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2015年8月 9日 (日)

菅直人氏の功罪

黒木亮氏が東洋経済Onlineに「原子力ムラ」を生きた東電・吉田昌郎の功罪との記事を書いておられる。

その記事の中の「福島第一原発事故の記録を読んで感じるのは、吉田氏のリーダーシップとユーモア、そして芯の強さである。・・・誰もが怯えた菅首相に対しては一歩も退かなかった。」との部分を読んで、やはりそうか、菅直人氏については、他人の意見を聞かない独裁者だったと多くの人が思っているのだと感じた。

菅直人氏の独裁者ぶりは、このブログでも多く書いたと思う。次の薬害エイズ裁判で安部英医師の弁護団の弁護士をされていた武藤春光氏、弘中淳一郎氏編の安部英医師「薬害エイズ」事件の真実に書かれていたことは、衝撃であった。

この本のコラム②に次のことが書いてある。

1996年2月9日にエイズ訴訟原告団を省内に招き入れて、「こんなもの(郡司ファイル)が倉庫に隠されていました。」として当時の管厚生大臣が謝罪したが、その郡司ファイルとは日常業務で使わない雑ファイルであり、倉庫に入れてあった。倉庫から取り出したら、大臣は「隠していた」と謝罪した。

何も考えない人物で、福島原発事故以外でも諫早湾干拓は対立を深め、解決を困難にした。他人の意見を聞かない独裁者と言えるような人だと思う。

しかし、このような人が首相になってしまうのは、日本の政治制度にも問題があると思うのである。政権交代が世の中を良くすると大嘘をついていた人たちがいた。公職選挙法の一部改正が8月5日に交付され、参議院選の選挙区が人口増減を反映して変わったが、本質は国民の意見を正確に反映する国会議員が選ばれる制度を樹立することであると考える。その一つの方法として、日本全体で一区の大選挙区制を考えたいのである。政党の利害を超えた国民の利益・幸福を考える議員を選び、そのような方向に動けるリーダーが首相となる日本を目指すべきと考える。現在の選挙制度では、また菅直人氏のような人が首相になってしまう可能性があると思う。逆に、それを恐れて、好きでもない人や政党に投票することもやめたい。このあたりの教訓を残したことが菅直人氏の功と思うのである。

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コメント

「吉田調書」

――結果として誰も助けに来てくれなかった?
「消防隊とか、レスキューだとかいらっしゃったんですけれども、これはあまり効果がなかった」

――(原子力安全)保安院はどうなんですか?
「オフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点)が(60キロ離れた)福島(市)に引き揚げるとなったとき、みんな福島に引き揚げられて。結局、16日、17日ぐらいまで、自衛隊や消防がピュッピュやっているときはいなかったような気がする」

 現場にいるべきはずの保安院の担当官まで逃げ出していた。まさしく四面楚歌(そか)で、吉田氏の絶望が見てとれる。
 そんな中、特筆すべき吉田氏の発言もあった。がれきの撤去作業のために駆けつけてくれた“ある会社”の存在だ。

「バックホー(油圧ショベル)が数台、もともとこちらにあったのと、間組さんがどこからか持ってきてくれて、主として最初のころは間組なんです。土木に聞いてもらえばわかりますけど、間組さんが(放射)線量の高い中、必死でがれき撤去のお仕事をしてくれていたんです」
「6号への道が途中で陥没したりしていたんです。その修理だとか、インフラの整備を最初に嫌がらずに来てくれたのは間組です」

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身内の間組を褒め上げているのは良いとして、
「消防隊とか、レスキューだとかいらっしゃったんですけれども、これはあまり効果がなかった」
とは、なんたる言い草か.

一番効果を上げたのは、東京消防庁の消防車を連結して行った放水だったはず.
東京消防庁は、事前に河川敷で、現場と同じ長さのホースを繋いで訓練を行ってから出掛けました.そして、石原慎太郎が「消防車が壊れて、使い物にならなくなった」と怒っていたのですが、消防車の耐久性を上回る連続放水を行いました.
彼らは原発、放射能に対する知識は全く持ち合わせていなかったので、隊長は隊員の安全を保証することは出来なかった.つまり、死ぬ覚悟で行けと言う命令を出さざるを得ませんでした.その様な状況下なのに、消防庁の彼らは免震重要欄の存在を知らされていなかったそうで、酷い話だと思います.

