2019年1月14日 (月)

東京オリンピック招致のための賄賂支払いルート

フランスの裁判所が日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長への捜査を始めたとのニュースがありました。

日経 1月12日 五輪招致疑惑 「コンサル料」の正当性がカギに

気になっていたのですが、やはり私が2016年5月18日に書いたこのブログでのGuardianの記事から引用した図にもディアク氏親子の関係の記載があります。

なお、このブログの2日前の2016年5月16日のブログでは、東京オリンピック招致委員会は130万英ポンド(1億6千万円)をシンガポールの銀行のBlack Tiding accountに送金をして、これを電通が引き出して前会長のラミン・ディアク氏Lamine Diackに渡したと書いています。日経記事との違いは、Black Tiding accountが単にシンガポールのコンサル会社となっていることと電通という会社名がないこと。そして、金額が日経記事は約2億3千万円となっていることです。金額については、換算レートによるのか、追加送金があったのか、1億6千万円が間違いかよく分かりません。

いずれにせよ、私の記事が正しいとするなら、それはGuadianの記事の引用であり、Guardianが正しい報道をしたことを裏付けていると考えます。

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2018年12月31日 (月)

小選挙区制の廃止を望む

朝日新聞が12月30日に次の社説を掲載していた。

朝日 社説 12月30日 安倍政権2018年 政治責任とらぬ悪例残す

そして、この社説の最後は『政治責任を顧みず、「多数に従え」という政治を、来年も続けますか。』との文で結ばれている。

そうですねとは思うが、では、来年は、どうするかとつぶやかざるを得ず、むなしく感じる。むしろ、次のNHKの報道の方が、私には、重みを感じる。

NIHK 12月29日 ことし14の知事選 8つの選挙で投票率が過去最低に

慶応義塾大学の小林良彰教授の話として「どの自治体であれ、問題がないところはない。まず、政策で選択肢を与え、それを有権者が判断して投票に行くという、当たり前のことが行われていないことが非常に問題だ。いちばん大事なことは有権者に選択肢を与えることだ」との指摘がある。

小選挙区制の導入にあたっては、小選挙区制が有権者に2つの選択肢を与え、選挙民の意思が政治に反映されることになるとの説明をした人がいた。しかし、現実は全く異なっている。無駄をなくしての歳出削減により国民を豊かにすると言うような嘘が叫ばれた。選挙区では一人しか当選できないので、大政党は候補者を厳選する。その結果、大政党の権力者と結びついた人が大政党の公認を得て、当選する可能性を獲得する。万一、落選しても、大政党の公認候補者は比例復活のチャンスは、そうでない人より高い。議員当選オプティマイゼイショーンをすると、政治を志すには、大政党の草履持ちがよいとなるだろう。大政党に属さないと立法の仕事にたずさわれない。

これじゃばからしくて選挙になんか行けない。やはり仲間と議論し、討論し、その結果、誰それを議員にして世の中を変えていこうとする人たちが生まれてくるようにしなければならない。私は、日本全域で一つの大選挙区制であっても良いと考えている。ネットによる選挙活動やネットを通じての支持者との討論会や、大きな誰もが参加できる討論会があっても良いと思っている。自分が、この人には議員になって欲しいと思う人に投票できる。すばらしいことだと思う。一方、そのように支持を受けるには、日頃から支持を受ける発言や行動をしていないといけない。政治は良い方向に向かうと思うのである。

選挙も、ネット選挙ありにすれば良いと思う。QRコードを使って決済ができるなら、QRコードを使っての投票もできるはずである。写真付きのマイナンバーカードは、なりすまし防止を含め、高い信頼性を確保できる。これを利用して、簡単な投票と不正のない投票が同時に実現できるはずである。

大選挙区による選挙制度は一気に導入すべきかと言えば、少しずつの拡大で、小選挙区を縮小しながらやっても良いのであるし、ネット選挙も投票方法の選択肢を拡大する方法で実現していけば良いのである。

来年は、平成が終わる。平成6年の公職選挙法改正で小選挙区制が決まり、平成8年の選挙から実施されている。平成に終わりを告げるからには、小選挙区制も終了すべきと考える。

衆議院選挙投票率のグラフを最後に掲げる。小選挙区制になって、投票率は下がっているのである。

Electionvoting201812

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2018年12月21日 (金)

