪の恐怖に陥れたのかと思います。

この事件の家族について書くと、医療費は公害認定病であったので負担なしでした。それ故、公害認定病患者死亡給付金も1千万円受領できました。実は、この事件は、死亡から約3年を経過病院内でにおいて須田医師と麻酔科のT医師との間で麻酔器の使用を巡る対立が生じ、T医師が、そのときの院長に対し、この男性のカルテのコピーを見せて、須田医師を辞めさせなければコピーをばらまくなどと言って迫ったことから、病院は警察に説明をして、殺人事件に発展していったのです。家族に対して、病院は5千万円支払いました。

6) 筋弛緩剤ミオブロック

須田医師は、筋弛緩剤ミオブロックを死に至らせるために、注射したのでしょうか?男性は家族の見ている目の前のベッドの上で苦しんでいました。筋弛緩剤ミオブロックは、手術の時の筋弛緩に使用するのです。その前に、鎮静剤のセルシンやドルミカムを静脈注射したが、効果がなく苦しみ続けた。須田医師は、長年の人工呼吸療法の経験から、効き目が早く現れる喉頭筋群の筋弛緩作用を期待して点滴でゆっくり落とし始め、自然に上気道の狭窄が軽減したところで止めたと述べています。

医療について、一つのことが、人によっても見方が異なってくるのです。従い、医療に刑法が関わること。グレイな場合には、医師に有利に判断して良いと私は思うのですが。医療機関や医師の選択権は患者にあるのですし、民事の請求権まで放棄する必要はありませんから。

7) 医療崩壊

医療崩壊を加速したと思います。医師と医療機関は安全サイドに治療をせざるを得ず、医療費が増加する。安全サイドになるから、全て書面での確認がなければ、医療を受けられない。あるいは、医師が逃げ出すのでしょうか?

しかし、考え方によれば、現行法の欠陥を指摘した最高裁決定です。これを受けて、医師法の改正や、健康保険制度を根本的に変更することを検討した方がよいように思います。生活保護の医療費無償や後期高齢者制度は、どうなるのかな?かといって、混合診療の拡大のように自己負担を増加させると、治療費が続かないのかな?ただ延命のために、莫大なお金を支出するのみならず、例えば終末期になり、臓器のどこからか出血する。そのため、ほとんど見込みがなくても輸血をする。そのために、若い人に回すべき輸血用血液がなくなる。

医療については、よく考えないと大変なことになります。

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コメント

地裁判決と高裁判決が割れましたから、

最高裁の
弁護人矢澤昇治の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を
引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,
実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論にかんがみ,気管内チューブの抜管行為の違法性に関し,職権で判断
する。


 この件は、モトケン先生のところで、やっていますので。

 「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」について

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/05/s0521-11.html

終末期医療に関するガイドライン
http://www.med.or.jp/teireikaiken/20070822_1.pdf


を踏まえて、自己の終末医療への意思を文書化していませんのに。 医療者はそれ以上の事はできません。 

自己の権利を主張するなら、文書化ぐらいは最低必要です。

投稿: omizo | 2009年12月10日 (木) 17時50分

omizoさん コメントありがとうございます。

「終末期医療に関するガイドライン」について、私も異論はありません。

しかし、「終末期医療に関するガイドライン」が万能であるとは思えないのです。終末期とは、死期が迫っている状態と定義すれば、あらゆる人が向かえることになります。終末期は、人それぞれであり、脳死判定に近いことを強要され、人工心肺で死ぬことを義務づけられは、しないと考えます。

医師に対して刑事罰を求める基準は、社会として明確に限定しないと、良い医療を受けるための信頼関係が築けないと考えます。

又、医療保険がカバーする範囲をどうするかの議論も出てくると思います。

そう考えると、「終末期医療に関するガイドライン」は、不十分であり、本文の4)に書いたような条文が法にあっても良いように思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2009年12月11日 (金) 17時06分

もちろん。おっしゃられる通りです。ガイドラインに法的拘束力は、裁判所の判断となりますし。 現状は、ガイドラインしか存在せづ、それも、具体的なもは、議論途中で、これにしたがって、各医療機関で決める事になっていますし。 刑事は、刑法に従って運営されますので、この辺は裁判所の最終的な判断となりますし。

 立法が必要なのはそのとおりでございます。 ここが、議論がなのですございます。一時的な救命をしても、安定させえない状況もでございますし。そのような場合も含まれます。 

仮に、自己の終末期医療にかんして、書面を作成していても、家族の意見と異なる場合もこりましょう。 献体などでよく起こることですし。 ドナーカードでも家族の承諾が得られない場合もありますし。実際、ご家族の意見が反映されると思います。

 自己への終末医療に関して、どこまで考えておくか?。 

 最高裁判所の判断は、こじ付けにも思えますが。 差し戻しとは出せなかったところろなのでしょう。 

 司法ではなく、こちらでやらなければならないのですが・・・

投稿: omizo | 2009年12月11日 (金) 20時50分

omizo さん 何度もコメントをありがとうございます。

その通りです。普通であれば、最高裁の判断は、法の解釈として、尊重すべきであり、そのように対処すべきです。

しかし、尊厳死の扱いは、最高裁に押しつけるべきではないと考えます。私たちの問題です。別の表現をすれば、議論を避ければ、弊害が生じると思います。

罰則は、懲役1年6月、執行猶予3年であり、実質的には、軽かったかも知れない。しかし、須田医師は逮捕され、留置所にて拘留されました。このままでは、同様なことが近い将来別の医師に生じるかも知らない。多分、医師は、安全サイドの行為をすることになるでしょう。

投稿: ある経営コンサルタント | 2009年12月11日 (金) 21時20分

私のブログに、掲載させていただきました。

結局、現在、どう評されているのか、須田医師の汚名はそのままなのでしょうか?

投稿: ぽんのんの | 2013年8月26日 (月) 14時03分

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