2017年10月11日 (水)

原子力発電の問題は国民の問題

福島地裁で、東電と国による損害賠償を命じる判決があった。

日経 10月10日 原発事故で国に再び賠償命令 福島地裁、2900人対象

国とは、日本政府であるが、財源は税金であり、国民全てが負担する事と変わりはない。

東電が負担するのが望ましいかというと、負担能力がないにも拘わらず、負担をさせても意味がないのである。この判決の賠償金は5億円であるが、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下機構とする。)が、原子力損害賠償・廃炉等支援機構法により、東電に対して拠出した交付金は本年3月末までで7兆円強である。更に、東電株主も50%以上は、機構である。機構からの交付金は返済される事になっており、東電の債務と考えると、東電の純資産額は2017年3月末で2兆3千億円なので、6兆7千億円近い債務超過となる。

このことを考えると、東電の責任だ、国の責任だと、責任論争すらむなしくなる状態である。機構は政府70億円・原子力事業者70億円で設立されているが資金源は交付国債が主体であり、実質政府である。東電は、7兆円を債務として計上しておらず、政府も交付国債を予算には含めていない。主要関係者が、粉飾決算をしているに近い。

本来であれば、東電に賠償責任有りとした「原子力損害の賠償に関する法律」第3条の解釈がおかしいのであり、変な解釈余地を残しているより、改正すべきである。力の強い人間が弱い人間に対して、自分の法律解釈を押しつけた例と思う。「言う事を聞かねば、****するぞ」みたいな。実際、福島事故については、当時東電は反論すれば、非難囂々の状態であった。

冷静になって考えると、原子力事業者に責任を押しつけて、解決にならないことが理解できる。原子力の責任を事業者だからと押しつけるより、危険性、問題点、期待できる便益等を国民参加で議論をして、方向を考えるのが正しい。原子力には、火力や水力にはない特別な危険性や特異点がある。その中には、使用済み核燃料の処理や核兵器製造を含むプルトニウム問題もある。上場会社である一般電気事業者に責任をとらせる仕組みが機能できない分野と考える。

日本の商業用原発は、未稼働発電所を含め、全て上場株式会社(上場会社が株式保有の日本原発を含め)が保有・運転している。全ての原発を、営利事業から切り離し、国民の管理体制に移管するのである。国家管理というと、戦前の悪いイメージがある。むしろ、戦前の国家管理の教訓を生かして、情報開示型・国民参加管理を目指すのである。上場株式会社には、様々な情報開示義務があり、戦前の国家管理より優れている。しかし、利益計上や株主利益の追求と無関係にはなれない。また、将来の国民の利益より当面の利益を考えると、保有している原発は、1日も早く再稼働したいというインセンティブが否応なしに働く面がある。

福島地裁判決を機会に、自分の頭の中にあるこのようなことを書いてみました。

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2017年5月28日 (日)

甘い扱い相続税

共謀罪の話である。本日のNHK日曜討論で、高山佳奈子氏が最期に「相続税が共謀罪に入っていない。」と発言していた。私は、5月20日のブログで所得税の違反が共謀罪になるのは厳しすぎると書いており、私に近い発言だと思ったのである。所で、税関係で共謀罪に問われるのは、所得税、法人税と消費税である。

五十二 所得税法(昭和四十年法律第三十三号)第二百三十八条第一項若しくは第三項若しくは第二百三十九条第一項(偽りにより所得税を免れる行為等)又は第二百四十条第一項(所得税の不納付)の罪

五十三 法人税法(昭和四十年法律第三十四号)第百五十九条第一項又は第三項(偽りにより法人税を免れる行為等)の罪

六十六 消費税法(昭和六十三年法律第百八号)第六十四条第一項又は第四項(偽りにより消費税を免れる行為等)の罪

共謀罪が意図的に運用されるとするなら、初めから意図的に外しておきたい罪があるのではと勘ぐりたくなる。相続税とは、大金持ちの税金である。次の図表は平成26年の相続税の被相続人(亡くなった人)の相続税課税価格(相続財産評価額から基礎控除他を差し引いた金額)の階級毎の相続税納付額を表している。

