2018年10月19日 (金)

朝日新聞は社説でも太陽光発電に変なことを言い出した

次の社説です。

10月17日 (社説)太陽光の停止 電力捨てない工夫を

捨てるという表現が、まずは変なのですが。太陽から地球に届くエネルギーには、何の変化も起こっておらず、太陽光発電パネルの発電量を抑制しているだけである。どのような設備でも、このようなことはある。時速150kmで走れる性能がある車を50km/hで走ることは、悪いことなのでしょうか?人間の生活や幸福を優先し、設備や機器については、安全性も考慮し、人間を最も幸福にする使い方をすべきです。こんな社説を書く馬鹿がいるのには、驚きです。

その意味では、原子力発電も同様であり、常に見直しも必要である。安全性のお墨付きを得たから、運転するというのは馬鹿である。安全性は、運転するための最低必要なことであり、運転するかどうかは、人間社会としての判断が加わるのである。九州電力の場合で言えば、10月14日の電力供給は下図であった。昼間必要な発電量7,000MW強のうち、再生可能エネルギーが5,420MWで原子力が4,300MWの発電をしたのだから、揚水動力として利用することと他地域へ送電することとなる。これで、どうかと言われても、すべてが分かっているわけではなく、返答に困るが、九州地方でこれ以上多くの(4,300MW以上)原発は運転できないと思う。

Kyushu201810a

朝日の社説に「この時間帯の電気料金を安くすれば、利用を誘導できる。」という表現がある。電力は電力取引所で取引されている。10月14日の九州地方の電力取引所価格のグラフが次である。

Kyushu201810b

太陽光発電により電力供給がなされている時間帯は1kWhあたり5円だったのである。確かに、これは卸市場の話であり、小売市場での価格ではない。言えることは、朝日の社説は間違いであること。時間帯により電力価格は変動している。卸売市場の価格と連動して小売り供給する会社があれば、送配電費用は別途必要だが、そのようなことは可能である。

最後に、太陽光発電の現状を述べておきたい。20年間の固定価格による再生可能エネルギーによる発電電力の売電は可能である。しかし、固定価格とは言っても、入札制度で価格は決まる。2018年8月に太陽光発電についての第2回目の入札があったが、供給価格上限の1kWhあたり15.50円円を下回る落札社はなかったのである。(参考:この発表

この新聞社だけかどうか知りませんが、何も調査せずに、新聞社説って書くんですね。

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2018年10月15日 (月)

九州電力再生可能エネルギー出力制御についての朝日の記事の違和感は会社の体質?

記事のタイトルからして驚きました。(有料記事ですが、登録で1日1記事読める対象です。)

余る電力、再生エネ岐路 太陽光発電、九電が抑制 「主力」の原発を優先

1) 原発の優先

今更、何をと思うのです。原子力発電は核兵器と同じ核分裂を利用している。人類が手にする物の中で、最も危険な部類に属する。しかも、日本の原発は、出力変動運転をするようには設計されていない。

原発とは、大変なものです。論じるなら、使用済み核燃料管理も含め、きちんと論じて欲しい。なお、使用済み核燃料とは、現在稼働中の原発燃料のみならず、過去に運転していた原発の使用済み核燃料もあることを忘れてはならない。

2) 問題は再生可能エネルギーなのか太陽光発電なのか

朝日の論調は、「原発は動かすのに、再生エネを抑えるのは順序が逆だ」との論理になっている。問題は太陽光発電にあり、再生可能エネルギーにあるのではない。

太陽光発電は日中10時から15時頃に発電量が多くなるが、それ以外の時間帯はあまり発電せず、しかも朝夕を含め夜は発電しない。バッテリーがないと用途が制限される電源である。九州電力は、再生可能エネルギーの接続済み11,600MWのうち8,070MWが太陽光と発表している。

70%が太陽光なんて、異常だと思う。何故、そんな異常事態となっているかは、太陽光の高値固定価格買い取り制度の結果でしかあり得ないはず。再エネ賦課金により日本の電力は一律2.64円高くなっているが、これは他でもない太陽光発電事業者にすべて支払われる。2.64円なんて、安いと思うかも知れないが、10%以上とも言える。不安定な発電をする事業者に高値を払うのは制度としておかしい。太陽光発電事業者にはバッテリー設置を義務つける等して、売買可能な品質の電力にした場合に、一般料金とするのが世の常識と思うのだが。