カルロス・ゴーンの特別背任容疑再逮捕

カルロス・ゴーンは会社法による特別背任容疑で再逮捕された。

日経 12月21日 ゴーン元会長を特別背任容疑で再逮捕 東京地検

ゴーン氏は、これまで、有価証券報告書の虚偽記載で逮捕されていた。有価証券報告書は会社が発行するものであり、日産も問われる。しかし、特別背任となると、日産はカルロス・ゴーンに騙された被害者となる。

日経は、ゴーン元会長の資産管理会社による新生銀行との通貨取引に関するスワップ契約の損失を含むすべての権利を日産に移転させることで約18億5000万円の評価損を負担する義務を日産に負わせたと報道している。更には、日産に移転した契約を資産管理会社に再移転する際に尽力した人物が経営する会社の預金口座に、09年6月~12年3月、4回にわたり日産子会社の預金口座から計1470万米ドルを振り込み入金させた疑いとある。

バレないように、相当複雑な操作をしていたと思われる。そんな複雑な仕組みを編み出したのは09年6月~12年3月、4回にわたって日産子会社から15億円強の報酬を受け取った会社の支配者だと思う。会社の登記住所はタックスヘイブンで、登記上の代表者は別人とか、相当巧妙に仕組まれているだろうと想像する。送金をした日産子会社も、日本法人ではない可能性がある。

一方、日産の社員で、全貌は把握できていないが、変な取引があると認識していた人はいたと思うのである。

カルロス・ゴーンと日産は、絶好の研究対象かも知れない。会社のガバナンスと会社トップによる犯罪についてです。報道以上のことは知らないが、日産のガバナンスはトップの犯罪に対して機能しなかった。それは何故か?どうすれば、機能するのかを考えることは重要である。

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2018年12月19日 (水)

この最高裁判決 車名義人に事故賠償責任 妥当と思う

最高裁は、車の名義を貸していた弟による、交通事故被害者への損害賠償を認める判決があった。

読売 12月18日 運転者でなく、車名義人に事故賠償責任…最高裁

最高裁 判決文 12月17日 第一小法廷

どうしてなのだろうと思ったら、事故を起こしたドライバーは生活保護者であり、損害賠償裁判になっていたということから、このドライバーは物的損害及び人的損害である治療費や慰謝料を払っていなかった。払えなかった。

車を買うお金は、生活保護者であるドライバーが出した。このドライバーは、車を買うと生活保護を打ち切られることを恐れた。ローンも組めなかっただろう。そこで、つきあいもなく、疎遠であった弟に頼み込んで名義の使用を頼み、車を購入した。2012年3月に車を購入し、10月に事故を起こした。

最高裁は、どのように言っているかというと、

弟とドライバーとが 住居及び生計を別にしていたなどの事情があったとしても、弟はドライバーによる本件自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあったというべきである。

分かりやすい文章で、その通りと思う。しかし、何故広島高裁は弟に賠償責任なしとの判決を出したかというと、次の自動車損害賠償保障法3条の解釈と思う。今回最高裁は社会通念に適合した解釈の判決を出したと私は評価する。

第3条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。

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2018年12月10日 (月)

旧優生保護法を批判する朝日新聞に行き過ぎを感じる

Webでは有料記事としてなっている朝日新聞の記事で、全文は読めないのですが、誰を批判しているんだろうか?厚生省、厚生労働省の役人批判なのかなと思うのです。役人批判であるなら、それなりの事実や証拠を書いて批判すべきだと考えるのです。そして、では朝日新聞は、朝日新聞の人たちは、どうであったのかも調査・分析して書くべきであると考えます。

朝日 12月9日 官僚も指摘した「人権侵害」 平成まで放置し続けた日本

過去のことを反省し、批判することは、重要である。旧優生保護法は、谷口弥三郎氏(Wikiはここ)他の発議による議員立法で1948年に制定された。当時は、優生手術を実施することが妥当であると考えられていた。だから、法を作った。私の9月30日のブログに旧優生保護法の抜粋を掲げているが、第3条で「本人並びに配偶者の同意を得ること及び自分で判断ができない未成年者、精神病者又は精神薄弱者は対象外。 」としていた。運用が法の定めの通りにされていなかったと言う批判なら、そのように批判すべきと考える。

いずれにせよ私の意見は、9月30日のブログに以下のように書いたとおりであり、簡単に批判して終わらせるべき問題ではなく、真実を掘り下げて、将来に学ぶべきことを調査すべきと考えます。