Souzokuzei20175a

相続税を納付する事となった死亡者の数は56,239人である。日本全体の死亡者は127万人なので、相続税を納付する人は4.4%である。

一般庶民は、共謀罪に問われるが、大金持ちは問われないと言う事なのかと思ってしまう。

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2017年5月20日 (土)

共謀罪法案を衆院委で与党強行採決なんて 

国民を小馬鹿にした政治と思えてしまうのだ。

日経 5月19日 「共謀罪」法案、衆院委で可決 与党が強行採決

安倍首相や政府は「『共謀罪』が一般国民を捜査対象としていない」と述べているが、これで国民は納得できるわけがない。法律は、制定時の法案作成者の説明で運用されるのではなく、その法律に書いてある文章により施行・運用されるのである。従い、政府が、一般国民は捜査対象とならないなら、何故そうなるかを国民に対して法案を採決する前に、法文の説明をして、国民の納得を得るのが筋と考える。

法務省の法案資料Q&Aでは『テロリズム集団による組織的なテロ事案,暴力団による組織的な殺傷事案などの,組織的犯罪集団が関与する重大な犯罪の計画とそれに基づく実行準備行為が行われた場合に限り処罰することとされている。従い、国民の一般的な社会生活上の行為がテロ等準備罪に当たることはない』と説明している。

法案(正式名称は超長く「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案」である。その別表第三の団体を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と定義しているが、別表第三には1号から90号まであり、このうち2号は刑法関係でありイからムまである。こんなのテロリズム集団として処罰する対象ではなく、現行法を正しく運用すれば良いではないかと思う事項も多い、例えば、52号は次であり、こんなのが共謀罪に必要かと思う。

所得税法(昭和四十年法律第三十三号)第二百三十八条第一項若しくは第三項若しくは第二百三十九条第一項(偽りにより所得税を免れる行為等)又は第二百四十条第一項(所得税の不納付)の罪

もう一つの点は、国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結することができるとの説明である。これに対する反対論は、日本弁護士連合会が発表している。

日弁連は共謀罪に反対します(共謀罪法案対策本部)

日弁連の主張は「現行法で国際組織犯罪防止条約の批准は可能である。」です。私も、日弁連と同じように、批准は可能と考えます。そもそも、条約と国内法に矛盾がないかは、外国や国際機関が厳密にチェックをし、問題があれば批准を認めないなんてことをしない。日本が、条約の義務を果たせるなら、それで問題は生じない。新たな立法が必要かどうかを判断するのは日本です。

もう少し、議論を進めるなら、批准をするのは国会であり、国会が批准のために新たな立法が必要かを議論すべきで、国民に問いかけるべきです。国際組織犯罪防止条約は、これこれしかじかの理由で重要であり、そのため国内法のこの部分で問題が生じる恐れあり、それ故、最低限この新規立法が必要であると。

このようなことがなされずに強行採決とは、国民を無視した国会議員達(こう言うと、反対した議員が怒るかな)悲しい限りです。

これから参議院でも同じような流れが予想される。今の国会議員は、やくざと思う。親分の言う事を聞くか、抜け出すか、誰と繋がっておくかとか、国民の事など頭にはない。小選挙区制の結果だと思っている。政権交代をしても、何も変わらない。国民の事を考えるより、次の選挙で勝つことが頭の中では先にあり、相手党の攻撃に特化する。

政権交代より、立法府の議員が国民のために活動することにインセンティブが働く仕組みを作ろうではありませんか。小選挙区制は最もふさわしくない制度と考えます。

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2017年4月 1日 (土)

認知症による自動車事故は無罪 or 有罪

2016年10月28日に横浜市で88歳の男が運転する軽トラックが集団登校中の小学校1年生(田代優君)を死亡させた事故があった。88歳の男は、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)容疑で送検されたが、横浜地裁は不起訴とすることとした。

