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2011年8月18日 (木)

砂上の楼閣 - 原発安全神話

絶対安全なんてあり得ないはずが、確かに原発は天文学的なゼロが大量に並ぶ巨大な数に1回程度の安全性があるようなことを言っていた人がいました。今は、誰もそんなことを言わないと思うが、実は、少し前には、そのように思っていた人も、大勢いたようにも思う。

マスコミも、その代表のはず。NHKが、8月14日22時から教育テレビで「アメリカから見た福島原発事故」という番組を放映しており、これを録画して見たが、NHKとしては、頑張って作った番組と思いました。番組の概要は、出演者の小出五郎氏のブログに書いてあります。ゲストの出演者は、このブログの元東芝の原発技術者後藤政志氏でした。原発神話か、原発誤解か、番組を見て、感じた興味ある点を書くと。

1) 福島第一原発GE Mark Iは欠陥設計

沸騰水型原子炉(BWR)の原子炉格納容器(containment)は、設計上の余裕が少なすぎて、大事故には耐えられないとの米技術者の意見が番組では紹介されていた。原子炉圧力容器(Reactor Veseel)の外側にあるのが格納容器であるが、この初期のGE Mark Iの格納容器は、小さすぎて、大事故には対応できないという意見である。なお、小さいほどコストが安くなる。下部にドーナツ条の構造物が何故あるかと言えば、これも格納容器の一部であり、上部をDry Wellと呼び、この下部に半分ほど水を常時入れておき、圧力容器や配管から万一蒸気(放射性物質を含む)が漏れたら、格納容器で吸収し、更に下部の水で冷やして、体積を小さくしようとの設計である。

GEに言わせれば、BWRは圧力容器内の蒸気圧力は7MPa程度で、加圧水型原子炉(PWR)約15MPaの半分なので、格納容器も小さくて良いとのこと。また、このような反論をしている。

しかし、福島で実際に起こったことを考えれば、Mark Iが欠陥原子炉であるというのが正しいように思える。さあ、どうなのか、役に立つ事故報告書を提出してもらいたいと思う。水素爆発が何故起こったかにも、大きな関連がある。

なお、GE Mark I原子炉の日本での原発は、福島第一1、2、3、4、5号、敦賀1号、女川1号、島根1号、伊方1、2、3号の11基である。女川2号、3号、浜岡3号、4号はMark I改良型であり、原子炉格納容器は1.6倍に大きくなっている。原子炉格納容器なんて、後から改造・改築で大きくすることはできないのですから。

BWRの説明は、このATOMICAの説明3)がよいと思います。

2) ベントにはからくりあり

番組の紹介は、Mark I原子炉格納容器の改造は不可能だから、最悪の場合は、大気に放出してしまえと、ベント装置を付けたと述べていた。放射性物質をモロに含んでいる蒸気を大気放出するのです。ゲストの後藤政志氏の言葉は、更に驚きでした。

・ フィルターを通して放出する設計にしようとしたが、そんな大量の放射性物質を除去できるフィルターなどあるわけはなく、直接大気放出しかできなかった。そもそも、格納容器とは、外部に放射性物質を放出せず、閉じこめておくための容器であるから、ベントを付けること自体が、大矛盾である。

・ 原子力安全委員会を始め日本政府は、Mark Iの欠陥を認めず、公式見解はベント不要であるとのこと。電力会社は、それでは済まされず、自らの責任でベントを追加した。政府は、電力会社が勝手にやることには、仕方がないとした。

4月7日の私のこのブログでは、首相の福島第一への訪問がベントを中止させたこと、4月9日のこれでは住民非難が完了せずベントができなかったことを書いたが、全て正しいことになる。更には、何故稲藁への汚染がこんなに広範囲であるのかの疑問にも答えているのかも知れない。即ち、ベントは、煙突に見える排気筒を使って放出されたと思う。そうなると、相当上空にまで達して拡散した可能性がある。まさに、日本列島放射性物質バラマキ事件が起こった。

そう。何故米国が50マイルだったか、相当広い範囲の米国人退避勧告を出した理由が分かる。ベントにはフィルターが無く、生で大量放射性物質の広範囲バラマキであることを知っていたからである。或いは、米国以外の人達も知っていたのかも知れない。日本政府が情報開示しないとしきりに言っていた。

アホの官房長官は、見事に国民だましを演じきったことになる。もし、官房長官自身も欺されていたとしたら、実は、そのときは、内閣の責任者・管理者として、内閣と政府を管理できていなかったのだから、無能力者となる。

3) 電源喪失

番組では、米技師が、非常用ディーゼル発電機を2基設置する場合に、同一場所に2基は非常用という意味をなさないという点を指摘していた。その通りである。軽く考えれば、2基同じ場所にある方が、メンテナンスも操作・運転も楽である。しかし、考えれば、万一事故が起これば、被害は甚大である原子力発電所であるから、便利性ではなく、2重・3重の安全性を確保せねばならない。

しかし、日本では、そうではなかった。次の記述は、原子力安全委員会の発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針の指針である。

指針27.電源喪失に対する設計上の考慮
長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない
非常用交流電源設備の信頼度が、系統構成又は運用(常に稼働状態にしておくことなど)により、十分高い場合においては、設計上全交流動力電源喪失を想定しなくてもよい

原子力保安院が作ったのではなく、中立の原子力安全委員会です。これに従って、原発を建設する義務があるのです。そこに、「考慮する必要はない」と書いてあれば、どうすべきか。

福島第一原子力発電所の賠償義務を東京電力に負わせるのは、間違いで、全て政府が負うべきである。そうなれば、電気代は高くならないしと。そう思わせます。どうすべきかは、きちんと原点に返って、本質から考えるべきと思います。

こんなに、政治が政権を取った人達の都合だけで、動き、国民が不幸になる社会でよいのか大きな疑問を持ちます。

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