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2010年9月 4日 (土)

司法修習生の給与制と貸付制

司法制度改革の一環として2004年12月に国会で成立した裁判所法の改正で成立した司法修習生の給費制を廃止し、資金の貸与制とする改正法の施行が2010年11月1日と迫ってきています。一見、問題はないと感じてしまうのですが、実は余りにも大きな問題が、隠れています。

新聞各社の社説を眺めていると、朝日の次の社説がありました。一読すると合理的と誤魔化されそうですが、トンデモ社説と思います。

朝日 2010年8月29日 社説 司法修習生―国民が納得できる支援を

1) 司法修習生とは

裁判官、検察官、弁護士になるには、司法試験に合格する必要があります。新司法試験の場合では、受験資格として2年または3年の法科大学院の修了が必要です。法科大学院を修了し、司法試験に合格しても、未だ裁判官、検察官、弁護士にはなれません。それから、更に1年間は司法修習生として修習を受け、終了時に試験に合格して、初めて裁判官、検察官、弁護士として働くことができます。(裁判所法43条。検察庁法18条。弁護士法4条。)

裁判官、検察官、弁護士(法曹人)として活躍するには、司法試験のみならず、修習を受け、一定のレベルに達していることが、日本の社会や国民のためには必要であるとの考え方であり、それぞれ経験ある有能な人物が活躍すべきであり、各人が選択すれば裁判官から弁護士あるいはその逆等の人事交流の場を提供し、司法制度の発展を図るためには、法曹人を同じ司法修習制度の下で修習させることも重要であるとの考え方です。

現在の司法修習制度が何時できたかですが、裁判所法と検察庁法の公布が1947年4月16日で、施行日が日本国憲法施行と同じ1947年5月3日です。すなわち、成立は帝国議会でした。当時は、日本を新憲法に基づく民主国家として樹立することが最大の課題であり、様々な制度の改定を行っています。司法修習制度もそのような一環に入ります。戦前の日本で、三権分立が、どれだけ実現できていたかは、私の専門ではありませんが、裁判は天皇の名前で行われ、裁判所と検察が同一の建物内にあったと聞きます。裁判官と検察官は、司法官試補制度で、弁護士は弁護士試補であり、別の制度でした。裁判官と検察官は国家の官に属し、弁護士は民に属するという三権分立が明確ではない官と民の二極世界であったと思います。これを民主化し、司法を国民主権の国家の柱として確立するために、裁判官、検察官、弁護士を独立性を高めた最高裁判所の下で修習することとしたのです。

次は、裁判所法案を最初に提出した1947年3月13日の衆議院本会議における木村大臣の提案に理由説明での司法修習制度についての発言です。

なほ從來の司法官試補及び辯護士試補の制度を改め、これを司法修習生の制度に統一し、將來の法曹は、在朝在野を問はず、司法修習生の修習を終つた者であることを必要とし、その修習を最高裁判所の管理に屬させて、法曹の素質の向上を期しておるのであります。

司法・裁判制度は、国にとって極めて重要です。政府の暴走を押さえ、憲法を正しく施行できるのは、司法・裁判制度が正しく機能している時であり、国民にとって極めて重要です。

2) 司法修習生の義務と権利

裁判所法66条1項と67条2項が次の条文です。

66条1項 司法修習生は、司法試験に合格した者の中から、最高裁判所がこれを命ずる。
67条2項 司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。ただし、修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間を超える部分については、この限りでない。

2004年12月の改正は、67条2項に関して次のようになっています。

第六十七条第二項中「国庫から一定額の給与を受ける」を「最高裁判所の定めるところにより、その修習に専念しなければならない」に改め、同項ただし書を削り、同条第三項中「第一項」を「前項に定めるもののほか、第一項」に改める。

司法修習生となることを命じられ、修習に専念する義務を負うが、給与等の支払は受けられない。雇用をしておいて、訓練期間は給与を支払わずと言っているのと、同じように思います。修習は労働ではないでしょうが、修習試験修了試験合格により得られる資格が対価であり、給与は不要であるとするのは、司法修習生の負担を不当に増大させているように思います。