3) 融通なら効率化と決めつけて良いのか

朝日の記事って、おバカの塊のような記者が書いていると思ってしまう。九州電力は10月14日の予想として需要7,360MWに対して、供給力が12,290MWになるので、揚水発電で2,260MWを揚水動力として使用し、1,960MWを下関方面へ送電するとしている。需要7,360MWに対する再生可能エネルギーによる発電が5,420MWなので、需要に対しては再生可能エネルギーが74%である。出力が不安定な再生可能エネルギーが74%にまでなると、どのようにして需給バランスを保つというか、周波数や電圧安定を確保するかの問題となる。

関門送電線の容量が不足しているか、余っているか、分析しないと何も言えないはず。送電線の容量を大きくすると、それだけ設備費を要するわけで、送電コストが高くなる。マスコミは、余っている送電線容量と報道することもある。実は、このあたり、分析せずに誰かの話をそのまま言っているだけだからたちが悪い。

本庶佑教授、会見で記者の幼稚な質問に一喝 (Togetter)と言うのがあった。今回の朝日の記事も余る電力なんて表現で、どこに電力が余っているのだと常識のある人なら思ってしまう書きぶりであった。

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2018年6月18日 (月)

日経の日本の電力についての意見、ごもっともであるが

日経が次の記事を掲載していた。(無料記事は冒頭のみ)

日経 6月18日 思考停止が招く電力危機、原発「国策民営」の限界 エネルギー 日本の選択(1)

5月16日の経済産業省の審議会において、批判の声は上がったが、結局は、経産省が基本計画案に盛り込んだ「最適な電源構成」の原発比率は2030年に20~22%と、2015年に決めた前回の数値のままである。(日経記事にある5月16日の経済産業省の審議会とは、総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会(第27回会合)と思われ、このページにその時の資料が、又このページの5月16日第27回の部分で議事録等をクリックすればダウンロードできる。)

「官邸の意向をくみ取り、原発を争点にするのは避ける方が賢明という過度な配慮が働いたとの見方もある。」とも記事は指摘しており、それじゃ忖度したの?であるが、政権の中枢そのものも、明確な意見を持っていないのだと思う。持っていないからこそ、議論の先送りなのだろうが。

他の論点は、原発のコスト高と再生可能エネルギーのコスト安の問題である。世界的には、原発のコスト高と再生可能エネルギーのコスト安でほぼ決まっていると思う。だからこそ、世界的には再生可能エネルギーによる発電が大きく伸びている。原発の将来は、核兵器と結びついての発展しかないように思う。

何故、日本の進路と世界の進路が大きく異なってしまったのだろうか?世界が再生可能エネルギー発電の固定料金買取制(FIT)から脱却しようとする時に、日本はFITを導入した。再生可能エネルギーを発展させるのではなく、何でも良いから、再生可能エネルギーは良い事だと、無理矢理制度を導入し、失敗する。電気料金が上昇したのみとなってしまう。日本の発展に必要な事は何であろうか?世界に貢献する技術の発展が重要と考える。日本単独でなくて良い。世界的な連携で技術を発展させるのが現代の姿である。電力需要とは無関係に変動する再生可能エネルギーの発電を蓄電・吸収する技術は、どうか?この辺りは、物理的な技術に留まらず、市場の仕組みやルールを含めた管理や契約のありかたについての技術でもある。世界は今や、理科系・文化系、工学・経済・法とかのような各分野毎ではなく、相互に広く関係している総合的な管理下での競争であり、勝者とはそのような市場で勝ち抜く人と思う。

話が横にそれた感もあるが、日経記事は「早急に思考停止から脱しないと、次世代に大きなツケを残すことになる。」との文末文章で閉めている。さて、誰に向けて発せられた文章なのだろうか?国民全員に向けてと理解するのが、良いように思う。

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2018年6月10日 (日)

米、プルトニウム削減を日本に要求は、朝鮮半島非核化と関係?

