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2014年12月 7日 (日)

真珠湾攻撃とは何であったのか?

今年も12月8日がやってくる。真珠湾攻撃とは何であったのか、様々な見方ができるが、誰がどのように対応したかは、興味あるところと考える。

米海軍力を弱めることが攻撃の目的であったことは間違いはない。1922年のワシントン条約で日米の主力艦(戦艦・空母)は5対3の割合と取り決められた。日本は1934年に条約の破棄通告をしていたが、まともに建艦競争をしたら、日本に勝ち目はない。米国が大量の新艦建造に手を付けない前に沈める必要があった。米国からの対日石油輸出禁止は1941年8月であり、オランダ領インドネシアのパレンバンとバリクパパンからの石油を頼みの綱とせざるを得なくなっていた。

米国は大西洋と太平洋に面している国であり、海軍は両方共ケアせねばならない。主力艦割合5対3と言っても、太平洋に半分とすると2.5となり日本より少ない。その上、パナマ運河を通過可能であることが必要であり、日本のような戦艦大和は建造できない。そもそも、それが分かっていたからこそ、日本は戦艦大和を作った。戦艦の大砲は横方向に撃つ。このための復元性維持を目的とした艦幅が必要であり、戦艦大和はパナマ運河制限を超えていた。その代わり、米国のどの戦艦より大砲弾の届く距離が長い。

しかし、それらの優位性は、限られた優位性であり、当時の米国はGDPで日本の12倍、粗鋼生産量も12倍。原油は当時世界一の生産量。残念ながら、短期的に幾つかの戦闘での勝利に止まるはずである。又、実際にそうなった。当然、当時日本でも短期的な勝利の時期に和平に持ち込むことを期待していた人もいたと思う。しかし、国内でのコンセンサスも十分な議論もなく、破滅へと向かっていった。

真珠湾攻撃の結果は、重要である。同日、米国時間12月8日に日本との戦争を米国議会は承認した。(参考ここ

そして、日独伊三国同盟もあり、ドイツは12月11日米国に対し戦争を宣言した。米国議会も同日にドイツとの戦争を承認した。(参考ここ

米国は太平洋とヨーロッパで戦争をすることとなった。真珠湾攻撃がなくても、米国は太平洋とヨーロッパで戦争をしていたかも知れない。しかし、その時期は、もっと遅かったであろうと思う。米国参戦が遅かった場合、フランスがドイツ支配下に入り、英国とソ連だけがドイツと戦争をしている状態で、ヨーロッパもどのようになっていたか分からない。真珠湾攻撃とは、そう考えると、何であったのかと思う。真珠湾攻撃は、奇襲であった。だからこそ、ルーズベルトは米国民の圧倒的支持で戦争に入ることができた。奇襲であるからこそ、日本もドイツに事前には知らせていない。真珠湾攻撃に驚いたのは、ヒットラーだっただろうと思う。もしかしたら「これで米国が参戦する。そうなるとドイツが負ける可能性が出てきた。」と思ったかも知れない。

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コメント

日独伊三国同盟は、同盟国が他国から攻撃を受けたとき参戦しなければなりませんが、同盟国が他国に戦争を仕掛けた場合はその義務はないので、真珠湾攻撃によりドイツがアメリカに宣戦布告する必要はありませんでした.
けれども、ドイツは日本を助けてやるぞと言うタイミングで、アメリカに対して宣戦布告をしたため、日本は勝手にアメリカとの戦争を止めることが出来なくなった、と、言えるのではないでしょうか?.ドイツが戦争を止めない限り、日本も戦争を止めることが出来なくなった.

山本五十六は、アメリカと戦争になったならば、ハワイを攻撃してやる、アメリカ西海岸を攻撃してやると10年以上前から公言していたそうで、真珠湾攻撃を直前になって思いついたのではありません.
山本五十六がアメリカに留学していたとき、教官が日本がオワフ島を占領することが可能かどうか?、可能であると図上演習で示したことがあって、その当時からの夢であったらしく、大金をつぎ込んで軍艦を建造し、これまた大金をつぎ込んで軍用機を開発し、つまり真珠湾攻撃とは、山本五十六という人間が、金の力によって英雄になろうとした、幻想であったということが出来ます.

日中戦争時、日本は国家予算の70%を越えるお金を軍事費に使っていましたが、それだけでは不足で、横浜政金銀行を通じてアメリカに金塊を送り、売りさばいて外貨を得て軍事物資をアメリカから輸入していました.
横浜政金銀行は、金塊を上手く高値で売りさばき、余剰資金をアメリカの銀行に預金していました.その額は、当時の日本の石油の輸入金額の2年分だったか3年分だったか、その様な金額になったのですが、資産凍結により差し押さえられました.

日本は石油が欲しかったのです.けれども、アメリカと戦争をして勝ったにしても、アメリカから石油を手に入れることは出来ないので、アメリカと戦争をする必然性は、全くありませんでした.
ではなぜ戦争を仕掛けたかと言えば、お金を取られて石油を売ってくれない.アメリカに好き勝手にやられてなにも出来なければ、弱虫、意気地なしと言われるだけ.....

1930年頃から航空機の技術は目まぐるしい発展を遂げ、諸外国と共に日本にも、陸海軍に加えて空軍を創設しようという考えが生まれてきました.将来空軍が創設されると、空軍の実権を握った者が日本の軍部を支配することになるはず、こう考えて陸海軍共に航空機の開発に注力したのですが、その先陣を行ったのが山本五十六.彼は渡洋爆撃機を開発し中国大陸を爆撃して陸軍に対抗しようと考え、96式陸上攻撃機を開発しました.そして、その96式陸上攻撃機で南京を渡洋爆撃し、日中戦争が始まりました.
裏返せば、開発した軍用機で戦争を行い、戦果を上げてより多くの軍事費を得て、次の軍用機を開発しようと考えたはず.つまり、山本五十六は戦争をやりたくて、日中戦争を始めたはずです.計画通りには行きませんでしたが.....