2004年12月の改正に関しての2004年11月24日の衆議院法務委員会での南野大臣の説明は、次でした。

裁判所法の一部を改正する法律案について、その趣旨を御説明いたします。
 新たな法曹養成制度の整備は、多様かつ広範な国民の要請にこたえることができる多数のすぐれた法曹の養成を図ることを目的とするものであり、司法修習生の修習についても、司法修習生の増加に実効的に対応することができる制度とすることが求められております。
 この法律案は、このような状況にかんがみ、新たな法曹養成制度の整備の一環として、司法修習生に対し給与を支給する制度にかえて、司法修習生がその修習に専念することを確保するための資金を国が貸与する制度を導入することを目的とするものであります。

私にとっては、理解不可能です。本当の理由は、国庫支出の節約です。

なお、司法修習制度の維持が、必要か、重要かについては、考えてみる必要もあると思います。ちなみに、国によっては、そのような制度はなく、試験合格で法曹人になれる国もあります。例えば、米国がそうです。英国の場合、弁護士はBarrister(法廷弁護士)とSolicitor(事務弁護士)の制度ですが、司法修習生制度はありません。また、ドイツや韓国には、司法修習制度はあるが、給与の支払いもあります。2004年12月の改正は、本質を考えていない安易な改正とも思えます。

3) 被害者

司法修習生及び裁判官、検察官、弁護士を目指しておられる方々に、その被害が及びます。国民一般は、税負担が減少すると喜んでよいのでしょうか?むしろ、一般の国民こそ、本当の被害者であると思います。

司法・裁判が正しく機能することにより、国民が自らの権利を守ることができます。司法・裁判が正しく機能するのは、有能で立派な志を持った裁判官、検察官、弁護士が存在する場合です。デタラメに起訴され、弁護士は適切な弁護をせず、裁判官はトンデモ判決を下すとなったら、どうでしょうか?民事だって同じです。個人や企業の間の争いが適切に裁判で決着することが期待できないならば、互いの信頼や与信行為は成立せず、ビジネスが成り立ちません。行政訴訟も同じです。

法曹人である裁判官、検察官、弁護士を育成することは、その国にとって極めて重要なことです。絶対におろそかにしてはならない部分を、おろそかにする大変な過ちを犯すことになる気がします。

足利事件について、このブログで何回か書きましたが、第二審より佐藤博史弁護士が弁護活動をされました。私は、菅谷さんの無罪は、佐藤弁護士の活動により得られたと思っています。国選弁護人の報酬は、微々たる金額で、活動をすれば全額持ちだしみたいなものです。被告人の弁護の必要性を感じたら、最後まで全力で弁護活動に打ち込まれる弁護士には、私は頭が下がります。一方、弁護士は高収入で、修習期間に給与を受領するのは、おかしいとの感覚を持っている方もおられると思います。確かに、高収入の弁護士もいます。消費者金融の超過返済の取り戻しで、稼いでおられる弁護士もおられます。しかし、弁護士報酬は幾らが正当であるかは、個別の仕事の内容についての需要と供給で決まるものです。制度を貸付制度に変更すると、弁護士のなり手は、悪徳弁護士が増加するというか、貸付金返済資金を得るために、報酬が高くなる懸念があると思います。また、裁判官や検察官の給料が、貸付制度を理由に上がるとは思えず、国民が本当に望む人材が他の分野に流れてしまう恐れもあると思います。

給与制度を貸付制度に変えて、何一つよいことが期待できないと思います。2004年12月の改正で、当初の政府案では施行日が2006年11月1日でした。衆議院で、施行日を4年延長される修正案が可決され、2010年11月1日となりました。当時は、自民、公明、民主が賛成し、共産と社会が反対でした。しかし、まだ間に合います。

最後に、日本弁護士連合会の司法修習給費制維持のページと司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会のホームページを紹介して、本エントリーの最後とします。

日本弁護士連合会の司法修習給費制維持のページ

司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会のホームページ

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