いよいよ米国と北朝鮮の外交交渉が開始され、これから事態は進展していくことと思います。
日経 7月17日 6カ国協議、米朝首席代表が協議開始
米国は、核を北朝鮮に放棄させることを目指して交渉するのでしょう。一方、北朝鮮の交渉における武器は核でしょうから、北朝鮮にとって核を放棄するからには、それなりのものを得ないと簡単に妥協できない。背景として、キム・ジョンイルが力がある間に解決したいと米国も思っていると私は思うのです。キム・ジョンイルに力が無くなったとき、解決の方策が困難になるとしたら。核兵器が北朝鮮からテロリストに渡るリスクは、どうか?そのリスクを考えた場合、何としても米国は交渉を纏め上げたい。纏め上げる方向に持って行きたい。最終的には、核保有を限定的に認めることもあり得るのではないか。そんな密約もあり得るのではないかと私は思ってしまいます。
密約という言葉で思い浮かべるのは、やはり「西山事件」と呼ばれている事件です。この事件をふりかえって少し書いてみます。
1) 事件の概要
事件そのものについては、Webで検索をすれば、沢山でてきます。しかし、これだけは読んでくださいというのが、北海道新聞の2006年2月8日の往住嘉文氏の次の記事です。
北海道新聞 2006年2月8日 1971年 沖縄返還協定 「米との密約あった」 佐藤首相判断で400万ドル肩代わり 外務省元局長が認める
私が解説するのも変な話かも知れませんが、なぜ有名になったのかは、1972年(昭和47年)3月27日の衆議院予算委員会で当時社会党(現在民主党)の横路孝弘氏が、1971年5月28日付の愛知外務大臣から在米国牛場大使宛の電信原稿を取り上げて、政府による密約の追求を行ったからです。
この1972年(昭和47年)3月27日の衆議院予算委員会の議事録はここにあります。横路孝弘氏の追求は、議事録の一番最後の散会直前の部分にあります。当時の内閣の顔ぶれをみるととてもおもしろいですね。よく言えば、日本を背負ってたった人たちで、悪く言えば権力の追求者がそろっています。佐藤榮作首相、福田赳夫外務大臣、田中角榮通商産業大臣、竹下登内閣官房長官がいます。
北海道新聞の記事に記載ある、吉野文六氏も外務省アメリカ局長として、この予算委員会に出席しています。それだけではなく、有能な役人です。散会直前に次の発言を行ったことから、横路孝弘氏から電信原稿のコピーを入手しました。そうなると、機密文書であったから、文書の番号や決済欄の印影により、どの部署から漏洩したかが判明したのです。
あとでもう一回、横路先生にその文書を一応見せていただきまして、調べましてあしたお答えいたします。
漏洩ルートが判明しました。漏洩ルートは外務省の事務官蓮見喜久子氏から毎日新聞記者西山太吉氏へ、そして西山太吉氏から横路孝弘氏へでした。しかし、次に政府は、外務省機密漏洩事件へとすり替えを計り、見事に機密漏洩事件へのすり替えに成功しました。そして、蓮見喜久子氏と西山太吉氏のスキャンダルも加えることができたのです。
この機密漏洩事件は西山太吉氏が最高裁まで争ったので、Webからも最高裁判決文が入手できます。次のサイトです。
事件番号 昭和51(あ)1581 昭和53年05月31日 最高裁判所第一小法廷 棄却決定
[全文はこちら(pdf)]
2) 事件から学ぶべきことは
私は、多くあると思います。そんな中で、思いつくところを書くと。
1.外交とは密約が多くある
沖縄返還交渉で言えば、(返還という言葉も不適切かも知れませんが)サンフランシスコ平和条約の第3条が次の文章です。アンダーライン部分は、日本語では、「このような提案が行われ且つ可決されるまで」とされているようですが、英語で読むと、私には提案をするのは米国であり、それに合意するのは国連であり、国連の合意がある間は、と読んでしまうのです。即ち、米国が沖縄の行政権、立法権、司法権を持つことについて、日本が、その返還を迫ることについて弱い立場にある。
Japan will concur in any proposal of the United States to the United Nations to place under its trusteeship system, with the United States as the sole administering authority, Nansei Shoto south of 29deg. north latitude (including the Ryukyu Islands and the Daito Islands), Nanpo Shoto south of Sofu Gan (including the Bonin Islands, Rosario Island and the Volcano Islands) and Parece Vela and Marcus Island. Pending the making of such a proposal and affirmative action thereon, the United States will have the right to exercise all and any powers of administration, legislation and jurisdiction over the territory and inhabitants of these islands, including their territorial waters.
