2018年6月 6日 (水)

朝日新聞の耕論「世界史の中の朝鮮戦争」はおもしろかった

本日6月6日付け朝日新聞の耕論「世界史の中の朝鮮戦争」は、菅英輝さん、朱建栄さん、山本昭宏さんの3人のインタビュー記事で、ふっと思わせる指摘があり、私はおもしろかった。朝日新聞の耕論は、有料記事であるが、無料会員の登録で1日1記事が読める記事として扱われていると了解します。

朝日新聞 6月6日 (耕論)世界史の中の朝鮮戦争 菅英輝さん、朱建栄さん、山本昭宏さん

私がおもしろいと思った部分は、例えば次のような、指摘です。

菅英輝さん

日本は日朝国交正常化に向けた努力を続けておくべきでした。ところが、米国の圧力路線に同調してきただけで、気がつくと協議の枠外に置かれています。イニシアチブを発揮している韓国とは対照的です。

朱建栄さん

米朝首脳会談を契機に朝鮮半島の非核化が実現し、休戦協定が平和協定に変わることを中国は支持します。そうなればTHAADの配備も、米兵約2万8千人の韓国駐留の根拠もなくなります。中国は平和協定の先にそうした変化を見通しています。

山本昭宏さん

戦後の「平和」の矛盾を直視する機会にすべきだと思います。「基地国家」でありながら「平和国家」を自任するという、朝鮮戦争が作り出した二重構造を再考する時期に来ています。

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2018年3月 9日 (金)

朝日新聞の原発記事はハテナです

3月8日の朝日新聞朝刊1面の記事は、不思議な記事です。

朝日 3月8日 未稼働原発に5年で5兆円超支出 費用は主に電気料金

5年で5兆円支出なんて言っているが、その内容は、私のこのブログで指摘した原子力発電のコスト構造のことと何ら変わりない。私は、日本の原子力発電は稼働していても、休止していても発生するコストは年間1兆4千億円で基本的に不変であると述べた。

そして、このコストとは現金支出に限定されず、廃炉費用、核燃料再処理費用、廃棄物処理費用等を含むのである。将来の予測を含んでおり、不確実なことが多いので、絵に描いた餅とも言える。核燃料サイクルという訳の分からない夢物語に基づいてのコスト計算なんて意味があるのかと思う。

記事には「費用は主に電気料金で賄われている。」とある。また、「電力各社は、再稼働すれば採算が取れると支出を続ける」ともある。しかし、現金を伴わない支出がほとんどであり、粉飾決算を行わず、正しく財務諸表を作成すると、このような計算になるというのが実態である。

朝日新聞も記事にするなら、本質を突いた記事を書く事を目指すべきと思う。

やはり原子力発電の本質は恐ろしいのである。即ち、発電を停止していても、休止していても、廃炉としても、コストは継続して発生するし、安全な管理が廃炉の後も必要である。日本の電気料金には将来に亘って原子力による発電がなくても、その安全確保のための費用と共に、その維持のための費用がかかるのである。それは、原子力発電という設備を保有したが故の変える事のできない運命とも言える。

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2018年2月 8日 (木)

産経新聞が「おわびと削除」の記事掲載

このブログで書いた産経対沖縄地元メディアの対決ですが、産経が次の記事を掲載した。

産経 2月8日 沖縄米兵の救出報道 おわびと削除

沖縄県沖縄市で発生した車6台の多重事故をめぐる取材の結果、産経の記者は、米海兵隊員が救助活動をしたと聞いた。しかし、事実関係の確認をしなかった。事実は、米海兵隊員が事故現場で車道にいたところを後続の車にひかれた。何をしていたかはわからない。横転した車両に乗っていた日本人男性は、弁護士を通じ「米軍関係者に救助された記憶はない」と述べている。

米軍軍人の救助活動を報道しないと沖縄の新聞を非難したというのは、誤報道を通り越している

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2018年1月31日 (水)

沖縄県の名護市長選のゆくえ

2月4日投開票の沖縄県名護市長選のゆくえは、どうなるのだろうかと思う。

一つは、1月26日のブログ(ここ)で書いた『それで何人死んだんだ』という国会ヤジの影響である。

名護市とは、辺野古がある市です。建設を開始している新基地があり、地元住民にとっては、『それで何人死んだんだ』なんて言われたら、バカらしくて、そんな議員がいる政党が応援している候補になんて投票するものかと思わせるだろう。

次のニュースは産経対沖縄地元メディアの対決なのですが、沖縄の人や名護市の有権者は、どう思っているのかなというところです。

産経 2017年12月9日 【沖縄2紙が報じないニュース】 危険顧みず日本人救出し意識不明の米海兵隊員 元米軍属判決の陰で勇敢な行動スルー

琉球新報 2018年1月30日 産経報道「米兵が救助」米軍が否定 昨年12月沖縄自動車道多重事故

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2018年1月17日 (水)