私たちの社会には、判断の誤りが多くある。その時は、良かれと思ったことが、悪い結果となる。思ってもみなかった悪い結果が、一部には生じることは、多々ある。過去を正しく分析・評価して、将来に同じ失敗を起こさないことの重要性である。結果についても、単純に善し悪しを判断できないことも多い。あるいは、中途で見直しを行い、修正しなかったことの失敗もある。

旧優生保護法の不妊手術強制についても、歴史的な面からも多面的に分析・評価し、私たちの社会の将来に役立つ用にすべきと考える。

加藤陽子氏の「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」が頭に浮かびます。大東亜戦争とは軍部に指導された日本人がやむを得ず行った戦争であると言う単純な歴史観で終わらせてはならない。

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2018年9月30日 (日)

旧優生保護法を考える

旧優生保護法(1948~96年)下での不妊手術強制について1100万円の国家賠償損害を求める訴訟の第1回口頭弁論が28日、札幌地裁であった。

朝日 9月28日 強制不妊「57年苦しんだ」 原告が意見陳述 札幌地裁

朝日の記事には、『「57年間、手術のことを誰にも言えず、一人悩み苦しんできた。裁判で勝っても私(の人生)が戻ってこない。国の誤った法律で人生を狂わされる被害者を出さないためにも、国に責任を認めて謝罪してもらいたい」と声を震わせながら、意見陳述した。』とある。

本当に、この意見陳述の通りだと思う。一方、本問題は、多くの問題を含有しており、多面的に、見る必要があると考える。

1) 国家賠償

国家賠償法では、国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する定めている。公務員は、法に従って職務を実施する。立法院の国会議員も公務員に含まれる。

本件の場合の過失とは何であり、国家賠償の対象になり得るのかを考える。

このことについての一つの参考が「らい予防法」違憲国家賠償訴訟と考える。熊本地方裁判所の判決では、遅くとも昭和35年には、らい予防法の隔離規定の合理性を支える根拠を欠く状況に至っており、その違憲性が明白となっていた。遅くとも昭和40年以降に新法の隔離規定を改廃しなかった国会議員の立法上の不作為につき、国家賠償法上の違法性及び過失を認めるのが相当であると認定し、国のハンセン病患者に対する政策の誤りを認め、国に対して損害賠償を命じた。

大阪泉南アスベスト訴訟では、平成26年10月9日の最高裁判決において、昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間、国が規制権限を行使して石綿工場に局所排気装置の設置を義務付けなかったことが、国家賠償法の適用上、違法であると判断された。厚生労働省は、昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に、局所排気装置を設置すべき石綿工場内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事した和解手続を進め、損害賠償金を支払うこととした。(厚生労働省の発表

国家賠償の対象となる可能性はある。しかし、そのような判決が得られるとは限らない。

2) 任意手術と強制手術

このブログの文末に優生保護法の抜粋を掲げた。法律では、特定の場合に限り、人工妊娠中絶は指定医により可能としたのである。1948年の終戦直後のベビーブームの最中に議員立法により制定された法律で、当時は妊娠手術の結果、母体の生命が失われることもあったようである。

なお、現在母体保護法があるが、現在の母体保護法とは優生保護法の改正結果であり、法律の名前も母体保護法と改名されたのである。現在では、出生前診断をする人もあり、その結果、場合によっては人工妊娠中絶を選ぶ人もいる。この場合も、母体保護法による人工妊娠中絶であり、旧優生保護法第3条の任意手術に相当する。

現在国家賠償で争われているのは、優生保護法第4条による強制手術の場合である。悪質疾病の遺伝防止と母性保護のためには、医師の判断と地区優生保護委員会の決定により、本人の同意を得ずとも人工妊娠中絶が実施できるとした。

3) 本人の同意

第4条の強制手術により、本人の意向とは無関係に人工妊娠中絶の申請ができた。しかし、第5条には申請があったとき及び手術の決定がなされたときに、申請者及び優生手術を受くべき者に通知すると定められている。

この手続きが正しくなされていなかったのだろうかとの疑問がわく。都道府県優生保護委員会で事務手続きをしていたのは、都道府県の公務員であった。公務員は、実直に職務をこなしており、通知がなされなかったとは考えがたいのであるが。

おそらく、親が申請をし、親宛に通知が手渡された。子供は、知らされていないというのがあるのではと思う。日本の社会が、特定の価値観に支配され障害児・障害者に冷たく、親のたたりが・・・のような悪質遺伝は絶つべきであるとの考えで、障害児を持つ親に対して無言のプレッシャーを与えていたと思う。有言プレッシャーも中にはあっただろうし、福祉制度が充実していないと、親族・近隣への依存も大きく、その中にはトンデモ発言をする人もいただろう。

