« 国の責任 | トップページ | 福島原発15.9m津波による電源喪失の想定が2006年にあった »

2012年8月 5日 (日)

原爆に関連する話

8月6日に、原子爆弾が、広島に投下された。今年は、67回目の原爆の日である。原爆に関連する話として、原爆を米本土サンフランシスコからグアムに輸送した米巡洋艦インディアナポリス他の話がある。

1) マンハッタン計画

核分裂という物理現象は1938年暮、ナチス政権下のドイツでオットー・ハーンらによって発見された。核分裂の連鎖反応の可能性が明らかになると、核分裂研究はにわかに軍事的重要性を帯び始めた。連鎖反応を利用すれば、核分裂で発生するエネルギーを大量に取り出せ、原子爆弾として利用できる可能性が明らかになってきた。

ナチスの手を逃れて米国に亡命していた科学者を含め連合国側の科学者他は、ドイツが原爆開発を始めているに違いないと考え始め、ドイツが先に原爆を手中に収めれば全世界がファシズムに支配されてしまうという危機感を強く抱いた。その考え方は、米国が先に原爆を完成させなければならないと考えるに至っていった。

1942年9月に、米国の原爆開発は「マンハッタン計画」として本格的な国家軍事プロジェクトとなった。原爆に使用できる濃縮ウランは、1945年7月には、必要量の生産が完了していた。プルトニウム原爆も、ほぼ同じ時期に開発を終了し、7月16日にトリニティ(Trinity)実験(写真:原子力時点ATOMICA)で原爆としての有効性が確認された。

2) 米巡洋艦インディアナポリス

米巡洋艦インディアナポリスは、1932年就航の10,000トン級の巡洋艦である。巡洋艦インディアナポリスは、後に広島に投下される原爆をサンフランシスコからテニアンに輸送した。サンフランシスコ出航が7月16日。途中ハワイ真珠湾に7月19日に寄港して、燃料補給を受け、テニアン到着7月26日。サンフランシスコからハワイまで、2,100海里ほどあるので、3日後に到着したのであるから、30ノット近い速力で航海したはず。ハワイからテニアンも、3,300海里ほどあり、航続距離の関係で、少し速力は落としたかも知れないが、それでも25ノット程度では航海した。

原爆投下のためには、核兵器貯蔵が可能なテニアンに確実に特定の日までに輸送を完了する必要があった。

ところで、何故インディアナポリスが選ばれたかであるが、一つはその航海速力と航続距離にあったはずであるが、もう一つの多くの巡洋艦の中からと言う点については、米国西海岸でドックに入っていた絶好のタイミングにあったからのはずである。インディアナポリスは、1945年3月24日からの沖縄上陸戦に向けての艦砲射撃に参加していた。3月31日、神風攻撃機の自爆攻撃で損傷を受け、その修理のために西海岸でドック入りしていたのである。

長崎に投下されたプルトニウム原爆が、どのように輸送されたのか、ニューメキシコ州から、7月28日にテニアンにC-54輸送機で空輸されたようである。

3) 日本潜水艦 伊58

米巡洋艦インディアナポリスは、7月26日テニアンへの原爆輸送完了後、グアムに向かい、28日にグアムを出発し、フィリピンに向かっていた。その30日0時14分頃、日本潜水艦伊58号の魚雷攻撃で沈没した。米海軍は、当初インディアナポリスの沈没の事実が掴めず、1200人近い乗組員のうち、約300人が死亡した。

太平洋戦争最後の日本海軍の攻撃であった。当時、伊58号も回天特別攻撃隊を乗せていた。しかし、回天の出撃をしなかった。魚雷で沈没できる場合に、回天の攻撃は不要であるを貫き通した。

4) Wiki

書くにあたり、参考としたWikiをあげておきます。

USS Indianapolis (CA-35)

橋本以行

|

« 国の責任 | トップページ | 福島原発15.9m津波による電源喪失の想定が2006年にあった »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/200131/55357041

この記事へのトラックバック一覧です: 原爆に関連する話:

« 国の責任 | トップページ | 福島原発15.9m津波による電源喪失の想定が2006年にあった »