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2015年3月 5日 (木)

沈没した戦艦武蔵を発見

米ポール・アレン氏が1944年10月24日に米軍の航空機(艦載機)攻撃で沈没し、海底に沈んでいる戦艦武蔵を発見したとのニュースがあった。

Huffington Post 3月4日 「戦艦武蔵を撮影」ポール・アレン氏が動画公開 46cm主砲の姿も

Huffington Postには、動画もあり、幾つかの写真掲載されている。一方、次はポール・アレン氏のWebで、動画(英語で少し動画内容も異なる。)がある。又、イメージギャラリーやハイレゾ写真へのリンクもある。

Paulallen.com FINDING THE MUSASHI (ポール・アレン氏のホームはここ

戦艦武蔵は、1944年10月22日、ブルネイをフィリピンのレイテに向け、同型艦の戦艦大和を含む栗田艦隊に組み込まれて出航した。しかし、レイテには到着することなく、翌々日フィリピンのシブンヤン海で米航空機による魚雷と爆弾を受けて沈没した。Wikiには、出港時の乗員は2,399名であったが、生存者は1,376名とある。しかし、救助された乗員で最終的に日本に帰還できたのは、たったの56名だったとのこと。

大東亜戦争の悲劇の象徴みたいです。三菱長崎で1938年3月に大和2番艦として起工され、1942年8月に呉海軍工廠で完成した。膨大な政府予算をつぎ込んで建造されたのである。なぜ大和と武蔵を作ったのかであるが、米国との戦争準備の為である。米国と戦争をしても勝てないまでも、簡単に負けはしないようにしたのである。即ち、46cm砲である。大きな大砲の砲が、遠くに、しかも爆発力の大きな砲弾を飛ばせる。大和・武蔵の船幅は38.9mである。戦艦は横方向に向けて大砲を撃つ。その反動力を基準として戦艦の船幅が決まってくる。米国の戦艦は大西洋と太平洋の双方で運用できる必要があり、そのためにはパナマ運河通過が条件である。実は、パナマ運河の幅は現在でも33.5mであり、船幅32.5mがギリギリである。米国の戦艦より大砲のリーチが長く、訓練で命中精度を高めていれば、米国との海戦に勝てると期待したのである。

戦艦大和・武蔵というのは、このような論理に基づいて建造されたのである。しかし、その論理はもろくも崩れたし、現実を正確に分析していれば、航空機の発達や国力の差を始め、論理的に成立しても残念ながら有効と判断できなかったはずである。本当は、大艦巨砲に税金を投入するのではなく、国民を豊かにする経済発展を目指すべきであった。日清戦争以来、日本はひたすらに戦争へと向かっていった。その課程で、戦艦大和・武蔵もあったのだと私は整理をするのが正しいように考えている。

それを考えると、集団的自衛権なんて、馬鹿言っちゃいけないよと思う。中途半端な考えは、暴走してコントロールが効かなくなることを肝に銘じる必要がある。日清戦争は、当初朝鮮半島をめぐる日清の駆け引きであった。半島への出兵を決めた公式目的は「在留邦人保護」であったし、伊藤首相は清との衝突回避を当初考えていた。集団的自衛権の閣議決定を受けての法改正案を近いうちに政府は出すであろうが、内容的には、集団的自衛権ではなく、個別自衛権の範囲と考えるべき内容が大部分と理解する。そうであれば、つまらない集団的なんて言葉を抹消すべきである。PKOに自衛隊が参加しても、武器を使用できないからと言うのは、論理のすり替えである。共に行動する外国のPKO部隊は、自国の範疇と考えれば良いのである。

戦艦武蔵発見は、戦争と防衛について考える良い機会とも思う。最後に、日清戦争について書かれた大谷正氏の中公新書と吉村昭氏の戦艦武蔵を紹介しておきます。知らなかった面を多く知った本でした。

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