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2016年4月 3日 (日)

公共の福祉 vs 公益 (本日のNHK日曜討論より)

本日のNHK日曜討論で自民党高村氏と共産党志位氏との間で憲法に関して「公共の福祉」と「公益」についての議論があった。ご承知のように、「公共の福祉」は、現憲法が使用している言葉であり、一方自民党憲法案には「公益」という言葉が使われている。

まず、高村氏が述べた事を紹介すると「公共の福祉とは意味が曖昧であり、公益とすべきである。」との意見であった。

一方、志位氏が述べたのは、「公共の福祉とは、国民からの発想に基づいており、公益は上から目線の施政者側からの発想であり、現憲法がふさわしい。」との意見であった。

私の意見は「公共の福祉こそ守るべきものであり、基本的人権の一つとして死守すべきである。」との考えです。

以下に、私の意見を書きます。

1) 現憲法の条文

第12条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

2) 現法制定に至る前のGHQドラフト

GHQドラフトは、1946年2月13日に日本政府に提示され、26日の閣議でこのGHQ案に必要な修正を加え新しい憲法草案を起草することを決定したのですが、GHQ案には公共の福祉という言葉はなかったのです。

第10条 此ノ憲法ニ依リ日本国ノ人民ニ保障セラルル基本的人権ハ人類ノ自由タラントスル積年ノ闘争ノ結果ナリ時ト経験ノ坩堝ノ中ニ於テ永続性ニ対スル厳酷ナル試練ニ克ク耐ヘタルモノニシテ永世不可侵トシテ現在及将来ノ人民ニ神聖ナル委託ヲ以テ賦与セラルルモノナリ

第11条 此ノ憲法ニ依リ宣言セラルル自由、権利及機会ハ人民ノ不断ノ監視ニ依リ確保セラルルモノニシテ人民ハ其ノ濫用ヲ防キ常ニ之ヲ共同ノ福祉ノ為ニ行使スル義務ヲ有ス

GHQドラフトは当然英語であり、原文の英語版も掲げておきます。(これらは国立国会図書館のWebからの資料です。)

Article X. The fundamental human rights by this Constitution guaranteed to the people of Japan result from the age-old struggle of man to be free. They have survived the exacting test for durability in the crucible of time and experience, and are conferred upon this and future generations in sacred trust, to be held for all time inviolate.

Article XI. The freedoms, rights and opportunities enunciated by this Constitution are maintained by the eternal vigilance of the people and involve an obligation on the part of the people to prevent their abuse and to employ them always for the common good.

3) 公共の福祉

GHQドラフトにおいては”common good”となっていた言葉を「共同ノ福祉」と訳し、現憲法では「公共の福祉」になったと理解します。

「公共の福祉」とは何を意味するか、相当幅広い意味を持ち、国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とすると憲法13条にあり、幅広い意味を持たないとならないのです。

一方「公益」とは何でしょうか?私は、税法上の言葉だと思っています。所得税、法人税等で非課税にする扱いがあって良いわけで、その際、公益目的であれば非課税とする考え方はごく一般的であります。公益法人という言葉も税法ではよく使われます。

例をあげます。農業は、生産者、流通関係者も利益を生むのが正常であり、事業として成立するからこそ消費者に食材を供給できる。農業における生産も流通も公益事業とは呼びません。しかし、公共の福祉に反していないし、社会に貢献しています。全ての企業活動もそうです。一方、企業の違法行為や適法ではあるが、公共の福祉の目的に合致しない行為・活動もありうるかも知れない。不適切会計も、その一つかと思います。医療は一般的には公益事業ではなく、課税事業です。しかし、医療行為は公共の福祉に合致する行為です。

4) 憲法の重要性

憲法97条から99条の第10章は最高法規という章であり、憲法の重要性を定めている。憲法を解釈するのは、政治家、議員あるいは官僚もしくは学者ではありません。国民が解釈するのであり、制定するのも国民です。私に言わせれば、憲法に曖昧な部分があっても構わない。良いと考えることは、良いのである。国民の解釈と違った勝手な解釈をする政治家がいれば、落選させる。

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コメント

人間の権利の宣言(人間と市民の権利の宣言)
第一項
 全ての人間は生まれながらにして自由で平等である
第二項
 全ての政党の目的は、自然と人間の奪うことの出来ない権利を保護することである
 これらの権利とは、自由と財産の安全を守り、暴政に反抗することである
第三項
 政治の原理は国そのものにある
 団体、個人にかかわらず、人民から発せられていないどんな権力も効力を持たない
第四項
 自由とは自主性からなり、他を害するものではない
 (自由とは、他を害さないものである)
第五項
 法律とは、禁止する権利である
 法律とは、社会に有害なもののみを禁じる権利である
第六項
 法律とは、人民の意思の表現である
 全ての市民は一個人として、又はその構想の中で選出された代表者を通じて
 これに助力する権利を持つ
 保護しようと酷使しようと、同様であるべきである
 全ての市民は平等であり、全ての階級や身分や能力による、
 社会的地位についての平等な権利を持ち、差別されてはならない
.....
-------------------------
アメリカの独立時に出された宣言、フランスでバスチーユ監獄襲撃時に出された宣言は、ほぼ同様なものである.