4) 守秘義務

現在の母体保護法にも27条に守秘義務があるが、優生保護法も同様であり、都道府県優生保護委員会が関係していることから、義務が課せられる人も多く、その職を退いた後においても守秘義務が継続する。

法律による守秘義務により真実解明・実態解明が難しくなっている面があると思う。だからこそ、国家賠償なのだろうと思うが。

5) 立法措置

立法措置による救済は考えられる。対象者の決め方を、どうするかはあるが、救済は可能と考える。障害の状態になった人には障害者年金が給付され、公的年金として支払われる。保険料を納付していることが給付の前提であるが、納付義務がない20歳未満に障害者となった場合でも、20歳前傷病による障害者年金が受け取れる制度がある。

損害を受けた賠償としてではなく、社会的な扶助制度としての措置である。立法措置が適切になされなかったとの議論は水掛け論が生まれるであろう。社会的な制度としての救済を講じるのが私は適切と考える。

6) 私の感想

私たちの社会には、判断の誤りが多くある。その時は、良かれと思ったことが、悪い結果となる。思ってもみなかった悪い結果が、一部には生じることは、多々ある。過去を正しく分析・評価して、将来に同じ失敗を起こさないことの重要性である。結果についても、単純に善し悪しを判断できないことも多い。あるいは、中途で見直しを行い、修正しなかったことの失敗もある。

旧優生保護法の不妊手術強制についても、歴史的な面からも多面的に分析・評価し、私たちの社会の将来に役立つ用にすべきと考える。

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優生保護法(立法時の条文)抜粋

(任意の優生手術)
第三条 
医師は、左の各号の一に該当する者に対して、本人の同意並びに配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、任意に、優生手術を行うことができる。但し、未成年者、精神病者又は精神薄弱者については、この限りでない。  
(一号~五号は省略・・・特定の疾患の罹病、母体の健康への懼れ、暴行による姦淫・妊娠等・・)

(強制優生手術の審査の申請)
第四条 
医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患に罹つていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、前条の同意を得なくとも、都道府県優生保護委員会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる。

 

(優生手術の審査)
第五条
 都道府県優生保護委員会は、前条の規定による申請を受けたときは、優生手術を受くべき者にその旨を通知するとともに、同条に規定する要件を具えているかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申請者及び優生手術を受くべき者に通知する。
2 都道府県優生保護委員会は、優生手術を行うことが適当である旨の決定をしたときは、申請者及び関係者の意見をきいて、その手術を行うべき医師を指定し、申請者、優生手術を受くべき者及び当該医師に、これを通知する。

(再審査の申請)
第六条 
前条第一項の規定によつて、優生手術を受くべき旨の決定を受けた者は、その決定に異議があるときは、同条同項の通知を受けた日から二週間以内に、中央優生保護委員会に対して、その再審査を申請することができる。
 前項の優生手術を受くべき旨の決定を受けた者の配偶者、親権者、後見人又は保佐人もまた、その再審査を申請することができる。

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2018年7月29日 (日)

山林の豪雨崩落への備え

西日本豪雨の記憶が生々しく残っているが、また台風12号がやってきた。気になる一つが、山林の豪雨による崩落である。自然災害と言ってしまえば、それまでであるが、人災が関係しているなら、人災部分は取り除く必要がある。日経に次の記事があった。

日経 7月22日 山林 放置の危うさ(風紋)

平成29年度の森林・林業白書には、森林の整備・保全の章に「我が国の国土面積3,780万haのうち、森林面積 は2,508万haであり、国土の約3分の2が森林となっている。」とある。緑に恵まれた美しい日本である。実際、海外から日本に到着すると、緑の多い国に戻ったとほっとした事が多かった。

日本の森林は58%が私有林とのこと。森林が金を生む優良資産であるなら、問題はないとも言えるが、間伐等手入れをするにも林道から離れており、コストがかかる。手入れは不十分で、その結果、価値が低い立木しか育っておらず、伐採・運搬して販売するにも採算が取れず、放置せざるを得ない状態の森林も多いと思う。土壌の侵食や流出を防ぐ機能は低下し、洪水緩和や水源涵養機能も低くなる。

資産価値を持たなくなった場合、相続が発生しても、相続登記は行われず、所有者不明に近い状態となる。山林の場合、住宅地、農地よりも土地境界が不明確な事が多い。民法717条で損害賠償義務を訴えられる恐れがあるなら、相続したいとは思わない。