米、プルトニウム削減を日本に要求との記事を日経が掲載した。

日経 6月10日 米、プルトニウム削減を日本に要求 核不拡散で懸念

自然界に存在するウラン(天然ウラン)は、238が99.27%で核分裂を起こす235は0.72%であり、残る0.01%弱がウラン234他である。核兵器にしろ平和利用にしろエネルギーを得られるのはウラン235であり、これをある程度以上の割合になるよう濃縮して利用可能となる。ウラン235は238より2.3%程軽いだけで、分離して濃縮するのは大変である。

ウラン以外に核分裂を起こす物質で利用されているのが、プルトニウム239・241である。プルトニウム239は、天然にはほとんど存在しないが、ウラン235が核分裂すると、生まれる。日本の原発の場合は、ウラン235の約3分の1程度がプルトニウムになるようである。すなわち、100万kWの原発を1年間運転した場合、300kg程度のプルトニウムが出てくる様である。但し、このプルトニウムはプルトニウム239・241の割合が60%-70%で原子炉級プルトニウムと呼ばれており、兵器様プルトニウムと呼ばれている93%以上の純度にはなっていないとのこと。高速増殖炉で使う燃料もプルトニウム239・241が77%程度であり、やはり兵器様プルトニウムではない。

使用済み核燃料は、プルトニウム以外に元々95%以上含まれていたウラン238、分裂しなかったウラン235そして核分裂生成物質が含まれており、放射線を放出しているわけで、この中からプルトニウムを抽出し、更にはそのプルトニウム239の純度をあげることの技術的ハードルは高い。しかし、米国が長崎に投下した原爆はプルトニウム爆弾である。70年以上経過した現代に置き換えれば、それほど高いハードルではないのではと思う。

北朝鮮は昨年9月の第6回目の核実験の際に、水爆実験成功と発表している。プルトニウム抽出技術は確立しているだろうと思う。

米朝会談の最大の焦点の一つは、半島の非核化である。その際、日本のプルトニウム保有の制限に米朝間で及ぶ可能性はある。米国が日本の内政に干渉可能かと言えば、ウラン燃料の提供を受け、原発関連の技術の大部分を米国に依存し、米国との様々な協定を締結しておりNPT(核非拡散条約)にも参加している。日本1国でプルトニウム問題を解決する事は不可能である。国際協調で解決すると共に、やはり核兵器のない世界の実現に向けて尽力すべきである。

なお、日本国内にプルトニウム削減に向けた動きがないかと言えば、この2018年1月16日の産経記事のように原子力委員会でも議論されている。

私は、原発を電力供給・エネルギー問題や安全性問題という狭い分野ではなく、使用済み核燃料の処分や核兵器問題を含めた幅広い観点で検討すべきと考える。

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2018年6月 8日 (金)

再生可能エネルギーも環境負荷が低い開発を

再生可能エネルギーによる発電・エネルギー利用は環境負荷が低いことが最大の利点である。しかし、次のようなメッセージに接すると、???と思ってしまう。

日経BP 6月7日 別府市が温泉発電に「待った」、込めた意思

WWF Japan 活動トピック ツキノワグマのすむ森で?徳島県中部で計画される風力発電事業

1) 温泉発電とは、地下からの温水・蒸気で直接タービンを回すのではなく、熱交換機(蒸発器)で熱媒体を熱(気化)し、熱媒体でタービンを回す発電方式を採用する発電を意味する。(参考:この資源ネギー庁の説明)熱媒体には代替フロン、ペンタン、アンモニア水等が使われるようです。熱媒体を使うのは、その気化温度が水よりは低く、噴出する地熱の温泉水や蒸気が70℃-150℃であっても、発電に利用できる圧力が得られ、エネルギーが得られるからです。

温泉発電は、規模も小さく、環境負荷は低いが、無条件によいとは言えず、別府市は2016年5月に「温泉発電等の地域共生を図る条例」を施行しているとの記事です。別府市のWebを見るとこの「温泉発電等を行う事業者の方へ」というページに温泉発電等の導入が自然環境及び生活環境と調和するとともに、市民との共生が図られながら行われるよう、条例を制定したとあります。当然のことと思います。

なお、地熱発電の場合、「環境影響評価法」では環境アセスメントは、出力10,000kW以上の事業は義務であり、7,500~10,000kWの事業は個別判断であります。