朝日 3月31日 横浜の小1死亡事故、88歳男性を不起訴 認知症と診断

記事にあるが、父親は次のコメントを発表した。

希望に満ちあふれた人生のすべてを一瞬にして奪い去られ、その運転手の罪を問うことができないという判断は到底納得のできるものではありません。

事故があったのは10月28日午前8時頃。男は前日朝に自宅を軽トラックで出たまま途中で、どこにいるかも分からなくなり、体調も認識できない状態のまま、事故までの約24時間にわたる運転で疲労が蓄積されていたとみられると記事には、無責任男というべきか、キチガイに刃物状態になっていた男の様子が書かれている。精神鑑定の結果、アルツハイマー型認知症につき、無罪という結論。

今回の結論は、検察庁の結論であり、検察庁は有罪・無罪の結論は出せず、刑事事件として裁判所に公訴を提起しないとしたのであるが、検察以外に刑事事件の提起はできず、無罪の結論です。親として納得できないのは当然と思う。88歳の男も、この日突然に症状が出たのではなく、以前からその兆候はあったと思う。そうであれば、24時間もうろうとしたまま運転を続けるのではなく、どこかで誰かに助けを求める事はできたと思う。そのようなことをしなかった責任は重いと考える。

民事の賠償については、どうなったのだろうか。ホフマン方式による逸失利益金額に加え、多額の慰謝料が払われたのだろうか。自動車保険による保険金は払われたと思うがどうなのだろうか。認知症高齢者の横暴を許してはならない。

改正道路交通法が3月12日に施行され、認知症と診断されたドライバーの運転免許を取り消すための手続きが強化された。さて、その結果、免許証の更新が認められなかった高齢者が運転する車の事故に対して、自動車保険は払われるのだろうか?もし、払われるとすれば、何のための制度か分からない。一方、実質無免許運転をする認知症高齢者がいたとして、その高齢者が起こした事故に保険金が払われないのも、何のための保険制度かと思いたくなる。

共和駅構内事件以来認知超高齢者については責任がないのが当然とされ、監督義務者の責任について2016年3月1日の最高裁判決(参考:私のこのブログ)でも責任を問う事の難しさを示した。

こんなことをしていれば、認知症高齢者の隔離のような政策をとらざるを得なくなる。隔離政策はハンセン病に対しての措置を思い起こさせ、そのようなことではない、人として暖かく人間性豊かに過ごしていけるような配慮が必要である。では、どうするかと言えば、私は認知症の人を通常の人と同じように扱う事である。すなわち、刑法39条の心神喪失者や民法714条の責任無能力者には認知症は該当しないとするのである。認知症になれば、すべて分からなくなるのではない。周りの人たちのサポートを受けて、自動車運転であれば、どう対処するか個別に自らが決めていくのである。万一事故を起こした時は、一般の人と同じように刑事罰を受け、損害賠償をするのである。賠償金が払えなければ、自己破産をする。普通に社会のルールを適用するのが良いように思うのである。

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2017年3月18日 (土)

GPS捜査についての最高裁判断

最高裁は、車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索・把握するGPS捜査の適法性について、令状がなければ行うことのできない処分と解すべきであると判断した。

日経 3月15日 令状なしのGPS捜査「違法」 最高裁が初判断 

判決文はここにあります。

なお、判決は上告棄却であり、有罪と認定した第1審判決は正当であり、それを維持した高裁判決の結論に誤りはないとした。GPS捜査に密接に関連するとまでは認められないとする証拠能力を肯定して有罪と認定した判決であるとした。

GPS捜査については、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たるとともに、一般的には、現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから、令状がなければ行うことのできない処分と解すべきであるとした。

憲法第35条には「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 」とある。

産経は3月16日の主張は「GPS捜査 最高裁の判断に疑義あり」と書いていた。最後は「こうした事態を、一体、だれが喜ぶことになるのだろう。」として結んでいる。

最高裁は「GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば、その特質に着目して憲法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。」とした。

GPS捜査は有効と思われる。犯罪者側は、高度なIT技術を使う等して、捜査側の上手を行くと思う。捜査側がGPS捜査を使えないなら、ハンディキャップが大きすぎるように思える。しかし、逆に捜査側は巨大な力を持つ可能性がある政府権力であり、法律により適正にコントロールする事が必要である。司法の頂点である最高裁の判断を踏まえ、行政をコントロールするために、立法機関である国会が適切な仕事を実施するか楽しみである。