誤報の許される範囲

NHKが「北朝鮮ミサイル発射の模様」という誤報をNET等で流してしまったのだが、このような誤報はどの程度許されるのかと思った。

日経 1月16日 NHKが「北朝鮮ミサイル発射の模様」と誤報

先ずは、あってはならない重大な誤報である。最も、北朝鮮がミサイルの発射実験をしばしばしており、全て海上への落下であったので、この誤報に接した人も、「また実験をしたのか」と思い、特別な危機感を持たなかった人もいると思う。

5分後の19:00に「速報は誤りでした」と流しているので、仕方のないNHKだなと思って、笑ってすます人もいると思う。

今回のことについては、次のようなことを考える。

1) NHKの信頼性低下

NHKの信頼性低下については、どうしようもないと思う。

2) 取り消しに要した5分は許容範囲?

私は5分は長すぎると思う。NHKの信頼性低下と関連するが、報道について、常に内部の監視者がチェックをする体制を採っているべきである。万一誤報を流したなら、それを正す。誤操作により流してしまったようだが、システム上どの端末から誰が操作したのかが、モニターできていなければならない。監視者は、直ちに端末操作者に問い合わせ、訂正すべきであった。この基本部分が構築されていないと考えてしまう。

Jアラートの端末なんて多くの人は持っていない。それどころか、端末が設置されている地方自治体の担当者だって、端末に表示されていないが、端末が故障でNHKの報道が正しいと判断してしまう人もいたのではと思う。

米ハワイでも、避難を呼び掛けるメッセージの誤発信が13日にあったが、現代においては信頼性とは、そもそも、このような程度に考えておくべきなのだろうか?

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2017年11月 9日 (木)

ずれてる朝日の社説 無電柱化

本日(11月9日)の朝日新聞の社説は、電力関係であるが、重要な点をはずして書いており、誤解を広める論説になっている。いや、論説ではなく、情緒表現の文学の文章である。

朝日新聞社説 11月9日 無電柱化 技術革新で加速させよ

朝日新聞社説 11月9日 再エネの普及 送電線の「空き」活用を

無電柱化は景観面では美しい。無電柱化といった場合、電力線のみならず電話やケーブルTV、光ファイバー線等も考えねばならない。メンテナンスが無くなるわけではない。2016年10月12日に埼玉県新座市で東京電力の地下送電ケーブルに火災があり大停電が発生した。地下に直接埋設することもあるが、道路工事の重機が誤って埋設してある電線を切断ということもあり得る。

朝日の社説は、技術革新で地中化が促進され事故が減少するというようなノーテンキな発想である。費用にしても、一般配電事業者が負担するとすると、日本の電気料金がその分高くなる。税金から支出すれば、どの支出を減らして捻出するかとなる。市場メカニズムで合理的な整備がなされていく仕組みにはない。このようなインフラ設備拡充は、投資金額や投資から得られる便益と不利益・犠牲について公平は合理的・科学的研究を実施し、その研究が公表され、ステーキホルダーが納得して賛成できる案を作り上げた上で実施すべきである。過大・過剰な設備は、将来の子孫に負債を残すこととなる。

朝日の社説は、架空線の場合の災害現場でたれ下がった電線の感電事故や、火災のおそれを言うが、本当にそのような事故があったのかと問いたい。災害により、そのような事態発生の懸念があれば、配電事業者は安全のために通電を停止する。地下埋設であっても全く同じである。むしろ、地下埋設の方が、安全確認に手間を要することもあり得る。

2番目の朝日の社説の送電線の空きであるが、根拠は京都大学の研究グループによる分析となっている。どのような分析がされたのか、この論文を探そうとしたが私は発見できなかった。青森と秋田、岩手、山形4県の基幹送電線についてと朝日は言っており、基幹送電線となると東北電力のこの資料のデータに該当するはずであり、275kV送電線では新仙台火力A線を除き空き容量は小さい又はゼロである。送電線は実際の送電電力量が10%であっても安全と安定の確保を目的として空き容量が小さかったりゼロであったりすることもあり得る。

朝日の社説は再生可能エネルギーの利用拡大について、意図的に参入障壁を作り締め出そうとしているとの論調である。この論調を推し進めるなら、その論拠である京都大学の研究グループによる分析を公表すべきである。

大新聞の社説がヘイト・スピーチと同レベルであって良いのかと思った次第です。

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2017年10月24日 (火)

この朝日の論説は、すごく変だ

次の朝日新聞の論説です。

朝日 10月24日 (座標軸)「法の支配」立て直せるか 論説主幹・根本清樹

『「法の支配」がない』というタイトルには、大きな違和感を抱いた。日本には法支配がない、無秩序の戦乱状態であるのかと問いかけざるを得ない。

首相の言動や権力行使に関する問題点を指摘しているのであるが、不適切な部分はあるが、法の範囲内での権力行使であると私は考える。本当に、法に違反しているなら、法に従い裁判を提起すべきと考える。或いは、法が不十分であるなら、法改正についての論争をすべきである。

