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2010年10月 4日 (月)

小沢事件には根本的解決を望む

東京第5検察審査会は、小沢一郎氏を政治資金規正法違反事件で、起訴すべきであるとする「起訴議決」をしたことを公表したとニュースがありました。2度目の決議であることから、小沢氏は、東京地裁に起訴されることが決定しました。

10月4日 MSN産経ニュース 小沢氏強制起訴へ 検審「起訴すべき」

1) 検察審査会の決定理由

東京第五検察審査会の議決要旨は、東京高等裁判所庁舎の掲示板に張り出され、その全文は次のMSN産経ニュースで読むことができます。

10月4日MSN産経ニュース 【小沢氏「強制起訴」】第5検察審査会の議決要旨(上) 「十分な再捜査が行われたとは言い難い」(上)  

(下)はこちら

一つ言えることは、検察審査会は、報道以上の情報を審査して、決議しています。例えば、検察審査会法35条には「検察官は、検察審査会の要求があるときは、審査に必要な資料を提出し、又は会議に出席して意見を述べなければならない。 」との定めがあります。検察審査員は守秘義務を負っているが、審査に必要な情報は得ています。

それを念頭に入れて、議決主旨の(下)の部分を読むと、次のようなことも書いてありました。

小沢氏の本件土地購入資金4億円の出所について、小沢氏の当初の説明は著しく不合理なものであって、到底信用することができないものである上、その後、説明を変えているが、変更後の説明も著しく不合理なものであって、到底信用することができないものである。小沢氏が本件4億円の出所について明らかにしようとしないことは、小沢氏に収支報告書の不記載、虚偽記入に係る動機があったことを示している。

検察審査会の制度は、有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で有罪になる高度の見込みがないと思って起訴しないのは不当であり、国民は裁判所によって本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考えに基づくものである。そして、嫌疑不十分として検察官が起訴に躊躇(ちゅうちょ)した場合に、いわば国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度であると考えられる。

国民の感覚からすれば、しごく当然のことと思えます。政治家・議員は、一般の人よりも高い倫理が要求されると考えます。それを、小沢氏は低いレベルの説明で終わらせようとしていたと思います。

2) 諸悪の根源

小沢氏とは権力に欲望をもっている人間と思うし、不可解な行動をしている印象を与えている男である。政党にしろ、自民→新生党→新進党→自由党→民主党と、これでは覚えられない。

小沢氏が、関係した諸悪の根源は、小選挙区制度と政党助成金であると考える。

現民主党政権を見ていると、利権者の集まりのように思える。菅と小沢の代表選なんて、互いに言っている内容は、同じ政党ではないと思える。しかし、代表になったら、挙党一致なんて、こいつらバカだと思った。新人議員もバカばっかり。

国会は政党で成り立っているのではなく、議員で成り立っていることを忘れてはならない。頭を持ち、心を持ち、考えることができるのは、人である。決して、団体ではない。良い議員を選出することができる選挙制度を望むのである。それは、小選挙区制度では得られない。

10月1日の国会所信表明演説の7項目目で菅首相は、「政治改革と議員定数削減」と述べていた。内容は触れていないが、今年の参議院選の民主党マニフェストには、「2 政治改革」に「参議院の定数を40程度削減します。衆議院は比例定数を80削減します。」と書いてあった。参議院もほとんどが一人区なので、削減可能なのは比例区しかなく、衆議院は比例区を80削減すると言う。酷い・醜い・悪い政党もあるものだと思います。国民が重要なのではなく、自分たちの権力が重要であり、それを隠す。小沢氏の政党だから、仕方ないのかな?

費用削減のためというなら、政党助成金(政党交付金)を廃止すれば、簡単に可能です。それが、できないのなら、政党助成金をやめて、議員個人に議員活動助成金を払うことにすれば良いのですから。ここに政党交付金のWikiがありますが、これもおもしろいです。

・ 使途について制限がないので、飲み食いに使っても自由

・ 助成金支給日直前の政党の離合集散が起こる。

・ 解党時の使途が定められていないので、解党時の党首の政治団体に入金されるなど、不透明なカネの流れを生む。

今回の検察審査会の決定が、日本の政治を良くする方向に動くきっかけになって欲しいと私は望みます。

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コメント

≪今回の小沢氏の事件に対する「起訴相当」の議決は、ビジネスで例えて言うなら、決算書の読めない素人11人が集まって、プロの経理とプロの会計士が作った決算書を見て「外から見ているとこの会社はずいぶん儲かっているように見える。それが市民感覚だ。おかしいから決算をやり直せ」と突き返したようなものです。さらに、彼らがもう一度突き返せば強制的に社長を降格、退任させられるような権限を持っている! その上、もし会社がその結果倒産しても彼らには何の責任も及ばない。≫

以上はある方の意見のごく一部ですがどうお考えですか?

投稿: 検察審査会の疑問点 | 2010年10月 7日 (木) 16時24分

検察審査会の疑問点さん
コメントありがとうございます。
私の思うことは、小沢氏が市民を納得させることができる説明をしていないことにつきると思います。
政党の代表選に立候補する人が、それでよいのかと思うのが市民感覚(国民の思い)になっていると思います。
政治家でなければ、検察が公判維持困難と判断した容疑者を、市民感覚で起訴妥当とすることには、疑問を持ちますが、政治家が逃げていると判断した場合に、検察審査会がその権利を行使して変ではないと思います。
政治家とは、一般市民より、強く責任が問われる部分があると私は考えます。

投稿: ある経営コンサルタント | 2010年10月 8日 (金) 11時00分

市民の納得が得られないようにしか報道されていないので市民の納得は無理でしょう。新聞、テレビといったものは「民意様」の上に成り立っている現状、また政治家も「世論調査」なる意味不明の数字におびえながら政治をしている状況ですよね。おかしなもんです。

これで裁判になったとして無実の判定がなされた場合、検察審査会の人々は小沢氏にどう責任をとれるのでしょう。責任のないところに権限をもたせている現在の制度に瑕疵があると考えます。
権限と責任はセットでないとおかしなことになりますから。

投稿: 検察審査会の疑問点 | 2010年10月 8日 (金) 12時49分

無実の判定がなされた場合でも、検察審査会のメンバーの人達は、責任を取る必要はないと考えます。

逮捕・勾留を求める権限はないし、小沢氏は自由に活動可能であり、裁判で、どうどうと無罪を立証すればよいと思います。

裁判員裁判で、仮に冤罪の人に実刑判決を下しても、裁判員に責任を問うべきでないと考えます。人が、合理的な理由があって、正しいと信じることをする場合に、責任を問うべきでないと考えます。

投稿: ある経営コンサルタント | 2010年10月 8日 (金) 23時46分

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