が、しかし、ここで言う市民、人権とは、女性、および有色人種は含まないものであった.

投稿: rumichan | 2016年4月 4日 (月) 00時12分

一方、志位氏が述べたのは、
「公共の福祉とは、国民からの発想に基づいており、公益は上から目線の施政者側からの発想であり、現憲法がふさわしい。」との意見であった。
-----------------------------------
基本的人権とは、男女の差別をしないものであり、人種による差別をしないものである.のは、今では当然の事なのですが、
フランスでも婦人参政権は第二次世界大戦後に認められたほど、お粗末な実態でした.

それはさておき、
日本という国は、明治時代、自由民権運動弾圧の時代には、基本的人権を考える人間がいたのですが、自由民権運動が弾圧され教育勅語で育った人間ばかりになった結果、基本的人権を考え正しく理解する人間は居なくなりました.

ですから、憲法改正よりも先に人権宣言を行い、国民一人一人が人権とはどの様な事か、しっかりと考え自覚する必要があります.

投稿: rumichan | 2016年4月 5日 (火) 04時48分

rumichan さん

コメントをありがとうございます。忙しくて、返事が遅れてしまいました。

頂いた2つのご意見ともするどいご指摘と思います。国民が権利を意識することは重要です。ところが、公共の福祉に反してはならないとの部分を無視したクレーマー的な、自分の都合だけで考え、国が何とかしろというような発想を持っている人がいたりするようで。国の構成員の中に自分も入っていることを忘れたら、国はよくならないと思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2016年4月 7日 (木) 00時10分

日本国憲法は政府公権力の横暴な弾圧や搾取略奪から国民の自由と人権を守る為の憲法です。
国民自身が政府公権力による搾取や暴力から自由と人権を防衛する為に憲法を主張して行使する権利があります。
主張せず行使しなければ国民の自由と人権は公権力によって奪われるのです。

「公共の福祉」とは、国民一人一人が相手の人権を互いに尊重し合うことです。
言い換えれば、自分の権利を他者に押し付けて他者の人権を侵害する行為を制限するものです。
その範囲内で個人の人権を尊重するものです。

故に、「公共の福祉」の下では、NHK公益法人は如何なる理由があろうと国民の人権を侵害する行為は許されません。

「公共の福祉」を理念として為すべきことは、国民の選択の自由と権利を尊重して放送サービスを提供することが求められます。
決して独善的な偽善を押し売りしたり、契約義務という暴挙で国民の人権を侵害する行為は許されません。

従って、福祉活動としての放送サービスなら無償で提供することです。
営利目的に放送サービスを有料対価とするなら、
民間の自由商取引市場において国民各個人と対等な立場で取引(自由契約)して対価を得るべきです。

なお、「公共の福祉」は「公共の利益」(公益)とは違います。
決して公益の為に国民の人権を犠牲にする意味ではありません。
故に「公共の福祉」を口実に国民に犠牲負担を請求する行為は筋違いな偽善悪徳です。

NHKは「公共の福祉」を公益に論理をすり替えて、
公益の為に国民の犠牲負担が当然かのように誤解させ、契約義務という暴挙で国民の選択の自由と人権を侵害し「公共の福祉」を冒涜する憲法違反を犯しています。

そして福祉の善人面を装いながら国民の良心に付け込み、公益法人の営利目的に公的権力で国民から強引に公的搾取して特権階級へ逆分配している悪質極まりない偽善強盗と言えます。

投稿: 通りすがり | 2017年4月18日 (火) 14時24分

通りすがり さん

約1年前のブログですが、書込をありがとうございます。

私は、NHKのビジネスモデルもまもなく変化せざるを得ない様に思います。Netとパソコンやスマホでニュースや動画を見る事ができる。そのような時代に、NHKが現在のビジネスモデルを続ければ、やがて破綻するような気がします。

投稿: ある経営コンサルタント | 2017年4月18日 (火) 14時57分

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