なお、今回の話は車に警察がGPS端末を装着する話であった。では、個人が保有するスマホ等からの信号により警察が位置情報を把握する事は、どうなのだろうか?実は総務省のガイドラインに「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」と言うのがある。その第26条1項が次である。

第26条 電気通信事業者は、利用者の同意がある場合、裁判官の発付した令状に従う場合その他の違法性阻却事由がある場合を除いては、位置情報(移動体端末を所持する者の位置を示す情報であって、発信者情報でないものをいう。以下同じ。)を他人に提供しないものとする。

ガイドラインであり、法律ではない。今回の最高裁判断にともなう立法措置の検討の際に電気通信事業の位置情報についても見直されるのだろうか。国民を巻き込んだ大議論が必要と思うのである。

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2017年2月 1日 (水)

ネット上の情報の重要性を認める最高裁判決

本日の最高裁判決は正しい判断であり、私も大賛成である。(5人の裁判官も全員一致であった。)

日経 2月1日 最高裁、「グーグル」結果削除は公共性を重視 

判決文は裁判所のWeb(ここ)にある。

当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除するこ とを求めることができるものと解するのが相当である。」との見解は正しい。つまり、優越しない限りは、削除を求められない。この考え方がないと、自由な表現も研究発表も守られない事となる。

Web情報における検索サービスは有効であり、Web情報の優れた点である。是が非でも守っていかねばならない。権力者や政府がWeb検索を制限したり、恣意的な運用を強要するような事はあってはならない。民主主義や自由あるいは社会の発展にも寄与する判決と考える。

一方、裁判で争われた事件についての最高裁の判断も当然のことと考える。(なお、この犯罪者は2011年11月に逮捕され、翌月12月に児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反により罰金刑となっている。)

児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。

犯罪を犯したことが、場合によっては社会に知れ渡る。その結果として、犯罪抑止効果が出る。このようなことも社会にとっては重要な事であり、特別の事情がない限りは当然のことである。

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2016年3月 4日 (金)

認知症損害賠償の最高裁判決を受けての民法改正

3月1日の最高裁判決の結果、民法714条の責任無能力者の監督義務者が必ずしも存在しないケースが多くなってしまったと思う。

その結果として、民法713条の「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」の条文改正を考える必要性が出てきたと考える。民法713条の状態に認知症が含まれる以上は、該当者は多いし、今後益々増加する。

即ち、認知症であっても賠償責任の義務を有することにするのである。そして、責任無能力者が加害者となった場合の監督義務者による損害賠償責任については監督義務者の責任はないことにする。もし、監督義務者に過失がある場合は、無責任能力者(認知症の人)と共に、賠償責任を負う。

成年後見制度は、認知症のように判断能力が不十分になった場合でも、法的な権利義務を正しく行使できるようにしようとする制度である。認知症になっても、法的な賠償責任義務を履行することは可能である。法的な権利義務を有していると考えるなら、その中で賠償責任義務について、ないと考えることは不都合なことが多くなると考える。

私の親が認知症であるとして、他人に損害を与えた時は、認知症の親にその損害賠償をさせる。もし、その賠償金額が巨額であり、親の財産を超えるなら、親に自己破産をさせる。

今回の最高裁判決が浮かび上がらせたもう一つの問題が保険である。賠償義務がない場合に、賠償保険が機能するか疑問が出てくる。そして、保険を付保するインセンティブがでるかの疑問である。賠償金を支払うリスクがないなら、保険を付保し保険料を支払う意味はなくなる。

それと、やはり大問題は、損害を受けても賠償を得られないリスクである。この社会的問題を解決するには、認知症の人も損害賠償責任を負うように民法改正をしないと社会の不安が消えないと考える。

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2015年4月10日 (金)

認知症の監督者には損害賠償責任あり

子供の蹴ったボールによる事故での、親の賠償責任について4月9日最高裁判決があった。一部には、認知症の監督者も責任を負う必要がないようなことが言われている。例えば、このNHKニュースには「専門家からは、民法の同じ規定を基に判断された認知症の裁判などにも影響を与えるのではないかという声も出ています。」との文章も入っている。

