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2013年4月 6日 (土)

福島第一原子力発電所の事故調査

4月5日の衆議院予算委員会において自民党村上誠一郎委員が福島第一原子力発電所の事故について最初に質問をしていた。衆議院TVは、ここで9時からの部分にあります。

村上委員は、その発言の冒頭で、私が2011年4月7日に書いたこのブログで触れた3月12日の菅首相の福島原発をヘリコプターで視察に行ったことを非常識であり、ベントを遅らせ、どうして誰も止めなかったのかと批判をしていた。総理大臣であり、福島事故の原子力災害対策本部長となった菅直人を誰が、引き留めることができたのかとの疑問はあります。

当時、政府(民主党政権)は、福島原発について重大な事態には至っていないようなと思わせるメッセージを発していた。少なくとも、私は、そう受け取っていた。2011年3月13日にこのブログを書いて、「福島第一原子力発電所1号機で何かあったようですね」なんてタイトルをつけている。しかし、この3月12日15時36分は福島第一原子力発電所1号機原子炉建屋の水素爆発があった時である。

送電線を経由しての他の発電所からの電力、その発電所に設置してある非常用発電機、バッテリー電源の3つの電力を失えば、あらゆる設備は極めて恐ろしいことになる。何故なら、安全装置は作動しないか、作動しても信頼性が低い。計器も指示している値が間違っており、信頼することができない。津波の結果、福島第一原発は、この状態に至った。津波対策が不十分であったと批判しても、その後に起こりうる危険事態の防止や軽減に役に立たない。3月11日14時46分地震発生、15時42分津波到達、16時原子力安全委員会臨時会合開催、17時42分海江田経産大臣は菅首相と会談。しかし、菅首相は18時20分から与野党党首会議に出席。19時3分に原子力緊急事態宣言を発出。このように進んでいたが、19時3分からでも遅くはない。直ちに、自衛隊の出動をすべきであった。夜間かつ地上における照明がない地点においても、ヘリコプターによる人員派遣や物資輸送は、自衛隊も訓練をしていたはず。逆に、他にそのようなことを実施できる手段はない。バッテリーを輸送することもあり得たと思う。他の発電所の予備でも間に合ったと思う。そして、馬鹿げた報道を記憶している。菅首相は、情報が届かないことから、テレビを見て、判断していた。自衛隊に官邸と福島原発の直通通信の設置を命じておけば良かったはず。

福島第一原子力発電所の事故については、様々な観点から調査をして欲しい。原因究明で終わらない事故後の対応のまずさがあり、それも組織の運営や個人の性格・能力まで関係している部分があると思うからである。また当然のこととして、ルール上の問題点や改善すべきルールや追加すべきルールについての検討も含まれなくてはならない。アホが首相になっても大丈夫で安心できるルールが必要と考える。世界中には、400基以上の原発が存在する。それらの原発の運営者に対して福島から学ぶべきことを発信する義務がある。

日本国内において、新ルールの整備と併せて原発を再稼働させていくと考えるが、その場合でも、どの原発とどの原発といった個別の原発の考え方を整理しておく必要があると思う。そして、当然のことながら、超長期の廃棄物保管・処理及び核燃料サイクルについての方針を国民の合意を得て確立しておく必要がある。前政権は、大間原発の工事再開を決定したが、大間原発の核燃料装荷は国民の合意なくしてしてはならないと考える。

村上誠一郎委員の質問は、政権交代を思わせる内容であった。しかし、政権交代がなくてもあって不自然な質問や内容ではない。政権と政治は常に批判されていなければならない。政権交代の良い面を否定はしない。しかし、政権交代のためだとして国民の意思を反映しない政府を作ることには反対する。国民が参加する政府を作るべきと考える。

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コメント

総理の福島第一原発3月12日7時30分到着視察に関して、ドライベントの遅れはなかった。という事ははっきりさせておく必要はあります。 来ようと来まいと、ドライベント実施時刻に変更はないです。

http://www.shippai.org/images/html/news559/YoshiokaMemo47.pdf

http://www.shippai.org/images/html/news559/YoshiokaMemo29.pdf

それと、適合電源車は2台しかなかったような。 仮に電源車を空輸したとして、電源不足なような気もしますが。 配電盤等の電気施設が水没していますから、直接電源をモーター等につなぐ必要があったと思います。津波の影響をもろに受けたのは、炉の配置が海側に平行並んで有った事もでしょう。斜めに設置されていたなら、1号炉は海に一番近kても、2号、3号炉への水没は軽減できたかもですが。当時は、搬入、搬出効率を考えたのでしょね。 

投稿: omizo | 2013年4月 8日 (月) 12時31分

omizoさん
コメントをありがとうございます。

総理の3月12日7時30分到着視察がドライベントの遅れに、無関係であったと言えるのは妥当かもしれないと思います。しかし、総理の視察は不要であったし、福島第一原発における対策実施の妨げになったであろうと思います。吉田所長も総理の対応のために、現場指揮を離れざるを得なかったはずですから。

政府として、やれることは全てすべきであったと考えます。結果論で、有効であったかどうかは、後の評価で良いと思います。電池と通信手段は、本文に書きましたが、電池を輸送すれば、小型充電機器も自衛隊なら保有していると思うし、真っ暗闇の中を懐中電池で作業せざるを得なかった状態だから、自衛隊が保有している夜間非常照明設備だって役に立ったのではないかと思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2013年4月 8日 (月) 16時59分

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