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2015年5月 4日 (月)

憲法改正の議論

昨日は憲法記念日であったが、マスコミ報道を集約すれば、改憲を望む声が増加していると思える。しかし、そのような中で、改憲派より護憲派が増加していると報じていたのが、日経新聞であった。

日経 5月3日 憲法「現状維持」44%、改憲賛成を上回る 日経調査

日経記事の全文を読むには登録が必要であり、このグラフも登録会員でないと開かないかも知れないが、2004年や安倍内閣発足直後の2013年には55%程度の改憲賛成が、今年は42%に下がっている。1552世帯への調査で1026件の回答が得られた結果の分析であり、これをどう判断するかは、人それぞれかも知れない。私は、このような世論調査の結果からして、憲法改正は早急にすべきことではなく、十分な議論を行った上で、問題点を明確にし、国民の多くが納得できる状態で、必要なら憲法改正へと向かうべきと考える。

日経は、5月5日の社説においては、この憲法のどこが不備かもっと説明せよ を掲載していた。基本的には、この日経社説に賛成する。但し、その後半部分の中にある緊急事態条項の新設については賛成しない。何故なら、緊急事態における政府対応については、法を整備することで十分と考えるからである。行政機能がまひした時の自衛隊や警察・消防による臨機応変の活動と言っても、具体的なシミュレーションを実施しないで考えると危険である。必要な情報が把握で切れいる状態で最適な活動ができるのである。そのような情報収集は、やはり自衛隊や警察・消防の任務とするより、必要ならその任務を遂行する組織を作り、対応することが良いのである。現憲法において、そのような法整備は可能である。東日本大震災の福島原発事故対応に自衛隊派遣を実施しないまずさは、当時の内閣のデタラメさであり、憲法を理由にしてはならない。

私は、現法の前文が好きである。例えば、次の部分も大好きである。

・・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

前文は「日本国民は」で始まっており、「われら」とは日本国民です。「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」との文は、その通りであると支持します。

日本には、生活保護の制度があり、生活保護は次の25条の第1項によるものです。

第25条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 
 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

第2項の文の主語は「国」となっている。

私は、これを政府、地方公共団体、国会、裁判所、国民、日本に事務所を有している法人等を含め、全てであると考えている。税金であれ、保険料であれ、負担も必要であり、制度の設計も実施も、年金・医療保険・各種福祉制度については、政府、地方公共団体、国会、裁判所、国民、法人等を含む国全体が努力して最適なものを作り上げていく必要がある。

本ブログの冒頭において護憲なる言葉を使った。しかし、考えれば不適切な言葉である。何故なら護憲とは当然のことであり、必要な改正を求めるのも護憲と言える。言葉としては、改正論者、維持論者(又は反改正論者)が正しい。但し、憲法99条の憲法尊重・擁護義務は公務員のみならず国民全ての義務と考える。俺は憲法○○条に反対であるから、基本的人権は認めないなんて許されない。

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