2016年11月10日 (木)

心臓移植詐欺ですか

オレオレ詐欺とか振り込め詐欺とかありますが、心臓移植詐欺もあるようです。

ハフィントンポスト 11月10日 心臓移植受ける男児「救う会」はウソだった。 「怒り心頭」と心臓病患者

産経新聞や読売新聞などでも報道されたとあり、詐欺が判明した後の産経新聞と読売新聞の記事は次の通りです。

産経 11月9日 「心臓手術のため募金」は伯母の虚偽発表

読売 11月10日 「小1移植で募金」虚偽会見…本紙確認せず誤報

詐欺の片棒を担ぐ新聞社がいた。言い過ぎなのでしょうか?ハフィントンポストの記事に「報道を知った知人が両親に連絡をし、虚偽の発表だったことがわかった」とか「男児は健康で学校にも通っている」ともある。振り込め詐欺の電話がかかったら、その本人に直接確認をとるのが、振り込め詐欺退治の基本中の基本だと思う。

そんな基本中の基本動作をせずに新聞記者とは記事を書く。新聞とは、文屋とは、デタラメなお仕事をされているように思います。

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2016年3月18日 (金)

スティグリッツ教授が述べたこと

3月16日のブログで「スティグリッツ教授の消費税率10%見送り提言は誤報か?」を書きました。

日経のネット映像版にスティグリッツ教授との日経西村氏によるインタビューが掲載されていました。

ここをクリック下さい。

日経のタイトルは『スティグリッツ氏「消費増税の時ではない」』となっているのですが、スティグリッツ教授が日経とのインタビューにおいて述べたことは、単にそのようなことだけではなく、消費税を炭素税と比較して、消費税は消費減少を引き起こし、炭素税は環境保全につながえるとも述べておられます。

消費税に関しては、日本経済がインフレ率2%より低く、賃金上昇がなく、しかも2016年も世界経済が相当悪いと予想される中、消費税率を上げる時期ではないと述べておられ、税政策は問題解決(日経の字幕では社会問題解決となっています。英語では、”in direction you worried about”)を目的とすべきであると述べておられる。

質問に答えて、日銀マイナス金利について、日本は慎重に実施したが、悪影響があることも認識すべきである。銀行のバランスシートに対する影響のみならず、消費を控えさせる心理的影響もある。

人の話の特定の部分のみを取り出して、その人が全体で表現したかったことを伝えないのは、良くないことと考えます。

なお、スティグリッツ教授は2001年にノーベル経済学賞を受賞されたのですが、その関係もあってか、日本語でも出版があり、関連する新書もあります。興味がある人は、読んでみて下さい。(その他、検索すれば多くあります。)

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2016年3月16日 (水)

スティグリッツ教授の消費税率10%見送り提言は誤報か?

ノーベル経済学賞の受賞者ジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授は、16日午前の首相官邸での第1回国際金融経済分析会合で、来年4月の消費税率10%への引き上げを見送るよう提言したとマスコミ報道がありました。例えば、次の日経記事です。

日経 3月16日 スティグリッツ氏「消費増税すべきでない」 国際経済分析会合

本日、国連大学で『宇沢弘文教授メモリアル・シンポジウム「人間と地球のための経済 ― 経済学は救いとなるか?」』という宇沢弘文教授メモリアル・シンポジウムがあった。スティグリッツ教授は宇沢弘文教授がシカゴ大学で教えておられた時に、研究をされていた。宇沢弘文教授は2014年になくなられており、メモリアル・シンポジウムとして、松下和夫京都大学名誉教授と宇沢弘文氏御長男の宇沢達名古屋大学教授が、スティグリッツ教授を招くことで計画され実施されたシンポジウムであった。このシンポジウムに私も出席した。

本日のメモリアル・シンポジウムは、宇沢教授のあいさつ、ジョセフ・スティグリッツ教授の基調講演、松下和夫教授の講演とパネルディスカッションであったのだが、このパネルディスカッションを終える際に松下和夫教授が述べられたことが、次であった。

