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2019年12月 8日 (日)

太平洋戦争開戦(その1)

今から78年前の今日12月8日に太平洋戦争が始まった。その時のNHKのラジオによる8日午前7時の臨時ニュースが次であった。


 臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。今朝、大本営陸海軍部からこのように発表されました。
ここ にNHKアーカイブ資料の当該ページがあり、当時のラジオ放送を聞くことができます。ノイズ除去がされており当時国民が聞いた放送は、もっと雑音等が多かったと思います。

1) 真珠湾攻撃の時間
上記の臨時ニュースは、本8日未明と述べている。Britannicaのこのページ には、”The first Japanese dive-bomber appeared over Pearl Harbor at 7:55 AM (local time).” とある。真珠湾攻撃の開始時間は、ハワイ時間午前8時前となる。当時のハワイ時間は世界標準時から10時間半前であるので、日本時間はこの午前8時に19.5時間を(10.5+9=19.5)足した27.5時。即ち、日本時間12月8日午前3時30分となる。なお、米国首都ワシントン時間では12月7日午後1時30分となる。

2) 新聞報道
12月9日朝日新聞東京版の記事は、次であった。
Asahi1941129
1面の中央に「宣戦の大詔渙発さる」とあり、その右に「西太平洋に戦闘開始」8日未明西太平洋において戦闘状態に入れり、そして8日の戦闘として4項目が記載しあれている。 ところで、この宣戦の大詔とは天皇陛下の御名御璽(サインと捺印)があり、12人全ての大臣の署名がある日本政府の声明である。なお、現代文への書き下した文章はこのページ が参考になると思う。
「宣戦の大詔」の記事には「情報局8日11時45分」と書いてある。大詔作成の正確な時間は把握していないが、8日午前11時頃と考えて良いのだろうと思う。真珠湾攻撃が日本時間午前3時30分なら、いずれにせよそれ以後である。なお、米国首都ワシントンにおける文書の交付に関しては、次のその2で取り上げる。

3) 米国の日本への宣戦布告

日本への宣戦布告はワシントン時間12月8日上下両院が決議後ルーズベルト大統領は午後4時10分にサインした。日本時間12月9日午前6時10分であった。この両院の日本への宣戦布告決議を求めるルーズベルト大統領演説が12月8日のInfamy Speachである。演説原稿は真珠湾攻撃があった米時間12月7日の夕刻以降何度も推敲がなされ、12月8日午後0:30議会に対してなされた。Infamy Speachは、このTIMEのPage にもあり、動画もついている。なお、Infamyとは悪夢といったような意味でしょうか。”Yesterday, December 7th, 1941—a date which will live in infamy—” という風に演説で使っています。

4) 12月8日東条英機首相演説

12月8日宣戦の大詔と同時に東条首相が行った演説がこのNHKアーカイブ昭和16年12月8日のラジオ(二) 正午の放送より「大詔を拜し奉りて」 であります。

5) 公正な歴史評価

片方の情報だけで判断すると誤ることがある。それ以上に、現に我々が直面している課題や問題の解決に関する知恵を学ぼうとすると、歴史を正しく評価せねばならない。そのためには、多面的な評価が重要である。とりあえず、太平洋戦争を日米双方の資料から少し見て見るべく、何回かのシリーズでブログを書くことにします。

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コメント

「宣戦の大詔」の記事には「情報局8日11時45分」と書いてある。大詔作成の正確な時間は把握していないが、8日午前11時頃と考えて良いのだろうと思う。真珠湾攻撃が日本時間午前3時30分なら、いずれにせよそれ以後である。なお、米国首都ワシントンにおける文書の交付については、次のその2で取り上げる。
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いったい何を持って、作成時間が真珠湾攻撃以降だと考えるのですか?.
真珠湾攻撃は、ある日突然行われたのではありません.事前に計画されてそれに従って行われたのですから、『宣戦の大詔』も、当然事前に作成されていました.

正確なメンバーを忘れましたが、言語学者、国語学者のような学者を含めたメンバーで、一通の清書された文書がメンバーを順番に回覧されて行き、都度、誰かが鉛筆書きで修正を加え、一巡すると学者が修正箇所の文言を校正した上で再度清書して.....と確か五回、回覧が繰り返されたところで開戦となり、その時の最後の文章が発表されました.
(下書きが五通あって、鉛筆で修正を加えられた原書が防衛省か何処かに残っているはずです)

それと、もう一点書いておけば、マレー半島上陸は真珠湾攻撃より30分程早く開始されています.
ですから、もう一度お伺いしておきます.
いったい何を持って、作成時間が真珠湾攻撃以降だと考えるのですか?.

