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2014年6月10日 (火)

父親と子ども

最高裁は通常の場合、当事者の弁論や証人の尋問のような口頭弁論を行わない。しかし、父子関係をめぐる裁判で、6月9日当事者の弁論を開いた。

6月10日 日経 父子関係、最高裁で弁論 DNA鑑定か、民法「嫡出推定」か

裁判は、親子関係不存在についてであり、北海道の元夫妻と、関西の夫妻の2件のケースで、2件続けて審理し、判決は7月17日である。 夫以外の別の男性の子を出産した妻がDNA鑑定をもとに、夫と子の間に親子関係が存在しないことの親子関係不存在を求めて裁判を提訴し、一、二審はいずれも、戸籍関係よりDNAによる血縁関係を優先する判断を示し、妻側の訴えを認めたとのことである。

マスコミの中には、民法772条第1項の「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」はDNA鑑定などなかった時代の古い考えで見直すべきだとする論調もある。私が思うことを以下に書きます。

母親にとっての親子関係不存在裁判はあり得ない。

このことについて異論はないと思う。出生届の右の方が出生証明書になっていて、出産に立ち会った医師や助産師が記名捺印して出生を証明している。

父親にとっての親子関係

母親と違って不安定です。だからこそ民法772条第1項の推定があり、親子関係不存在の訴訟もある。そして嫡出である子やない子がある。血縁関係なんかなくても、嫡出である子としても通るはず。

男にとって子どもとは、そんなものなんでしょうね。だから、秀頼が秀吉の子なのかとの疑問が浮かんでくる訳で。でも、秀吉は秀頼は自分の子であると、対外的にはこれ以外にあり得なかった。

民法772条第1項は父親の権利? or 義務?

権利と義務の両方でしょうね。婚姻中の妻の子を自分の子でないとすることができたなら、無茶苦茶になると思います。疑いがあればDNA鑑定をして、親子関係を否定できるなら、恐ろしい社会になると思います。そんな社会に現代はなっていないと思います。

妻が産んだ子は、自分の子として養育する義務があるし、当然自分の子として愛する権利があるのです。

ではこの2件のケースは?

報道されている内容だけでは分からないのですが、北海道のケースは元夫妻となっているので既に離婚が成立している。いつ頃なのか分からないが、親子関係の存続を夫が主張していることからすると、ある程度の年数の間、親子として過ごしたと思います。関西の夫妻は、未だ離婚が成立していないので、夫は家族しての存続を望んでいるか、離婚に応じると子どもまで失ってしまう可能性が高いとして離婚をしていないのだと思います。

私は、男だからでしょうか、これで妻の言い分を認めたなら、夫はかわいそうと思う。何故なら、妻は子を産んだ時に、父親が誰かは分かっていたのです。それなら、その時に告白し、離婚をするなら離婚をするのです。離婚をして、あるいは相手が離婚に応じないなら離婚の訴訟をして、そして親子関係不存在の訴訟を起こすのです。

想像が入りますが、婚姻関係をずるずる継続して、DNA鑑定であなたは父親ではないと親子関係不存在の訴訟を提起するのは、人のあり方、生き方、愛し方として納得がいかないきません。

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コメント

DNAにこだわるなら、昨今は母親と子供の親子関係不存在もあり得ます。他人の卵子を使って妊娠した女性なら、遺伝子だけで言えばおなかの子と親子じゃありません。「でもおなかで育てた9ヶ月間があるから、私の子だ!」という女性は、ブログ内容の父親の「遺伝的にはつながっていないが自分の子だと思っている」という主張を退けられませんね。ややこしい世の中になったものです。

投稿: 山口(産婦人科) | 2014年6月12日 (木) 08時24分

山口(産婦人科)さん

コメントをありがとうございます。代理出産が私には頭にありましたが、高齢化が進み、どうしても自分で生みたいとする女性にとっては、他人の卵子による出産があり得ますね。確か、野田聖子氏は、そうだった気がするのですが。

ややこしい世の中ですが、法律が優先するのではなく、愛が優先する世の中で、法律はそれを後追いしてればよいと私なんか思ってしまうのです。

投稿: ある経営コンサルタント | 2014年6月12日 (木) 11時00分

親は子に対して義務だけあって、権利は無い.
親の権利を認めるような判決を出すことがおかしいと、考えるべきではないでしょうか?
子供が小さい時は、扶養の義務を負っている人間が親であり、子供がある程度の年代になれば、子供が決めればよい.
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この映画、多少は参考になるかも知れません.(この頃のベルイマンはあまり好きではないですが)
『危機』イングマール・ベルイマン(1946年、スウェーデン)
預けられて育てられた子供の所に、ある日突然、生みの親が迎えに来る話しですが、育ての親は、少なくとも子供に対しては、親の権利などというものは主張しませんでした.

もう一本、上げておけば、
『新平家物語』溝口健二

投稿: rumichan | 2014年9月 3日 (水) 17時51分

rumichan さん

コメントをありがとうございます。

判決文にリンクを付けて次のブログを書いています。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-ae16.html

ところで、報道された2件とも子どもから父親に対する親子関係不存在の訴えだったのです。しかし、子どもは2歳とか5歳とかであり、母親が代理人になり裁判を起こしているのです。

子どもが成人して、自分の判断で父親に対して親子関係不存在の裁判を提起するのは分かるのですが、母親が起こしていると言うことは、離婚裁判です。離婚を有利に進めて、金を取りたい女の存在が浮かんできます。そして、マスコミを利用して、また馬鹿なマスコミはDNA鑑定なんて言葉を使って報道する。

真実が見えてくると、とても嫌な事件でした。

投稿: ある経営コンサルタント | 2014年9月 3日 (水) 23時30分

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