2) 風力発電の場合も、地熱発電と同様で環境アセスメントは、出力10,000kW以上の事業が義務であり、7,500~10,000kWの事業が個別判断であります。

こんなゆるい環境基準でよいのかと思います。WWFが述べている徳島県中部の山間地での計画は風車42基、約140,000kWの発電ということで、環境アセスメントは義務であるが、山の上に設置する風力発電は大きな環境破壊です。例えば、風車42基で約140,000kWだと、1基3,333kWとなるが、これだけ大きな風車だと風車の直径は140m程度で高さは地面から170mというように巨大です。山の上まで運搬と建設用の道路が作られ、メンテナンスにもこの道路が使われる。自然破壊そのものと思います。

屋根上に設置する太陽光発電なら環境破壊はほぼ無いと言えるが、大型化した再生可能エネルギー利用設備は恐ろしいです。

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2018年5月25日 (金)

無電柱化 VS 電柱合理化

電線等を地下埋設して無電柱化とする工事が取り組まれている。しかし、その恩恵を受けるのは、国交省が管理する国道と都道府県が管理する都道府県道と繁華街とその周辺になると予想する。 勿論、大規模マンション等で当初から無電柱地域として開発された場所や公園の様な特別な場所はある。

無電柱化は、良いことかと言えば、その建設費は高く、維持費も架空線より高い可能性もあると思う。現在、電力は自由化され、一般送配電事業者が送配電線を維持・管理・運用し、電力供給者は送配電料金を支払い、電力供給を行っている。税金で賄わない部分のコストアップは、この送配電料金に上乗せされ、利用者が負担する事となる。地中化されない地方の住宅、施設、工場が電線地中化の費用を分担する事になるのは不合理に思える。そして現在電柱上にある変圧器を地中化した場合の設置場所問題もある。Wikiを見ると、地中化のデメリット、課題なんてことも書いてある。災害に強いかと言えば、強いかも知れないが、場合によっては、破損・断線箇所が特定しにくくなり、復旧が遅れることもある。

実際には、個別の案件毎の評価で決定すべきと考える。

そこで電柱合理化案であるが、次の写真を見ていただきたい。

Dsc_0070r

どこにでもある道路です。この写真で道路の右側に東京電力の電柱があります。一方、左側ですが、こちらにも少し高さは低いもののNTT東日本の電柱があります。そして、それぞれ光ケーブルが張られ、ケーブルテレビ局の同軸ケーブルや有線放送の通信線が張られている。電柱については、電力会社も通信会社も同じ電柱を共有し、合理的に架空線を張ってもらいたいと思うのである。この写真の場合で言えば、右側の東京電力電柱に集約すれば、左側の電柱は無くなり、スッキリするはず。

上の写真をご覧頂くと、歩道も狭い事が分かる。狭い歩道が電柱のある場所は、更に狭く通り辛い。自転車は、車道を走るべきとのことであるが、危険を避けるのが最重要であり、場合によっては歩道を走る事もやむを得ない。但し、歩道の歩行者には高齢者や子ども、そしてベビーカー。時には、電動車いすも行き交うわけで、電柱が歩道の利用者の交通を阻害している箇所については、優先して電柱合理化を進めて欲しいのである。

電柱合理化の費用は、高額ではないはず。もし、強度が問題なら、高い強度の電柱と取り替えればよいのである。そして、場所によっては、自転車専用道を路側に設ける事も検討して欲しい。電柱合理化は、費用よりは効果の方が大きいことが多いと思うのである。

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2018年3月 9日 (金)

朝日新聞の原発記事はハテナです

3月8日の朝日新聞朝刊1面の記事は、不思議な記事です。

朝日 3月8日 未稼働原発に5年で5兆円超支出 費用は主に電気料金

5年で5兆円支出なんて言っているが、その内容は、私のこのブログで指摘した原子力発電のコスト構造のことと何ら変わりない。私は、日本の原子力発電は稼働していても、休止していても発生するコストは年間1兆4千億円で基本的に不変であると述べた。

そして、このコストとは現金支出に限定されず、廃炉費用、核燃料再処理費用、廃棄物処理費用等を含むのである。将来の予測を含んでおり、不確実なことが多いので、絵に描いた餅とも言える。核燃料サイクルという訳の分からない夢物語に基づいてのコスト計算なんて意味があるのかと思う。