衆院選での某党(複数)の公約に「雇用・教育・福祉の充実」というのがあった。誰もが望む事である。重要なのは標語ではなく、それを実現するための具体的な手段である。選択肢を示し、その中から国民との対話を経て最良な案を追求していくと述べても良い。しかるに、ターゲットのみを述べて、策は知らないと言う。無責任です。

ところが、今回の朝日の『「法の支配」がない』というような表現は、それ以下であり、情けないと思う。

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2017年5月30日 (火)

この大機小機(日経)も間違っている

次の5月3日の日経大機小機です。

日経 5月30日 大機小機 監査に求められる覚悟

監査とは、株主のため、債権者のため、その他会社の利害関係者のために、会社が作成した財務諸表が信頼しうる情報を適正に表示しているかを意見表明するものである。

東芝について言えば、信頼できるなら、既に監査人が監査報告書を出している。それなのに、監査人を批判するとは、お門違いであり、程度の悪い批判である。

こんな経営者が社会にいるようでは、発展は望めない。

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2017年4月30日 (日)

新聞記事で再生可能エネルギーへの提言はこの程度(朝日)

次の朝日の記事を読んで、根拠を明白にせずに単に羅列しているだけの記事と思ったのです。(有料記事で全文を読むには登録が必要)

朝日 4月30日 (電力を問う「改革」の行方:5)変わる電源構成 再エネ、送電網がネック

タイトルからすれば、日本の送電網の分析・検討を行い、現状の課題をあげ、その解決策の提言をしているのかと思う。しかし、記事には、そんな記述は全くない。これが新聞記事なのだと感心した。

有料記事部分の最期に次の記述があるだけである。

「いま大事なのは、送電網の充実などにより再エネを基幹電源に育てていくことだ。」

念仏を唱えれば、何でも実現すると考えるのは、現代社会では宗教の世界の事であり、我々の社会生活に持ち込んではならない。フェイクニュースと朝日新聞は同レベルと扱われますよと警告をしたい。

これも有料記事部分であるが、「日本でもようやく成長を始めた再エネだが水力をのぞくとまだ5%ほど。」

朝日の記者は調べることすらせずに、デタラメを書く。実際は、私の3月26日のブログの次の表の通り、7.6%~10.2%である。私は、資源エネルギー庁の統計データから作成したのが以下の表であり、これが正しい。

Electricitysupply20173c_2

瞬間的ではあるが、3月26日のブログで引用したWWFジャパンの発表の通り九州電力で78%が再生可能エネルギーによる発電の実績がある。但し、全発電量に対する割合が78%であったのではなく、揚水動力で消費した電力を除外している。しかし、揚水動力除外が不合理なわけではない。揚水発電とは大型蓄電池と同じである。必要量以上に発電された電気を蓄電することにより安定的な電力供給を確保される。

では、送電網の充実により再生可能エネルギー割合を増加させる事ができるかと言えば、答えはイエスである。しかし、どの程度とか、どの部分にどのような拡充が望まれるかは、技術的な検討および金銭的な検討をする必要がある。バカ新聞記者には無理である。無理でよい。その代わり、真実を謙虚に書いて欲しいのである。

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2017年3月26日 (日)

忖度のススメ

忖度(そんたく)という言葉が、本来の意味から転化して変な意味で使われてマスコミを賑わせている。

例えば3月25日の日経記事の次の安倍首相の発言である。

忖度(そんたく)していないことは明らかだ

安倍首相夫人昭恵氏は、森友学園や籠池氏に便宜供与や利益供与をしていないことは明白であるとの意味で使っている。

忖度を辞書で引くと、「他人の心をおしはかること」とある。

福沢諭吉が書いた「学問の独立」という文書がある。青空文庫ではここにあり、この中で忖度という言葉については次のように使っている。

・・・その原因とは何ぞや。学生にして学問社会に身を寄すべきの地位なきもの、すなわちこれなり。その実例はこれを他に求むるを

須たず、あるいは論者の中にもその身を寄する地位を失わざらんがために説を左し、また、その地位を得たるがために主義を右したることもあらん。これを得て右したる者は、これを失えば、また左すべし。何ぞ現在の左右を論ずるに足らんや。自身にしてかくの如し。他人もまたかくの如くなるべし。伐柯其則不遠、自心をもって他人を忖度すべし。

最期の漢文部分の「伐柯其則不遠」は「えをきるそののりとおからず」と読むのであるが、枝を切るにあたり、その方法は遠い道のりではない(簡単である。)との意味であり、この後に、「自心をもって他人を忖度すべし。」となり、自分の心を理解する事により他人の心も理解できるのであるとの意味に私は捉える。

忖度とは悪い事ではない。良い事である。政治家初めあらゆる者は、忖度をして真に社会が求めるものをつくっていかねばならない。賄賂とは無関係の言葉を歪めて使うのは好きではない。

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