で、真珠湾攻撃に話を戻して.
アメリカと戦争をするために、大金をつぎ込んで戦艦大和を作り、零戦を作り、しかも山本五十六は、遥か以前から真珠湾攻撃を公言していたのです.お金を取られて石油を売ってくれない相手を、立場上、なにもしないで置くわけには行かなくなったのは、当然の結果であったと言えます.なにも出来なければ、弱虫、意気地なしと言われるだけ.....

ちなみに、真珠湾攻撃により、西部劇にでてくるお尋ね者の張り紙と同様の、山本五十六を縛り首にしろと言う張り紙が出回り、少なくとも公開の席で山本五十六を死刑にしない限り、講和はありませんでした.

投稿: rumityan | 2015年1月 8日 (木) 03時36分

rumityanさん

長文のコメントをありがとうございます。興味深く拝読しました。

歴史は様々面から研究・検討して、有効な事項を学ぶことができると思います。歴史については一面的な見方を正しいとするのではなく、議論を重ねることによって、学べることが多くなると思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2015年1月 9日 (金) 12時18分

戦艦大和の大砲
30km遠方の敵艦を標的とした場合.
1.測距儀の誤差は300m.
2.9門の砲を同時射撃すると、砲弾は目標地点周辺300mの範囲に散らばって落ちる.
3.連射の間隔は、1分程度(公称45秒だったか?)
4.砲弾が砲身から飛び出すときの速度は、秒速750m(程度).
  山なりになって砲弾は飛んで行くので、45kmの距離を平均秒速500mで飛んだとしても、90秒.もっとかかるはず.
5.アメリカの船の速度は30ノット以上出る.90秒で計算しても砲弾が届くまでに、1500m移動する.
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30km先の止まっている、自分と同じくらいの大きさの標的を、着弾補正を行った2日目の射撃において、確率的な計算上は、9個の砲弾の内一発が当るはず、だそうです.
現実には標的が動いているので、一発も当らない.結果もそうでした.
つまり、アメリカの砲弾が届かないところから撃っていては、大和の砲弾もまぐれ以外では当らないのであり、敵の砲弾が届かないところから撃てば勝てると考えた時点で、負けていました.
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射程距離30kmの酸素魚雷
魚雷の速度は60km程度.(公称80kmと言う話もありますが)
30分かかって目標地点に到達しても、相手がそこにいるわけがありません.
絶対に当たらない.
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飛行機の射撃
やはり、砲弾が砲身から飛び出すときの速度は、秒速750m(程度).
弾丸が平均秒速500mで飛んだとして、500m先の標的に当たるまでに1秒かかるので、相手の飛行機の1秒後の位置、100m程度前方を目標にして山勘で撃つことになります.

細かい計算は別にして、現実的な数値として、
飛行機の射撃は200m.
魚雷は、2000m.
船を撃つ砲弾は、20000m程度が限度で、それ以上は、まぐれでしか当りません.
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おまけ
アウトレンジ戦法
日本の飛行機はアメリカよりも航続距離が長いので、遠方から攻撃すれば日本の空母が攻撃されることはない.
と、考えて行ったのがマリアナ沖海戦.

もう一度書いておけば、敵の玉が届かないところから戦えば絶対に勝てると考えていたから、見事に負けたのです.
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もう一つおまけ
初期の零戦の20mm機関砲.山本五十六が、ドイツから買ったものだそうです.
通常の射撃距離からB17を撃った場合、
エンジンの防弾鋼板を打ち抜くことが出来ない.
機体に当たっても角度が緩いと弾かれる.

まぐれでしか当らないだけでなく、当ってもダメでした.

投稿: rumityan | 2015年1月 9日 (金) 17時09分

rumityanさん

再度のコメントをありがとうございます。

そうですよね。ある程度力が均衡している状態では、兵器もそれほど威力はないと考えるべきですよね。

rumityanさんが例を上げられたような部分は、当然のこととして、やはり悲しいのは特攻兵器だと思います。

零戦に爆弾を抱かせて艦攻撃をする。零戦には長距離飛行のための予備燃料タンクを装備することが可能となっているから、ここに爆弾を装着する。しかし、その場合の、零戦の運動性能は、長距離飛行には適しても、旋回や急降下他の運動性能は悪い。急降下性能は、ほとんどなかったはずで、自爆飛行ですよね。理論的な思考が停止した状態のきちがい的な状態だったと思います。

人間魚雷回転も、同様で、rumityanさんが書いておられるように射程距離30kmだとすると、途中潜望鏡で確認はできるものの動く相手を方位磁石のみで方向を維持して相手にぶつかろうとする。そんなことより、適切な距離から、魚雷の方向を微妙に変えて、同時に6発ぐらい発射した方がよほど効果があるはずです。

2012年8月 5日に次のブログで広島へ原爆を輸送した米巡洋艦インディアナポリスを日本の潜水艦伊58号が魚雷で沈めたことを書きました。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-5572.html
回転を積んでいたのですが、艦長は回転を使わなかった。そのような人もおられたことに安堵します。

投稿: ある経営コンサルタント | 2015年1月 9日 (金) 23時43分

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