最高裁がどのような考えで判決を下したかを正確に理解する必要がある。次が最高裁の判決です。

4月9日 最高裁第一小法廷判決 判決文

事件は、放課後の校庭開放をしている小学校で開放中の校庭で起きた。ゴールネットが張られたサッカーゴールに向かってフリーキックの練習をしていた11歳の小学生が、ボールを蹴りそこねて、高さ1.3mの南門扉を越え、さらに南門と道路を隔てる1.8mの側溝上の橋を転がり、道路に出てしまった。偶然、自動二輪車を運転してこの道路を西方向に進行してきた86歳の人は、そのボールを避けようとして転倒し、左脛骨及び左腓骨骨折等の傷害を負って入院し、この事故から1年と4月半後に亡くなった。死因は誤嚥性肺炎。

最高裁は、「サッカーゴールに向かってフリーキックの練習をすることは、校庭開放をしている小学校での通常の行 為である。」と、また「折からこの道路を進行していた86歳の人がボールを避けようとして生じたものであって、この子どもが殊更に道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。」として、「親が監督義務を尽くしていなかっ たとすべきではない。」としたのである。

本件の事故について判断したのであり、一般的に通用することとしては「通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によっ てたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能で あるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかっ たとすべきではない。」との文章が判決文にある。

なお、小学校あるいは設置者(市?)の責任は、どうなのかなと思う。実際を知らないので、何も言えないが、校庭で球技の練習や遊びを許している場合は、高い網のネットを校庭の周りに張り巡らせてボールが不用意に外に出ないように配慮することも必要と思うのである。

日経のこの記事は、誤解を生む部分がある。民法714条は次であり、日経記事が指摘している部分は、714条1項の但し書きであり、但し書きの前の部分も読む必要がある。

713条 精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

714条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 

② 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

日経記事に認知症の高齢者が車を運転して交通事故が多発とある。もし、認知症高齢者が運転する車がぶつかってきて、物損事故や人身事故が起き、自分が被害者だとすれば、認知症の人が能力を欠くので責任はないと言われれれば、監督者に損害賠償や慰謝料を求めざるを得ない。

JR東海の認知症損害賠償事件については、2014年5月にこのブログこのブログを書いたのですが、JR東海の事件の認知症の人は過去にも徘徊をしており、タクシーの運転手に保護されて帰宅したこともある。徘徊する傾向がある認知症の人をケアをしている場合は、徘徊の結果、他人に迷惑をかけるかも知れないと思って、一人では外出させない等の気配りをすべきと考えます。

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2015年3月23日 (月)

国民健康保険の改革

3月16日の日経社説は次であった。

日経社説 3月16日 医療の効率化へ試される都道府県の力量

社説の主張を間違いとは言わないが、根本的な部分を置き去りにしているように思う。社会保障審議会医療保険部会での医療保険制度改革案(持続可能な医療保険制度を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律案)の関連である。ニュースは、次であった。

日経 2月20日 国保財政安定へ関連法案提示 厚労省、都道府県へ移管が柱

日経 3月3日 大企業健保の負担増へ 医療改革法案を閣議決定

国民健康保険のみならず組合健保、協会けんぽ、船員保険、後期高齢者制度も含んでいる改革案であり、記事によっては、組合健保の保険料のことが大きく取り上げられていたりする。3年後の2018年3月からの施行である。審議会の性格からして、当面の改革が重要であり、将来の課題や問題点については議論の対象として取り上げることすら難しい面はあるものの、この改革は根本的な部分を置き去りにしてパッチワークで繕いでいるのが実態と評価する。3月4日にこの医療費と医療保険を書いたこともあり、少しは課題について書いてみることとする。

1) 保険料の市町村差

受けることができる医療と治療を受けた時に支払うべき金額は日本中どこでも同じである。しかし、保険料として支払う時は、地域差がある。今回は、都道府県単位の広域で保険事業を運用して、せめて都道府県内部での格差は縮小しようとの方向である。その先に目指すべき方向は、日本中同じ条件の国民健康保険を実現することである。そのような本来の姿や方向も法律に書いておいてよいと考える。保険料の市町村格差を示す表として次表を作成した。