来年4月の消費税率10%への引き上げを見送るよう提言したとの報道がありますが、ジョセフ・スティグリッツ教授と話をすると、そのようなことは述べておられない。話をされたのは、炭素税を実施することと法人税率引き下げではなく研究開発費減税を推進することとお聞きしました。

ジョセフ・スティグリッツ教授は、成長戦略よりも持続可能社会を目指すべきとのお考えであり、本日の報道は私にとっても理解に苦しむものであります。首相官邸の本日のWeb国際金融経済分析会合を見てもジョセフ・スティグリッツ教授との意見交換としか触れられていない。冒頭の日経記事を読むと『菅義偉官房長官は16日午前の記者会見で「スティグリッツ氏から税制について、総需要を喚起するものではないとの観点から、消費税引き上げはいまのタイミングではないとの趣旨の発言があった」と説明した。』と書かれており、述べたのは官房長官であったのかも知れない。首相官邸の官房長官記者会見には、今のところ「冒頭発言なし」とのみあるだけ。

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2015年12月17日 (木)

南三陸病院の完成(台湾赤十字義援金)

東日本大震災の津波で被災した宮城県南三陸町の公立病院が同町志津川東地区の高台に再建されて、12月14日に開業したとのニュースがありました。新しい病院は「南三陸病院・総合ケアセンター南三陸」という名称で、内科、外科など10の診療科が入り、病床90床を備え、ケアセンターには保健センターや地域包括支援センターも入るとのこと。津波で壊滅した宮城、岩手両県の6つの公立病院のうち、本格復旧したのは初めてとのことです。

この南三陸病院ですが、総工費約55億円(報道により多少の差があります。)のうち22億円は中華民国紅十字会総会(台湾赤十字)からの寄附金(義援金)です。ハフィンポストの記事を参照下さい。また、このWebに、病院敷地内におかれた感謝石碑の写真があります。

ハフィンポスト 12月15日 津波に浸かった南三陸町の公立病院、台湾の義援金22億円で復活

赤十字からの義援金ということは、そのお金を義援金として拠出された台湾・中華民国の人たちがおられることを意味します。外国のことなのに温かい心で応援された方々に感謝したいと思います。Twitterやブログ等では、この義援金ことについての報道が少ないことに不満を述べておられる方が多いようです。NHKは、全く触れなかった。読売は大半が国費とか報道した。(この読売の記事は、既にWebから消えているようです。)

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2015年8月17日 (月)

Stop Shortとは?

安倍首相の戦後70年談話に関するWashington PostとWall Street Journalの記事表題にある”Stop Short”を直前の私のブログでは「ほんの少し立ち止まる。」という意味でしょうか?と、書いたのですが、「ほんの少ししか立ち止まらなかった。」即ち「談話の文章中で、ほんの少ししか言葉を割かなかった。」との意味に解釈するのが妥当であると考えます。

Washington Postでは”stops short of WWII apology”、でありWall Street Journalでは”Stops Short of Direct Apology Over World War II”と書いてあり、「第2次大戦に関するお詫びについてはほとんど触れなかった。」との意味に解釈するのが適切であると考えます。

Shortという意味は「短い」であるが、「不足」との意味でも多く使われ、短ければ足りないのは当たり前でもあります。足りないことをShort(短い)として表現するのであり、Shortageなんて考えればごく普通の表現です。

昨日のブログ内に英文解釈で不足があったことをお詫び申し上げます。

蛇足ですが、Washington PostもWall Street Journalも、私が理解不能と書いた。「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」英文”We must not let our children, grandchildren, and even further generations to come, who have nothing to do with that war, be predestined to apologize”についての言及はあります。

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2015年5月27日 (水)