記事には「費用は主に電気料金で賄われている。」とある。また、「電力各社は、再稼働すれば採算が取れると支出を続ける」ともある。しかし、現金を伴わない支出がほとんどであり、粉飾決算を行わず、正しく財務諸表を作成すると、このような計算になるというのが実態である。

朝日新聞も記事にするなら、本質を突いた記事を書く事を目指すべきと思う。

やはり原子力発電の本質は恐ろしいのである。即ち、発電を停止していても、休止していても、廃炉としても、コストは継続して発生するし、安全な管理が廃炉の後も必要である。日本の電気料金には将来に亘って原子力による発電がなくても、その安全確保のための費用と共に、その維持のための費用がかかるのである。それは、原子力発電という設備を保有したが故の変える事のできない運命とも言える。

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2018年1月29日 (月)

送電線利用率・空き容量の評価

次の朝日の記事は正しいのだろうかと思ったのである。

朝日 1月28日 基幹送電線、利用率2割 大手電力10社の平均

この朝日の記事は、東北電力では平均利用率19.4%と低いにも拘わらず、「空き容量ゼロ」送電線が多いと批判している。

正しいのであろうかと、電力広域的推進機関系統情報サービスのデータから、1月26日の東北電力500kV送電線電力潮流のデータをとりグラフを書いてみた。

Tohokupowerflow2018126

東北電力の500kV送電線の容量は9,400-9,700MWである。上のグラフは30分毎の電力潮流なので、平均電力は3,000ならば、6,000MWへと2倍の値になると思うが、常磐幹線以外は、ほとんど電力は流れていない。しかし、これで空きが大量にあると断定することには無理があると考える。点検、修理、保守、事故等のための電力の迂回路は必要であり、停電の発生を抑えるためには、どうしても安全余裕が必要である。事故が事故を呼ぶ事故の連鎖も送電系統には起こりうる。

そして、東北電力の「秋田支店管内の66kV以下の送電線の空容量(これ)」を見ると、66kV以下の送電線の空容量は全てゼロとなっている。

500kV送電線は余裕があるが、66kV以下の送電線は空きがないという事なのだろうかとは思うが。いずれにせよ、具体的な分析を見ないで議論をすると誤った結論に行き着くのであり、電力広域的推進機関が正しく機能していることを期待している。

一方、風力発電の開発に対して、徳島県鳴門市の取組は高く評価したい。読売の2017年7月17日の記事はここにあり、鳴門市の「陸上風力のゾーニング(適地評価)結果について」はここにある。

市の地域を自然環境・社会環境への負担度合に応じて、「原則開発不可とするべき場所(レッドゾーン)」、「極めて慎重な開発検討を要する場所(オレンジゾーン)」、「慎重な開発検討を要する場所(イエローゾーン)」およびゾーニングから外れた環境・社会負担が大きくない地域に分かれている。鳴門市のWebでは10項目にわたる評価書が全て公表されている。鳴門市は、このゾーニング評価を重要見解として位置付け、事業を計画する者に対しも、その評価内容を、尊重して欲しいとしている。無秩序な乱開発は、社会と環境に悪い結果をもたらす。広い視野を持った開発が望まれる。

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2017年11月 9日 (木)

ずれてる朝日の社説 無電柱化

本日(11月9日)の朝日新聞の社説は、電力関係であるが、重要な点をはずして書いており、誤解を広める論説になっている。いや、論説ではなく、情緒表現の文学の文章である。

朝日新聞社説 11月9日 無電柱化 技術革新で加速させよ

朝日新聞社説 11月9日 再エネの普及 送電線の「空き」活用を

無電柱化は景観面では美しい。無電柱化といった場合、電力線のみならず電話やケーブルTV、光ファイバー線等も考えねばならない。メンテナンスが無くなるわけではない。2016年10月12日に埼玉県新座市で東京電力の地下送電ケーブルに火災があり大停電が発生した。地下に直接埋設することもあるが、道路工事の重機が誤って埋設してある電線を切断ということもあり得る。

朝日の社説は、技術革新で地中化が促進され事故が減少するというようなノーテンキな発想である。費用にしても、一般配電事業者が負担するとすると、日本の電気料金がその分高くなる。税金から支出すれば、どの支出を減らして捻出するかとなる。市場メカニズムで合理的な整備がなされていく仕組みにはない。このようなインフラ設備拡充は、投資金額や投資から得られる便益と不利益・犠牲について公平は合理的・科学的研究を実施し、その研究が公表され、ステーキホルダーが納得して賛成できる案を作り上げた上で実施すべきである。過大・過剰な設備は、将来の子孫に負債を残すこととなる。