Kokuminnkennpo20153

標準化保険料算定額とは所得を国保対象の人の全国平均として各市町村国保の料率で保険料を算定した金額と考えて良い。実際には、国保対象の人は都道府県により所得分布に相当大きな差がある。都道府県では、東京都は一人あたり92万円をであるが、沖縄県では35万円である。市町村毎に見ると最高は230万円を越えている所がある一方で14万円も存在する。

国民からすれば、都道府県も市町村も関係ない訳である。地方創世なんてのはバカしか考えないスローガンであり、無駄が増える可能性の方が高いと思う。

2) 国民健保における改正法での都道府県と市町村の役割

このWeb Pageから2月20日の医療保険部会の資料をダウンロードできる。法案そのものはないのであるが、次の文章を読んでも、よく理解ができない。

都道府県は、安定的な財政運営、市町村における国民健康保険事業の効率的な実施の確保等都道府県及び当該都道府県内の市町村の国民健康保険事業の健全な運営について中心的な役割を果たすものとすること。
市町村は、被保険者の資格の取得及び喪失に関する事項、国民健康保険の保険料の徴収、保健事業の実施その他の国民健康保険事業を適切に実施するものとすること。

第2項に都道府県と書かれているが、抽象的表現である。中心的役割を果たすことが義務がというなら、単に議長を務めるだけでも義務を果たしたことになると思う。まさかザル法を作ると思わないのだが、保険部会の委員の人達は何を思っていたのだろうと不思議さも感じる。

もし、厚生労働省の役人に操られているだけなら、そんな委員会は不要である。むしろ、このブログで書いた国税庁の対応の方が、よほど国民の方を向いて仕事をしている。

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2015年2月27日 (金)

セクハラ最高裁判決

セクハラに関する最高裁判決があった。

日経 2月26日 セクハラ処分は妥当 大阪・海遊館職員の上告審で最高裁判決

最高裁判決は、この懲戒処分無効確認等請求事件 (判決文ここ

大阪市の第三セクター水族館「海遊館」に勤務する平成23年当時課長代理であった男二人が行ったセクハラに関する訴訟であり、海遊館によるセクハラ行為に対する男二人への処分(出勤停止30日間と10日間、1等級降格、2月間給与減額、賞与減額、昇給なし)の妥当性が争われていた。

どのようなセクハラであったかというと、判決文には「平成22年11月頃から同23年12月までの間に,少なくとも別紙1及び同2のとおりの行為をした。」とあり、別紙1(男X1のセクハラ行為)と別紙2(男X2のセクハラ行為)は最高裁判所判決文に含まれており読むことができる。

セクハラを受けていた従業員(派遣社員)は、セクハラを受けたことが一因となって平成23年12月末日限りで派遣元を退職し、水族館における勤務を辞めた。その際、一緒に働く派遣元からの社員と共に第三セクター水族館にセクハラのことを申告し、結果平成24年2月、3月に男二人への処分が決定した。

判決文の別紙1や別紙2のセクハラの内容を読むと、至極当然であり、職場での地位的関係で反抗できない相手に対して酷いセクハラをすることは、出勤停止、降格、給与・賞与の減額、昇給なし、職務内容の変更等の処分は妥当と考える。

判決文を読んで思ったことは、最高裁判決の妥当さとの裏腹で、大阪高裁が下した第三セクター水族館による懲戒権濫用であり処分を無効とした判決が、変ではないかである。最高裁判決は大阪高裁の判断の要旨として「セクハラを受けていた従業員から明確な拒否の姿勢を示されておらず、本件各行為のような言動も同人から許されていると誤信していたことや、男二人が懲戒を受ける前にセクハラに対する懲戒に関する水族館の具体的な方針を認識する機会がなく、セクハラの各行為について上告人から事前に警告や注意等を受けていなかったことなどを考慮すると、懲戒解雇の次に重い出勤停止処分を行うことは酷に過ぎるというべきであり・・・」と書かれている。

警告や注意等を受けていなくても、ならぬものはならぬと生きていくべきである。

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