投稿: rumichan | 2019年12月 8日 (日) 22時13分

日本の悲劇(亀井文夫編集)
http://m.pandora.tv/?c=view&ch_userid=kobeshi261&prgid=55459124
00:19:00当りから
1941年12月7日、ルーズベルトから天皇への電報

日本軍が仏印から撤退することは、南太平洋全域にわたる平和を保証するものと思う.
陛下ご自身もまた、予と同様に考えられると信じて.
--------------------------------

南太平洋の平和とは、南太平洋で戦争をしないこと.なぜ南太平洋で戦争が予想されるかと言えば、日本が石油を求めて、スマトラ、ボルネオへ侵攻しようとしているからである.こう考えれば、日本軍が仏印から撤退すれば、アメリカは石油を供給すると言っている事になる.

ハルノートは交渉案であり、それで決定したわけではない.
1.第一に仏印からの撤兵は約束するので、石油を売って欲しい.
2.中国からの即時撤兵を要求しているが、前向きに検討するので、交渉の余地を与えて欲しい.
このような条件を出せば、アメリカは譲歩するつもりはないかもしれないが、交渉を継続する意志はあると、未だ交渉を行う余地はあると、示したのではないか.

『天皇の力で、先延ばしにしかならないかも知れないが、ともかく開戦を先送りにしろ』
日本の開戦が極めて近いことを察知したルーズベルトは、最後の戦争回避を期待して、天皇に電報を打ったのだと思われる.

投稿: rumichan | 2019年12月12日 (木) 03時54分

アメリカの諜報部は、日本の天皇をしっかりと調べていて、おそらく日本人よりも天皇のことを良く知っていたと思われます.
例えば、当時、日本にはオールバンドの高級ラジオが500台あった.おそらくアメリカからの輸入品だったのでしょう、そのラジオを天皇が持っていて、アメリカの日本向け宣伝放送を天皇が聞いているであろうと、アメリカは考えていました.
また、天皇の性格、権力、御前会議などの出来事、発言内容、等々調べ上げていたと考えられます.

さて、もう一度1941年12月7日、ルーズベルトから天皇への電報

『日本軍が仏印から撤退することは、南太平洋全域にわたる平和を保証するものと思う.陛下ご自身もまた、予と同様に考えられると信じて』

1.12月8日の開戦までは予測できなくとも、日本の開戦が近いことは、ルーズベルトは分っていた.
2.ルーズベルトは、天皇が戦争を回避できる力を持っていると、考えていたのであろう.
3.日本軍が仏印から撤退すれば、アメリカは日本に石油を供給し、日本は南太平洋で戦争をする必要が無くなる.
4.日独伊三国同盟に依り、アメリカがドイツに対して開戦すると、日本は自動的にアメリカと開戦することになる.
こうなったら、たとえ日本軍が仏印から撤退しても、その意味が全く失われてしまう.つまり、もし天皇の大権によって日本軍が仏印から撤退するならば、アメリカがドイツと開戦しても、日独伊三国同盟の効力を失わせ日本は無視すること.それが出来ないならば、仏印から撤兵しても意味がない.
5.日本軍が仏印から撤退すると言うことは、ハノイからの援蒋ルートが再開されるということである.
苦戦続きで、畑陸軍大臣が天皇に『陸軍はもうこれ以上戦争を続けられない』と泣きついたらしい.天皇は『今更アメリカに仲介を頼むわけに行かないので、ドイツに頼んではどうか』、こんな風に応えたのだが、その後も、仏印に進駐して援蒋ルートを遮断し、戦争は続けられた.
つまり、援蒋ルートが再開すれば日本は苦境に陥り、中国で戦争を続けることが出来なくなる.だから、あえて中国からの撤兵をうたわなくても、大差のない結果となるはずだ.

もう一度、纏めよう.
『日本軍が仏印から撤退することは、南太平洋全域にわたる平和を保証するものと思う.
陛下ご自身もまた、予と同様に考えられると信じて』

1.日本軍が仏印から撤退すると、ハノイからの援蒋ルートが再開され、日本は中国で苦境に陥り、中国での戦争は終結することになる.
2.南太平洋の平和を保証するためには、アメリカとは戦争できない.つまり日独伊三国同盟も無効にする必要がある.