森林法は農林水産大臣による、森林・林業基本法の基本計画に即した、保安施設の整備の状況等を勘案した全国森林計画を、5年ごとに、15年を一期とする計画立案義務、都道府県知事は、全国森林計画に即した地域森林計画を、市町村は、その区域内にある地域森林計画の対象となつている民有林につき、五年ごとに、10年を一期とする市町村森林整備計画をたることを定めている。

災害対策と国土の保全の面からも、税金を使ってでも、森林・山林を守っていく必要性を感じるのである。但し、実情を完全には把握できておらず、そのために、更に不安に思う面もあるが。

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2018年7月27日 (金)

オウム事件全死刑囚の刑執行終了

オウム事件は悲しい事件でしたが、このニュースも悲しい思いに陥ります。

日経 7月26日 オウム事件死刑囚、残る6人の刑執行 全員の執行終了

麻原彰晃を尊士と仰ぎ、死刑判決を受け、死刑の執行を受けた12人。不幸な星の下に生まれた不幸な人たちだったと思う。幸せな人生、自分は恵まれていると思っていたならば、オウム真理教に救いを求める事もなかっただろう。

7月23日の日経BPの記事であるが、このインタビュー記事で、バフェッリ准教授は「小さな、1つのヨガ・グループとして始まった教団に何が起き、なぜ大きな犯罪を起こすことに至ったのか・・」と述べている部分がある。この問いかけに対して、研究が為されて良いように思った。

元信者達は、現在どうしているのだろうか?多くの自治体では、「オウム・アレフ信者お断り」で通常の生活はできていないのだろうと想像する。

死刑執行の結果としては、何も変わっていない。

やはり、自分は死刑制度反対論者なのだと思う。人の命を奪う事は神にしかできない。人は神になってはならない。

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2018年2月13日 (火)

働き方改革について

働き方改革が、今国会でもしきりに取り上げられている。働き方改革と言った場合、本来その範囲は広い。しかし、国会で取り上げられているのは、主に2015年4月に内閣が189回通常国会に提出し継続審議となってる「労働基準法等の一部を改正する法律案 」の中の「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」に関してである。

1) 働き方改革は必要である

産業構造は、大きく変化しつつある。ところが、日本の制度は、旧態依然としている部分が多い。例えば、主婦のパート労働である。一定以上働くと、年金・健康保険料の支払が必要となり、税金の納付も必要となる。主婦労働が、低賃金パート労働の基準となり、非正規労働による安い労働力の供給となっている部分がある。

安い労働力は、産業競争力を高めているとも言える。しかし、別の面では、日本人の労働所得水準を必要以上に下げており、低賃金労働者の給料が増えないこととなっている。

働き方改革とは、労働基準法の改正よりは、他の面の改革・改正が遙かに重要である。ちなみに、厚生労働省は、この「働き方改革」の実現に向けてというWebでは、「働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指す。」と言っており、また首相官邸のこのWebも同様に「働く方一人ひとりが、より良い将来の展望を持ち得るようにする。」と述べている。

このような考え方に賛成する。しかし、働き方改革の主人公は働く人・国民であり、政府ではない。労働者・国民が主体となって、働き方改革を進めていくべきである。

2) 特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)法案の問題点

労働基準法に新たに第41条の2の条文を付け加え、条件等を定める案である。基準年間平均給与額の3倍以上としているが、毎月勤労統計を基礎とするとしており、現状では1075万円程度のようである。1075万円で高度専門労働をしろと言われても、対価が低すぎる。勿論、ミニマムなので、実際には、それよりずっと高いも知れない。そして、同意を得ることが条件であるから、拒否する事は可能である。しかし、残業手当がある一般労働者や制度に該当しない管理職等の給与は上限が1075万円で運用されてしまう危険性がある。

働く者一人ひとりが、より良い将来が期待できるのではなく、先が明るくない働くのが嫌になるような状態をつくり出してはいけない。

1075万円ではなく、最低でも3000万円以上にすべきと思う。基準年間平均給与額の10倍にすれば良いのである。5000万円以上であっても良いように思う。少なくとも、試験導入期間を設け、その期間は5000万円以上とし、課題や問題点を抽出して、次の改良・改正を重ねていけばよい。