「自衛隊や消防がピュッピュやっているときはいなかったような気がする」
この物の言い方は、いったいなんなのか?.
本来は自分たちが行わなければならないことなのに、自分たちが助けてもらっていながら、他人事のように言っている.
吉田所長は、自分たちでどうすることも出来なくなっていたのに、それでも部外者に頼ろうとしなかった.むしろ排斥しようとしていた、その現れだと思います.

仲間内の業者には『感謝』し、部外者の東京消防庁に対しては、『あまり効果がなかった』と言っている.要するに、自分たちの力でなんとかしたと、言いたいのではないのか?

投稿: rumichan | 2015年8月10日 (月) 07時50分

東京消防庁が消防車による放水を行った当時は、爆発直後でまたいつ爆発が起こるか分らない危険な状態、現在よりはるかに高線量で危険な状態であったのは疑う余地のないことです.
先日行われた3号機の燃料プールに落ちた燃料交換機の撤去は、高線量で危険なため遠隔操縦のクレーンで行われましたが、東京消防庁は遥かに危険な状況の現場に赴き、放水作業を行いました.
また、放水作業の前に、現場に散乱した高線量で汚染された瓦礫を、自衛隊が戦車をブルトーザーに使って撤去し、消防車の通路を確保しました.

東京電力の社員は下請社員と顔を会わせても挨拶もしないと、当時、よく言われました.私が思うに、この会社は下請けを顎で使えばすべて片付き、他人に頭を下げて頼むことなど全くない、そんなことは思いもよらない社風の会社なのではないでしょうか?
ですから、首相の菅直人が現場にやって来て、怒鳴って叱られた出来事は、会社創立以来初めての出来事、屈辱以外のなにものでもなかったことでありましょう.下請け会社を怒鳴って叱ることは日常であっても、自分が叱られるなんて言うことは、現実の出来事として受け入れがたい事であった.....

首相の菅直人が都知事の石原慎太郎に、命令であったか依頼であったか記憶にありませんが、ともかく消防庁の出動を要請しました.そして、石原慎太郎は都知事として、消防庁に出動を命令しました.命令した以上、隊員にもしものことがあれば、菅直人一人の責任ではなく、当然自分も責任を負わなければならない、石原慎太郎はその事をはっきりと自覚した上で命令を出したはずです.
こう考えれば分るはず.消防庁の隊員が作業をするに当たり、現場での安全確保の責任は、現場の最高責任者、吉田所長が負わなければならないことなのですが、彼は消防庁の隊員に免震重要欄があることを教えていませんでした.

福島第一発電所の事故は、多くの国民に重大な健康被害を与えました.経済的被害も莫大であり、本来ならば倒産する会社に、国は莫大な費用を投入し支えています.
東京電力の社長に、国民に与えた健康被害、経済被害を詫び、会社存続に莫大な国の資金、国民の税金が投入されていることに対して、感謝しお礼を言う気持ちがあるならば、5億円という莫大な退職金を受け取れるはずがありません.
吉田所長も同じである.原発事故に自衛隊、東京消防庁を巻き込んだことを詫び、協力に対して感謝しお礼を言う気持ちがあるならば、調書にあるような言葉は発せられないはずです.

彼らは下請け会社を顎でこき使うのが当然のことであり、頭を下げて頼むことはあり得ないことでした.そうした行為は彼らにとって屈辱であり、あってはならないことなので、現実に助けられていても、その事実を認めようとせず、自分の非を詫びることも、お礼を言うこともあり得ない事でした.

「消防隊とか、レスキューだとかいらっしゃったんですけれども、これはあまり効果がなかった」
「.....自衛隊や消防がピュッピュやっているときは.....」
この言葉からは、事故の深刻さ、事故に対する真剣さ、それに対する責任感、事故を詫びる気持ち、お礼を言う気持ちは微塵も感じられないだけでなく、他人事のような空々しさを感じずにはいられません.
地震直後に間組が陥没した道路を直したこと(単なる土木工事)を評価するならば、自衛隊が戦車で汚染瓦礫を撤去したことは、些細なことかもしれないけれど、もっと評価しなければならないことのはずです.