問題の先送りに過ぎないと言われるかもしれないが、確かにその通り.
けれども、ハルノートの前に用意されていたアメリカの交渉案も『3か月後に見直す』と言う文言があって、ともかく差し迫った危機を回避する目的では、同じであった.

なぜルーズベルトが12月7日にこんな電報を打ってきたのか考えたのだが、実に考え抜かれた簡潔な文章である.
もう少し早く言ってくれれば.....天皇に理解できたかどうか、疑問ではあるが.

投稿: rumichan | 2019年12月13日 (金) 20時02分

国家予算の6割、7割、8割をつぎ込む戦争を4年間続けたら、国家経済がどうなるか馬鹿でも分ること.
『欲しがりません、勝つまでは』、出世払いの約束手形、皆が勝利を信じて国債を買って日中戦争を続けた.だから負けなくても、勝利なくして戦争を終結すれば、国債は暴落しハイパーインフレは間違いない.
昭和天皇は、アメリカとの戦争には反対したが、アメリカが日本に対して経済封鎖を行う原因の、中国との戦争を止めろとは全く言っていない.日中戦争を止めたら日本は経済的に破滅なので、言うことが出来なかったのであるが、これでは、アメリカとの戦争は避けられなくて当然なのだ.

1941年12月7日、ルーズベルトから天皇への電報
『日本軍が仏印から撤退することは、南太平洋全域にわたる平和を保証するものと思う.陛下ご自身もまた、予と同様に考えられると信じて』

1.アメリカは日本軍が仏印から撤退すれば、
南太平洋が平和になる=日本は石油を求めて戦争をしなくて済む=アメリカが日本に石油を供給すると言っている.

2.『陛下ご自身もまた、予と同様に考えられると信じて』
私はあなたを信じている=あなたも私を信じなさい.
つまり、天皇が平和を守れば、ルーズベルトも平和を守ると言っている.

3.仏印からの撤兵により、ハノイの援蒋ルートが再開され、結果戦況は蒋介石有利、日本不利の状況になって日本は日中戦争の継続が困難になる.

4.けれども、ルーズベルトは天皇が平和を守れば、ルーズベルトも平和を守ると約束した.
つまり、日本が中国から撤退しなくても、ともかく戦争を中止すれば、ルーズベルトは蒋介石に対して、日本との戦争を中止させると考えられる.
ルーズベルトにしてみれば援助物資を止めるだけで、蒋介石の戦争を止めることが出来るのだから、この約束は簡単なことだった.

5.日本は中国から撤兵するとハイパーインフレが起きて破滅するので、みかけ上は戦争を行っているふりをしながら、戦争を中止する必要があったのだが、ルーズベルトの電報には中国について何も書いていないので、このような対応が可能であったと言える.

6.さて、戦争を中断しても日中戦争の戦費に費やした借金は減らず、経済的破滅の問題は何も解決されない.本当にそうなのか?.

7.南太平洋の平和を守る=アメリカと日本は戦争をしてはならない.つまり、日本はアメリカがドイツと戦争を始めても、知らない振をして、日独伊三国同盟を反故にしなくてはならない.これが重要で、全ての前提条件である.

8.日本は中国との戦争を中断し、アメリカとも戦争をしない.では何をするのか?.
第一次世界大戦で、日本は本格的には参戦せず、軍事物資を生産して売りまくって大儲けした.日露戦争の借金を返してもおつりが来た.

9.戦争を止めて、軍事物資の生産をして売りまくれば大儲けは必至.日中戦争の借金なんかあっと言う間に返せたはずである.

確かにルーズベルトの電報は、『私は最後まで戦争回避の努力を続けた』と言う、アリバイ作りに思えなくもないが、けれどもたとえ失敗しても天皇がもう一度戦争回避の努力をしていれば、逆に日本も戦争を回避しようとしたのに、アメリカが.....と言う話になったと思われる.

追記
日露戦争の国債が戦後まで残っていたので、第一次世界大戦の利益で日本は日露戦争の借金を返せなかったと言う馬鹿が沢山いる.
例えば当時、償還期限50年の長期国債を発行していて、償還期限が戦後に来ただけの話.
日本はともかく大儲けしたが、国家としてはその利益をシベリア出兵で使い果たしたのである.

投稿: rumichan | 2019年12月14日 (土) 06時29分

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