マスコミ誤報道

次のニュースがありました。

47共同ニュース 5月27日 週刊文春巻頭ページに謝罪命令 名誉毀損訴訟で東京地裁

どのような内容の記事であったか知らないのですが、『文芸春秋は「不当な判決だ」と即日控訴した。』とあり、まだ見守る必要があるのかも知れません。

次の報道については、朝日新聞が訂正・おわび記事を掲載しており、誤報道と断定できる。

朝日 4月17日 社会福祉法人「ひまわりの会」の記事を訂正し、おわびします 

この朝日の謝罪原因となっている誤報道も、朝日は上の謝罪文とともにこの記事でWebに掲載しており「当時配信した記事は以下の通りです。」と書いてある下の部分が謝罪対象の記事原文です。

元の謝罪対象記事と謝罪文を同時に読むことができ、なぜ誤報道が生じたのか考えることができます。マスコミ報道には何らかのバイアスがあり、かつ記者の意図や能力、報道機関の姿勢等様々なことが関係していると思う。それと常々思うことは、マスコミ報道は読者の注意を引くべく例外を大きく報道する傾向があり、真実の姿をわかりにくくしていることは多いと思う。重要なこととして、マスコミ報道をそのまま鵜呑みにして自らの思考を失ってしまうことは危険であることを常に認識していることと考える。

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2015年4月15日 (水)

医療に関するマスコミ報道

医療関係のことを続けて書きます。

東京女子医大と群馬大の付属病院の特定機能病院の承認が取り消される見通しとなったとの報道がある。

朝日 4月15日 東京女子医大と群馬大、特定機能病院取り消しへ 厚労省

安全管理体制が不十分であったとの判断のようです。誤解をしてはいけないのは、鎮静剤のプロポフォールの使用は正しくなかったと理解することです。薬の添付文書を読むと、副作用や危険性のことが、メーカのプロテクションのためでもあるのかも知れないですが、どの薬にも沢山書かれています。薬とは、効果と副作用が同時に存在し、その出方は個人差が大きいのです。幼児に対してプロポフォールに代わる鎮静剤としては何が有効で安全なのかを考えなくてはなりません。実は、幼児に対しては安全な鎮静剤など存在しないとも聞きます。

腹腔鏡については直前のこのブログで書いたとおりです。腹腔鏡手術は危険だと考えるべきではないのです。

もう一つ、神戸国際フロンティアメディカルセンターにおける生体肝移植手術による8例中4人の手術後1月以内の死亡という報道があります。

朝日 4月15日 生体肝移植で4人死亡、病院「医療ミスではない」 神戸

次の読売新聞の報道によると、日本人2人、インドネシア人2人で、4人のうち2人は15歳未満だったとのことです。

読売 4月14日 生体肝移植、患者7人中4人死亡…神戸の新病院

読売の記事には、4人は胆道閉鎖症であったとも書かれています。ここに日本小児外科学会の胆道閉鎖症に関する説明があります。その中に「手術後も黄疸がなくならない場合や黄疸がなくなっても肝臓が徐々に硬くなるような場合には,やがて肝硬変となり,さらに 肝不全 に進みます.このような場合は腹水が溜ったり,栄養状態が悪くなって成長できなくなったりしますので,残念ながら現段階では肝臓移植以外には治療の方法がありません」との説明もあります。果たして、神戸国際フロンティアメディカルセンターの4人の胆道閉鎖症が、どの程度の病状であったか、報道はないのですが、重大な症状であり、肝移植以外に選択の余地もなく、リスクも承知の上での手術であったかも知れないのです。

マスコミは時として医療パッシングに走ります。本当に真実を突いて批判しているなら良いのですが、そうではなく、スクープ合戦の結果のマスゴミ報道が多い気がしてならないのです。最先端医療とはリスクとのおつきあいである面があります。マスコミ報道が正確さにおいて十分ではない場合、医療者・病院はリスクを取らずに、安易な治療を選択する方向に向かってしまいます。そうなると医療の発展は望めません。豊かな社会を目指していくべきと思います。医療もたくさんの選択の余地がある。しかし、残念ながらパーフェクトはありません。どれも、なにがしかのリスクが存在する。昔だったら、万病に効く「がまの油」がありました。もう少し最近は、この病気にはこれと治療方法も固定されていたように思います。選択の幅が広がることは、同時リスクも広がる可能性はあるものの、良いことだと私は思っています。

