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2011年12月23日 (金)

まともな議論無く八ッ場ダムの建設再開

八ッ場ダムの建設再開のニュースが報道された。

朝日 12月22日 八ツ場ダムの建設再開決定 民主マニフェスト総崩れ

まともな議論もされず、ダム建設が再開されることは、悲しいと思う。八ッ場ダムは、賛否の評価が分かれているからこそ、ダム議論をすべきであった。民主党は、建設中止を唱えた。建設中止から、建設再開に180度転換するのに、国民の意見を無視して進んだと思う。

12月19日のここで書いたが、主要論点のいくつかを書くと、次の様になると思う。

1) 八ッ場ダムと洪水被害

八ッ場ダムが洪水被害を低減できるかについては、吾妻川の増水による洪水は、昭和22年9月のカスリーン台風以後発生していない。この利根川ダム統合管理事務所のWeb 過去に甚大な被害をもたらした洪水にもカスリーン台風についてのみ書いてある。その後、多くのダムが建設され、護岸工事や分流工事も進んだ。架空の話で土木工事をするのは、税金のムダ使いではないか?

2) 自然環境を失うことの損失

八ッ場ダムを建設することによる損失を幾らとするか?八ッ場ダムは、山奥のダムではなく、人々が居住する地区に建設するダムである。人が住める環境とは、恵まれた良い土地である。それをわざわざ破壊することにより失う損失はいくらであるだろうか?住民は既に移転に合意しているとしても、札束で合意させたとするなら、正しいことだろうか?勿論、保障はすべきであるが、その前に、そこまでして破壊する価値があるのか?

3) 地方自治体首長のエゴ

地方自治体首長は、こぞって建設推進であった。理由は、水確保。しかし、本当に水が不足するのか、極めて勝手なことしか言われていない。将来の予想として、線を引き、それが現状より多いとして、この水が八ッ場ダム建設により得られるという半分嘘の話がされていると思う。実態は、これまで、分担してきた八ッ場ダムの水に関する地方自体の分担金が建設を中止すれば地方自体負担となり、建設すれば補助金でほとんどが政府負担となる構造だから、反対していると理解する。損をするのは、国民だけではないか?

4) 合意形成プロセス

八ッ場ダムとは、国民無視の(議員とは限らず幅広い意味の)政治家が欲望と金のために動いた結果ではないだろうか?意味のあまりないモノに、金をつぎ込んで、自分たちはうまく儲ける人達がいる。民主党にとって、八ッ場ダムを反対したのは、理由があったからのはず。今、その反対理由が全く聞こえてこない。聞こえてくるのは、せいぜいマニフェストに書いたことだからというだけである。バカ政党と思える。ムダな公共事業としたのは、その理由があるからであり、もし意見を変えるなら、ムダではなく、効果が高い公共工事であると評価したからのはず。どの点をどう評価したのか、国民に説明をする前に、大臣が地元自治体の首長らに建設再開を報告というのは、国民を完全にないがしろにしている。

やはり、小選挙区正反対である。そして、政党助成金も中止すべきである。もし不足するなら、国民に対して、自分たちの意見をどうどうと説明し、賛成や支持を得て、政治活動に対する寄附金を集めるべきである。現実にしていることは、国民の税を自分たちのポケットに多く入れようと努力し、政党助成金を手にすることができるので、国民の支持が無くても大丈夫としているように思える。

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