3) 日本で成長産業を発展させる

日本で成長産業を拡大・発展させることは重要である。人工知能(AI)が活躍する時代は、まもなくやってくる。AIが多くの雇用を代替する可能性があると同時にAIをつくったり、AIを使いこなしたりする技術が重要である。ITの世界の巨人(Google、Amazon、Facebook、Apple(GAFA))と日本のIT企業を比較すると、このままでは差が大きくなる一方だと思える。むしろ、中国勢やインド勢が日本勢より先を行っているのではないかと思う。

日本の高度成長期は、日本が主として米国企業から技術供与を受け最先端の製造設備を建設し稼働させ、日本の優秀で高度な安い労働力が低コスト生産を可能とし、GDP第2位を築き上げた。今や、途上国がかつての日本の状態にある。過去のモデルから抜け出し、新しいモデルを築かねばならない。そのことこそ働き方改革である。

企業は優秀な人材を雇用し、成長を成し遂げなければならない。今に、優秀な人材は、高給を出さねば雇用できなくなる。終身雇用の制度を引きずっていては、人材獲得競争に負けてしまう。中国やインド企業の雇用条件が良ければ、そちらに行くのである。中国、インドのみならず欧米企業も同じである。日本企業よりずっと高い給与や条件を示す企業は、これからは多いと思う。

勿論、そのような待遇を得られる人は、多くないと思う。しかし、優秀な人は、企業を発展させ、従業員に雇用や働きがいや高給をもたらすことが期待できる。

一方、優秀な人の給与が多くなっても、多くの人の給与額の増加は限定的で格差拡大になることが考えられる。従い、ベーシックインカム制度の導入検討も必要と考える。ベーシックインカム制度は、課題も多くある。また、増税なくしては難しいと思う。

働き方改革とは、広範囲に亘る改革である。日本は明治維新や戦後の民主化改革等多くの改革を実施してきた。働き方改革で今後の発展のための更なる改革を実施すべきである。その主体は政府ではなく、国民が中心となって実施すべきと考える。

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2017年12月30日 (土)

菊地直子さんの無罪

菊地直子さんの無罪が確定した。

日経 12月27日 菊地被告の無罪確定へ オウム都庁爆弾事件、上告棄却

判決(上告棄却決定)文は、ここにあります。

菊地直子さんは、オウム真理教関係特別手配被疑者として懸賞金1000万円で写真付きで警察が全国指名手配となっていた。地下鉄サリン事件の被疑者としてである。

誰もが、この1995年の警察の指名手配から菊地直子さんは、サリン製造・輸送・地下鉄内散布の関連で重要な役割をしていた人物であると思っていた。2012年6月3日に逮捕。約2月後の8月6日に、東京都庁小包爆弾事件における殺人未遂罪と爆発物取締罰則違反の各幇助罪で起訴された。即ち、地下鉄サリン事件は、起訴の容疑とはなっていなかった。VX事件で再逮捕されたが、これでも起訴できず。

警察の見込みと実際がかけ離れたものであった。裁判員裁判であった東京地裁では、殺人未遂幇助の意思 は認められるが、爆発物取締罰則違反(爆発物製造・使用)幇助の意思は認められないとした。最高裁判決は、菊地直子さんが井上らによる爆発物製造・使用の可能性を認識したとは認められないとの東京地裁の判断と殺人未遂幇助の意思との関係が合理的に説明できないことを指摘している。菊地直子さんが関係したことで確実な事は、1995年4月19日頃から同月25日頃までの間、5回にわたり、山梨県所在の教団施設から東京都八王子市内のマンションまで東京都庁小包爆弾の原料を運搬した事である。依頼した井上嘉浩及び中川智正らは、秘密保持のため、何であるかを言わないのが当然と思う。

最高裁の上告棄却は、極めて当然のことである。オウム真理教事件とは、恐ろしい事件であると思う。オウム真理教による敵対者の殺害や無差別テロで、多くの人が亡くなった。あるいは受けた傷害の後遺症が続いていたり、心にも傷を負った人も多い。一方、考えれば、オウム信者側も同様に、苦しんでいる人が大勢いると思う。菊地直子さんもこのコメント(時事ドットコム)を出し、「自分の行為が何の落ち度も責任もない方に重篤な被害を与えてしまったことにつながってしまったことを、これからの人生において重く受け止めていくことは、控訴審判決の後に申し上げたとおり変わりはありません。  本当に申し訳ありませんでした。」としている。

この2015年11月29日のYAHOOニュースで篠田博之氏が東京高裁判決直後の菊地直子さんの手記を公開されておられる。一読に値すると思う。

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