「レスキューだとかいらっしゃったんですけれども」ではなく、「(援助に)来ていただいた」と言わなければならないはずです.勝手に来て何かやっていたと言いたいのでしょうか?
「自衛隊や消防がピュッピュやっているとき」ではなく、「自衛隊や消防が決死の放水を行っているとき」と、どうして言えないのでしょうか?.これでは見下してバカにしているとしか思えません.

自衛隊を派遣したのは首相の菅直人のはず.東京消防庁も彼が派遣をしたのだから、いくら気に入らない相手であっても、少なくともその分だけは管直人に感謝しなければならないはずだが、反対に悪態を並べて罵倒しようとしている、吉田所長は許し難い人間と言える.
百歩譲って、管直人に罵倒されたことを憎んでいるのは仕方がないにしても、菅直人が派遣した自衛隊、東京消防庁に対する言葉は絶対に許されない.

自分の非を素直に詫び、相手の行為に感謝しお礼を言うことは、人が生きるに当たって最も大切な行為である.
樋口一葉 -おおつごもり- より

投稿: rumichan | 2015年8月11日 (火) 21時54分

色々な見方があって、当然と思います。

黒木氏は、東洋経済Onlineの「原子力ムラ」を生きた東電・吉田昌郎の功罪の後編の中で、2002年に福島原発トラブル隠しは、当時日本に運転開始後の原発に関する維持規格(補修規定)がなく、新設原発の規格では不的確となるが、当時の米国規格では問題とされなかったと書いておられる。

一つのことを評価するについては、単純ではないと思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2015年8月12日 (水) 10時32分

吉田氏は原子力設備管理部長だった2008年6月に、社内の土木調査グループから、福島第一原発の敷地南側で15.7mの津波が発生する可能性があるという報告を受けた。
しかし、それは三陸沖の波源モデルを福島第一原発に最も厳しくなるように想定して試算したもので、実際にはこのような津波はこないだろうと考え、特段の対策は採らなかった。

また部下に対して、原子力安全・保安院からはっきりと試算結果の説明を求められない限り、試算結果を説明する必要はないと口止めしていた。社団法人土木学会に対して地震調査研究推進本部の予測についての評価を依頼し、福島県沿岸で津波堆積物の調査も実施したが、東京第5検察審査会などから、これらは津波対策をやらないための時間稼ぎであるとの指摘がなされている。

かつて資源エネルギー庁と原子力安全・保安院で統括安全審査官を務めた高島賢二氏は、吉田所長は、本社で津波想定をつぶした一人だと明言している(添田孝史著『原発と大津波?警告を葬った人々』pp.128-129)

政府事故調の聴取で、東電が大津波対策をしなかったことに関して尋ねられ、吉田氏が「貞観津波…の波源のところに、マグニチュード9が来ると言った人は、今回の地震が来るまで誰もいないわけですから、それをなんで考慮しなかったんだと言うのは無礼千万だと思っています.今回(の震災で)2万3千人死にましたね(注:実際の死者・不明者合計は約1万8千人)。これは誰が殺したんですか。マグニチュード9が来て死んでいる.「こちらに言うんだったら、あの人たちが死なないような対策をなぜ打たなかったんだ」、と反論しているあたりは見苦しい。

さらに取材の過程で…吉田氏は原子力施設管理部長時代に、福島第一原発の現場から上がってくる補修や保守点検作業を、コスト削減のために大幅に切り詰め、もしそうしたことがなければ、原発事故も少しはマシだったのではないかという声も、東電の技術者たちの一部からは「亡くなった人を悪く言いたくはないが、安全設計を自分でゆるがせにしておいて、事故が起きたら想定外だと言い逃れ、悲劇のヒーローになっているのは許せない」と…
『ザ・原発所長』執筆のための2年間の取材を通して見えたのは、社畜でも英雄でもなく、原子力ムラと東京電力の論理の中で忠実に生き、その問題点と矛盾を一身に背負って逝った、1人のサラリーマンの姿だった。

現代ビジネス-黒木亮

投稿: rumichan | 2015年8月12日 (水) 21時54分

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