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2015年4月 8日 (水)

朝日新聞偏りすぎだと思います-再生可能エネルギー

朝日新聞は4月8日の朝刊で次の記事を掲載していた。

朝日 4月8日 経済優先の電源構成 2030年、原発20%前後・再生エネ20%台前半

経済優先でどこが悪いとも言いたくなるのですが、あえて言えば、産業界の団体である経団連等の主張を組み入れすぎであると言いたいのでしょうか。経済とは全ての人が豊かになるようにするには、どうするかを考えることであり、電気料金は安いことは悪いことではない。電気を消費する国民にとっても、また電気を使って製造される物品や電気を使用するサービス業も価格を下げて提供できるのであり、何も悪くない。発電時に温室効果ガス排出がない再生可能エネルギーは、コストが高くても最終的には地球環境に貢献し、地球環境対策費を削減できるから良いのだと言うのでしょうか。意味が分かりにくい記事である。

経済優先と使っていることから、再生可能エネルギーが高コストであることを認めていると考えるが、そうならば、どこで折れ合うのが最良であるかを多面的に検討・議論すべきである。3月19日に電気料金に併せて支払う再生可能エネルギー賦課金の単価が1kWhあたり1.58円となり2.1倍の値上げになると3月19日にこのブログで書いた私としては、抽象的な議論ではなく、金額を示して、議論すべきと主張します。1kWhあたり1.58円とは電気代として支払う金額の5%以上が再生可能エネルギー賦課金となる。工場等では、従量料金の10%近くが再生可能エネルギー賦課金となる。そしてこの賦課金は今後とも高くなる。どこまでの金額なら再生可能エネルギー発電の支援金として国民は負担すべきかは重要な事項であり国民的な議論が必要である。例えば、一定額以上は全電力消費者とし、それ以上はボランティアで再生可能エネルギー発電推進者が払う方法もある。

朝日の記事には再生可能エネルギーと原発を比較した表があるが、再生可能エネルギーと原は同じ土俵で比べることができないのであり、誤解が生じるだけである。記事中で『環境相は「再生可能エネルギーを最大限伸ばす方向にがんばっていきたい」と意欲を示し、両省の考え方には隔たりがある。』としているが、再生可能エネルギーを最大限伸ばすのは誰もが賛成することと思う。そのために、どこまで支援金を払えるかがポイントである。焦点がはずれたマヌケ記事である。

間違っている点は多いのであるが、「送電網の受け入れ容量を超える太陽光を入れると、火力の発電量を減らして調整しなければならず」と言うのは、文章としてはあり得ても現象としては無茶苦茶である。送電網の容量を越えて送電すれば、事故が発生する。現実には事故防止のために安全装置が働くし、そのような送電を送電網監視・管理者は危険であるため行わない。フランスで自ら落っこちたドイツ機のようなことはしない。通常は、太陽光と風力の出力変動を火力で調整している。しかし、燃料が節約できることであり、それ故に再生可能エネルギーを推進するのである。論理的に間違ったことを書かずに、すこしでも自ら勉強し調査して記事は書くべきである。

なお、再生可能エネルギー発電を利用する場合(特に太陽光と風力)は、出力変動対策に多くの投資が必要であり、そのような投資も考えて検討すべきであることを付け加える。身近な例をあげると、家庭の屋根ソーラーにしても同じ変圧器を利用している家庭が全て設置した場合は、変圧器の容量が不足するはずで、大型変圧器に変更する必要がある。

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2015年3月25日 (水)

朝日新聞の問題ある記事表題

福島第一原発の事故当時の吉田所長の調書に関する記事は、関心を引くことを目的として不適切な表題とした問題ある朝日新聞と思っているが、3月24日の「(国策の果て 岐路の原発:1)信じた発展、福島の悲しみ」と題したこの記事もタイトルが酷いと思う。

