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2011年5月18日 (水)

福島第一原子力発電所の地震、津波直後の対応

東京電力が、5月16日付で、当社福島第一原子力発電所の地震発生時におけるプラントデータに関する報告書の経済産業省原子力安全・保安院への提出についてという長い名前のプレスリリースを行い、その1番目の添付資料であるプラントデータ集というページがあり、種々のデータに関するリンク集となっている。

様々な専門家や研究者が、これを分析し、各自の意見を述べ、将来の役に立てることを望みます。私にも、これを、どう分析し、評価すべきか、分からず、興味があったことについてのみ、少し述べます。

1) 電源車から接続するためのケーブル長は不十分であったのか?

1・2号基運転日誌等からは、全交流電源喪失(SBO)15時37分から41分頃と推定される。その結果電源確保に迫られ、電源車による交流電源の復旧に尽力する。

電源車による応急復旧の状況は、7.各種操作実績取り纏めという資料の5/12ページ表7.1(2)に記載されている。

17時頃、配電部門に電源車の対応を要請。交通渋滞で、電源車が思うように進めず、18時20分頃東北電力の電源車を派遣要請。23時、東北電力電源車到着。12日午前3時には合計11台の電源車が到着済み。12日7時には自衛隊電源車3台も到着。

電源車からの電気はケーブルを敷設してパワーセンター2Cへ接続できたのは、12日15時頃。しかし、1号基爆発が15時36分であり、実質役に立たなかった。

3月12日未明における暗所での、津波による水たまり、障害物散乱、道路マンホール蓋欠落等の劣悪な作業環境と作業中の大津波警報による高台避難により、ケーブル敷設・つなぎ込みに時間を要したとのことである。

しかし、敢えて言いたい。準備は万端であったのか?当初から、パワーセンター2Cへ接続することで進めているから、下見は可能であった。電源車以外に夜間照明車の手配も可能であった。ケーブルは、定検工事用に所内に保管してあった物を使用したが、所外からの入手・手配も検討されたこともある。17時の段階で、下見をし、被害状況を確認し、電源車の駐車位置とケーブル敷設箇所を決定し、必要な資機材を用意することが可能ではなかったのか。

現場を知らない素人の思いつきである。しかし、交流電源があったなら、事故対応は相当違った可能性があると思うし、現場の人は、余りにもよく知っていたはず。私が、思いつくようなことは、当然実施されたはず。なぜ、このようなことになったのか、今後の報告書で突っこんで欲しいと思う。

2) 外部電源の喪失

東京電力の5月16日プレスリリースに東北地方太平洋沖地震発生以降の当社福島第一原子力発電所内外の電気設備の被害状況、外部電源の復旧状況等に係る記録に関する報告書の経済産業省への提出についてというのがあり、この添付資料及び別紙1~10に外部電源関係のことが書かれている。

新福島変電所とは275kVの6回線(大熊線1L~4Lと夜の森線1L、2L)で結ばれており、これに加えて東北電力の66kV送電線がある。この全てが、使えなくなった。しかし、送電線が損傷したのは、夜の森線の27番鉄塔の土砂崩壊による倒壊のみ。東北電力の66kVは、損傷がなかったが、福島第一原子力発電所の方で、ケーブル不具合があった。大熊線は、1Lと2Lでは福島第一の方で、遮断機が地震で損傷。新福島変電所では大熊線2L、3L、4Lの鉄構が傾斜したりした。

この辺りを読んでいると、原子力発電所の送電関係って、こんなに貧弱でよいのかなと感じてしまう。多分、多くのことを考慮して設計されているのであろうが、もしかしたら、原子力発電所には非常用ディーゼルがあり、送電線や変電所は原子力規格で設計されていないのかも知れないと思う。そうだとすると、非常用ディーゼルを信頼しすぎで、原子力の危険性を甘く見すぎであったような気がする。浜岡を始め、他の原発全てについて見直すべきと思う。

ちなみに、別紙6:福島第一原子力発電所所内電源設備の被害状況を見ると、津波で使用不可能となったのは、非常用ディーゼル発電機のみではない。配電盤が全てと言って良いぐらいほとんど使用不可能のピンクに塗られている。浜岡原発も、非常用ディーゼル発電機を屋上に設置するぐらいでは、十分とは言えないと思える。

エネルギー政策を見直すと言っても、原子力を直ちに止めるわけには行かないはず。原子力を使うなら、福島第一原子力発電所の今回の事故から多くのことを学び、生かさねばならない。

3) ベント

ベント開始は、経済産業省のプラント関連パラメータでは、12日の午前10時17分である。どうしてこの時刻になったかの理由について、電源車と外部電源復旧も関係しているかも知れないと思う。ベントをすることにより、外部での作業が中止となるなら、電源復旧が遅れることとなる。外部電源復旧に関する時系列(別紙10)には、「1F1号基ベント並びに爆発により作業待機」の記述がある。

電源を確保し、燃料の冷却をし、ベントを回避する方が、望ましい。水素爆発とベントとの関係をどう評価すべきか分からず、何とも言えないが、複雑な要素が絡み合っている可能性もあると思う。今後の報告書を待ちたいと思う。

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