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2011年8月10日 (水)

長崎原爆を製造した原発

8月9日は、長崎に原爆が投下され66年を経過する日でした。

長崎新聞 8月9日 ◆【動画】66回目の「長崎原爆の日」

66年前の8月6日にはLittle Boyというウラン爆弾が広島に、そしてFat Manというプルトニウム爆弾が長崎に落とされた。Fat Manのプルトニウムは、どのようにして製造されたかの話です。もととなったプルトニウムは原発で製造された。原発とはウランの平和利用目的に開発されたのではなく、原爆製造のための施設であり、それを発電目的に転用したというのが、実態に近いのではとの話です。

1) マンハッタン計画(Manhattan Project)

原爆を作り出す米国のマンハッタン計画は、1941年末から開始され、1942年に入って本格的に動き出した。ウラン235の核分裂反応は、1938年にドイツのオットー・ハーン(Otto Hahn:1944年ノーベル化学賞)らによって発見されていた。プルトニウム239の核分裂は1940年頃に発見された。

原爆とは、核分裂によるエネルギー(熱)を発する爆弾であり、核分裂物質を使用する。ウラン235は、天然ウランのうちたったの0.7%であり、ほとんどはウラン238であり、比重差は1.26%しかない。マンハッタン計画実行のためには、とにかくウラン235を得る必要があり、遠心分離法、電磁分離法、ガス拡散法そして熱拡散法の全てで製造された。もう一つの核分裂物資のプルトニウム239を大量に製造する方法は、原子炉である。即ち、核分裂物質ではないウラン238を中性子を照射し、プルトニウム239に変えればよい。プルトニウムから原爆を作る場合は、ウラン濃縮が不要である。原発を作ればよい。

マンハッタン計画については、このATOMICAの説明が纏まっていると思う。

2) 長崎原爆を作った原発

Hanford B Reactorというのが、その名前であり、次の場所にある。(建物等は存在する。)

ワシントン州ハンフォード(Hanford, Washington)の敷地は、上のYahoo写真でもわかるように、とにかく広い。1,500km2もある。敷地内に、Hanford B Reactorで生産されたプルトニウムを取り出すプルトニウム分離設備(B Plant)も建設した。

Hanford B Reactorは、黒鉛炉であり、設計発電出力250MWであった。工事は、1943年8月に開始され、1944年9月には運転開始した超短期間工事であった。当初出力9MWも、1945年2月には250MWの運転が可能になったようである。同型のD、F Plantも1945年2月までに完成し、運転を開始した。T PlantとU Plantを含めプルトニウム分離設備も1944年10月から1945年3月には完成した。分離精製された最初のプルトニウムは1945年2月に出荷された。

1945年7月16日にニューメキシコ州アラモゴード(Alamogordo)でトリニティ(Trinity)実験と呼ばれた核実験が実施されたが、その時の原爆は、ハンフォードで製造されたプルトニウムを使った原爆であった。

そして、8月9日長崎に、Hanfordで製造されたプルトニウムが使用された。

3) 放射能汚染

ハンフォードでのプルトニウム製造は、1987年まで続いた。Hanford B Reactorも停止したのは、1968年2月である。冷戦時代にもプルトニウムは、製造し続けられたし、今も作られている。日本の原発だって、製造しているのであるし。プルトニウム製造は、高濃度のウラン235抽出よりも簡単でコストが安いと言われている。水爆の起爆用にも便利である。

ハンフォードでのプルトニウム製造は、同時に大量の放射性物質を作り出した。多くの放射性物質が現地に残っている。除染は、未だ途上である。マンハッタン計画が実行中であった時は、核分裂を発見して、それほど立っていない。放射性物質や放射線が人体に与える影響についても、データは無かったはずである。そのような状態で、長崎原爆による、その製造過程での米国における放射能汚染もあり得るように思う。

マンハッタン計画は、原爆がナチスドイツに先に開発されることを恐れて、秘密裏に実施された。ソ連軍がベルリンに到達し、ドイツが降伏したのが1945年5月9日。原爆は、ドイツに使用されることはなかった。核分裂というエネルギーを知った時、それを使いたくなるのが人間なのだろうか。これから先、どうなるのか、分かりませんが、その時々の人達が決定していくしかないと思う。そして、私の言葉としては、「核の平和利用などない。危険性を知った上での、産業利用はある。」です。でも、危険きわまりないと言える。自分が放棄しても、他人が保有していれば、解決でも何でもなかったり。だから、その使用を含め人類としてどう管理するかの問題であるとも思う。

なお、ハンフォードについては、この米国エネルギー省のWebが、一つの参考です。

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