原発事故から4年を経過するにも拘わらず、原発に近い地域に住んでおられた方々は、今も大変であり哀しいことであると報道が伝えることは、重要なことと考える。

しかし、わざわざ「国策の果て」という修飾語を表題の冒頭に持ってくる感覚に朝日新聞の人達の自分たちの新聞が売れ、自分たちに金が入ればよいとするような浅はかな知能にあきれかえるのである。

原発の推進政策は間違っていると述べるなら、それで悪くない。こんな悲惨な状況を生み出すリスクを考えるなら原発は廃止すべきであると、その論を新聞に述べればよい。どう考えたって、この記事の「国策の果て」の前には「間違った」と言う修飾語が入る。何が間違っていたのか、その反省すべき点とそれを踏まえた今後に向けての政策を論じるべきである。さもなければ、「国策の果て」は単にお涙ちょうだいの意味で書いた浅はかな記事である。

もう一点は、国策なる言葉であり、日本国の政策である(この場合はエネルギー政策)。国の政策は、国民が作るのである。国民不在で時の権力者が自分の都合や利益のために作った政策を国策と言えるか疑問に思う。マスコミだって政策作りに影響を及ぼしている。一方、朝日の記事の文章から引用すると「福島県知事の佐藤善一郎は双葉郡への原発誘致を表明」とある。福島県民の意見や意志はどうであったのだろうか。国策という言葉を朝日は軽々しく使っているが、国の政策とは、竹を割ったような単純なものではない。今現在の日本の原子力政策についても、様々な意見があり、私は一本に纏まってはいないと考えている。政府の政策イコール国策ではないし、まして安倍総理が述べる原発に関する方針は、単なる総理談話であり国策ではない。

政治家やマスコミの言葉には嘘が多いと思うが、こと国策なんて言葉を使っている時は、本当に大嘘をついている時である。

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2015年3月 7日 (土)

少年法改正に反対する

日経Web版に「少年法の見直し、どう思う?(クイックVote)」(ここ)というページがあった。そのアンケート結果の途中経過をクリックすると、非常に多くの人が厳罰化や対象年齢を引き下げを望んでいると回答をされていた。

ある程度の人は、衝撃的な川崎中1殺人事件の直後なので、そのような回答をされるとは思っていた。日経アンケートの最初の質問が、「少年法の内容を知っていますか」となっているが、誘導尋問であり、名前を知っているだけでも、自尊心から「知っている」に答えることになると考える。

少年法について整理をすると、次のようになる。

項目 回答
少年法の目的 少年の健全な育成と非行のある少年に対しての矯正と保護処分ならびに少年の刑事事件について特別の措置を講ずること
20歳以上との刑罰差 1)少年でも18歳以上は20歳以上と同じ。最高死刑。
2)14-17歳は、最大20年懲役又は禁錮。
3)13歳以下は、刑事罰の適用なし。(刑法第41条)
最近の少年法改正 2014年4月18日公布の少年法一部改正
(参考:
日経 2014年4月11日 改正少年法が成立 有期刑上限20年、検察立ち会い拡大

18歳に選挙権を与える法改正が成立すると見込まれるが、選挙権と少年法の適用を混同してはならない。仮に少年法の適用を18歳未満とした場合、刑事罰の適用については、現在と全く変わらない。影響を受けるのは、18・19歳で、家庭裁判所を始め現行で保護を受けれられ、矯正や保護処分の機会を受けれる少年の権利が奪われることである。(13歳以下にも矯正や保護処分はあり得る。)

3月5日のブログで書いたが、少年事件とは大人社会の歪みが生み出した結果と言える面があり、大人社会にこそ問題が存在する可能性もある。大人社会を正すべきが、問題児を罰することで解決したと誤解することは、あってはならない。

少年法を1年も立たないうちに改正して、厳罰化して行くのは、きちがいと思える。様子を見るべきである。人間社会とは、そんな単純ではない。

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