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2018年7月18日 (水)

倉敷市真備町の浸水被害から学ぶLCP

直前のブログ西日本豪雨から学ぶべきことにおいて、小田川が倉敷市真備町に流れ込む直前にある矢掛町東三成の水位観測所での観測データを使って、小田川の河川水位のグラフを書き、河川水位が上昇して危険が生じると予測された時点での避難決断ができないかを考えた。

今回は、上流での降水量を見て考える事とする。気象庁の気象データからで、倉敷市真備町の上流地域である矢掛(住所:岡山県矢掛町東三成)と佐屋(住所:岡山県井原市芳井町佐屋)の1時間毎の降水量のグラフである。

Odariver2018719c

7月5日午前3時頃から矢掛でも佐屋でも降雨量が増大していった。最大雨量は矢掛で7月6日午後10時に23mmを記録し、上流の佐屋では1時間前の午後9時に32.5mmを記録した。7月6日午前0時からの累計雨量は、次のグラフとなる。

Odariver2018719d

7月6日午前0時から7月7日午前9時までの累計雨量は矢掛では210mmであり、佐屋では279mmとなる。

このあたりでの夏期月間雨量は200mm程度と想定され、1月分の雨が1日半で降ったのである。近年の小田川での最大浸水被害は昭和47年7月の洪水であった。当時、床上浸水5,203戸、床下2,144戸、全半壊227戸、そして浸水農地3,765haであったとのことである。この昭和47年7月の洪水時の矢掛雨量観測所における最大日雨量は94㎜、9日から13日の4日間での総雨量は 210 ㎜を記録した。今回は同じ矢掛で33時間の間で210mmとなったのである。

真備町の小田川反乱について土屋信行氏がYomiuri Onlineに川の水位上昇が避難基準では逃げ遅れるという記事を書いておられる。この記事の2ページ目に倉敷市役所は小田川の南側の住民には6日午後11時45分に避難指示を出し、川の北側の住民にはその1時間45分後の翌日午前1時30分であったと書いておられる。北側が遅れた理由はあったはず。

6日の午後9時に佐屋で豪雨は32.5mmとなり、矢掛で午後10時に23mmとなった。午後9時、10時の矢掛での小田川水位は3.5mであり、同日午前4時の3.0mから0.5m上昇していた。豪雨の結果、小田川水位の更なる上昇が予想された。6日午後11時、午前0時の水位は4.09mであり3時間で0.5mの上昇であった。

将来に生かせる教訓は多いと思う。自分で自分の身の安全と財産被害も少しでも軽減する安全計画(LCP:Life Continuity Plan)を考えておくのが重要だと思う。

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