朝日の社説は、架空線の場合の災害現場でたれ下がった電線の感電事故や、火災のおそれを言うが、本当にそのような事故があったのかと問いたい。災害により、そのような事態発生の懸念があれば、配電事業者は安全のために通電を停止する。地下埋設であっても全く同じである。むしろ、地下埋設の方が、安全確認に手間を要することもあり得る。

2番目の朝日の社説の送電線の空きであるが、根拠は京都大学の研究グループによる分析となっている。どのような分析がされたのか、この論文を探そうとしたが私は発見できなかった。青森と秋田、岩手、山形4県の基幹送電線についてと朝日は言っており、基幹送電線となると東北電力のこの資料のデータに該当するはずであり、275kV送電線では新仙台火力A線を除き空き容量は小さい又はゼロである。送電線は実際の送電電力量が10%であっても安全と安定の確保を目的として空き容量が小さかったりゼロであったりすることもあり得る。

朝日の社説は再生可能エネルギーの利用拡大について、意図的に参入障壁を作り締め出そうとしているとの論調である。この論調を推し進めるなら、その論拠である京都大学の研究グループによる分析を公表すべきである。

大新聞の社説がヘイト・スピーチと同レベルであって良いのかと思った次第です。

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2017年10月11日 (水)

原子力発電の問題は国民の問題

福島地裁で、東電と国による損害賠償を命じる判決があった。

日経 10月10日 原発事故で国に再び賠償命令 福島地裁、2900人対象

国とは、日本政府であるが、財源は税金であり、国民全てが負担する事と変わりはない。

東電が負担するのが望ましいかというと、負担能力がないにも拘わらず、負担をさせても意味がないのである。この判決の賠償金は5億円であるが、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下機構とする。)が、原子力損害賠償・廃炉等支援機構法により、東電に対して拠出した交付金は本年3月末までで7兆円強である。更に、東電株主も50%以上は、機構である。機構からの交付金は返済される事になっており、東電の債務と考えると、東電の純資産額は2017年3月末で2兆3千億円なので、6兆7千億円近い債務超過となる。

このことを考えると、東電の責任だ、国の責任だと、責任論争すらむなしくなる状態である。機構は政府70億円・原子力事業者70億円で設立されているが資金源は交付国債が主体であり、実質政府である。東電は、7兆円を債務として計上しておらず、政府も交付国債を予算には含めていない。主要関係者が、粉飾決算をしているに近い。

本来であれば、東電に賠償責任有りとした「原子力損害の賠償に関する法律」第3条の解釈がおかしいのであり、変な解釈余地を残しているより、改正すべきである。力の強い人間が弱い人間に対して、自分の法律解釈を押しつけた例と思う。「言う事を聞かねば、****するぞ」みたいな。実際、福島事故については、当時東電は反論すれば、非難囂々の状態であった。

冷静になって考えると、原子力事業者に責任を押しつけて、解決にならないことが理解できる。原子力の責任を事業者だからと押しつけるより、危険性、問題点、期待できる便益等を国民参加で議論をして、方向を考えるのが正しい。原子力には、火力や水力にはない特別な危険性や特異点がある。その中には、使用済み核燃料の処理や核兵器製造を含むプルトニウム問題もある。上場会社である一般電気事業者に責任をとらせる仕組みが機能できない分野と考える。

日本の商業用原発は、未稼働発電所を含め、全て上場株式会社(上場会社が株式保有の日本原発を含め)が保有・運転している。全ての原発を、営利事業から切り離し、国民の管理体制に移管するのである。国家管理というと、戦前の悪いイメージがある。むしろ、戦前の国家管理の教訓を生かして、情報開示型・国民参加管理を目指すのである。上場株式会社には、様々な情報開示義務があり、戦前の国家管理より優れている。しかし、利益計上や株主利益の追求と無関係にはなれない。また、将来の国民の利益より当面の利益を考えると、保有している原発は、1日も早く再稼働したいというインセンティブが否応なしに働く面がある。

福島地裁判決を機会に、自分の頭の中にあるこのようなことを書いてみました。

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