その中での交渉だったのですから、佐藤内閣、政府は苦労をしただろうと思います。当時の沖縄には確実に核兵器が存在したと思われます。日本政府にとって核抜き返還は絶対条件であったでしょうから、米軍用地地主に支払う復元補償費4百万ドルを負担することは、全体から考えれば、塵のようなものだっただろうと思います。政府の従来の説明と異なるが交渉の経緯から、4百万ドルが理由で交渉難航等するわけにはいかず、説明と異なることから、結果として国民をだますことになるがヤムを得ないと判断したのでしょう。(実際には、北海道新聞の記事が書いているように、他にもたくさんあったようです。)
私には当然のことと思えるのです。だから、琉球大の我部政明教授らによる米国の情報公開での調査等が意味があるし、歴史を明らかにしていく必要があると思います。ちなみに、日本政府は今でも、電文原稿が本物であることは認めるが、米国に対する密約はないとの姿勢のようです。
密約とは、何かですが、矛盾する複数の約束をすることでしょうか。そうであれば、多いのではないかと思ってしまうし、だからこそ成立していることもあるのではと。
2.政治家は信頼できない
断言してしまうと問題がありすぎるし、正確ではないと思います。一方で、完全に信頼できるなんてことは、人間である以上はあり得ないのかも知れません。
信頼できないのは、佐藤首相以下政府側の政治家もそうでしょうが、本件では横路孝弘氏もそうです。西山太吉氏は横路孝弘氏に何と言って渡したのだろうと想像すると、おそらく極秘文書だから、そのままでは使用しないでくれと言ったのではないかと思うのです。横路孝弘氏は、名声と票を考えれば迫力を持って政府に迫りたい。その結果、コピーを持ち、それを読み上げた。
勿論、私の想像が多く入っています。しかし、西山太吉氏が横路孝弘氏にコピーを渡したことは、政治の世界を甘く見すぎたのではと思ってしまいます。外務省詰めの毎日新聞記者団のキャップとして、沖縄返還問題の取材にあたっていた西山太吉氏が、そのことを知らないわけはなかった。次に報道のことを書きますが、報道も取材源との関係で思ったように書けずにいて、魔に落ちた形だろうと思いますが。
3. 報道の姿
1971年5月28日以降1972年3月27日までの間の毎日新聞を調べれば、西山太吉氏が毎日新聞にどの様な記事を書いたかが分かるはずですが、私もできていません。多分、書いておられると思いますが、どちらにせよ新聞記者は新聞記事で勝負をすべきです。取材源は、絶対に守るべきです。でも、そんなわかりきったことが何故できなかったのか?この事件の一つの大きな解明すべきことであると思います。西山太吉氏が、このことについて今後何かを語るかどうかも分かりません。
日本の報道機関は、政府発表等に頼りすぎている。記者が自ら取材をして、情報を収集して記事を書くことが少なすぎると思います。記者の取材した結果と、政府発表が異なっている場合は、報道機関は政府発表を記事として採用すると思うのです。そんな体質が、西山太吉氏を野党の横路孝弘氏による国会予算委員会における質問へと追い込んでいったのではと思います。でも、取材源の秘匿という記者の生命を守れなかった。
でも現状を見た場合、私のブログの最初に関西テレビ「あるある納豆事件」があります。その前にも、毎日新聞「大淀病院事件」があります。この2つを同列にすると、怒られそうですが、私からすれば報道記者があまりにもレベルが低すぎる。何故勉強しないのかと思います。報道は早さより正確さがずっと重要だと思います。
少なくとも報道がしっかりして欲しい。しっかりした報道が社会をよくしていくはずだと思うし、報道がだめな場合は、とんでもない社会になる。大本営発表のみを報道していた大東亜戦争の時代は、もう引きずっていないと思うのですが。
4.公務員
蓮見喜久子氏は国家公務員法109条[左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。]12号[第100条第1項又は第2項の規定に違反して秘密を漏らした者]により懲役6月、執行猶予1年の有罪で、西山太吉氏は国家公務員法111条[第109条****第12号****に掲げる行為を企て、命じ、故意にこれを容認し、そそのかし又はそのほう助をした者は、それぞれ各本条の刑に処する。]懲役4月、執行猶予1年の有罪でした。
どれほどの罪であったのだろうかと思うのです。米国にとっては、何でもない事項のはずです。日本が隠してくれと要請したから、秘密事項にした。それだけと思います。佐藤政権にとっては困った情報でした。でも、わざわざ刑事罰に問わなければならない罪とはどうしても私には思えません。情報入手に当たり、恐喝等刑法に触れることがあれば別ですが、刑法には問われていません。
むしろ、憲法15条2項[すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。]や国家公務員法96条1項[すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。]と規定されている国家公務員の義務を考えた場合、政府のトップの意に反しても正しいと信じるところがあれば、国家公務員は、そうすべきであると私は考えます。
上の最高裁決定文は西山太吉氏の裁判に関するものでありますので、公務員の義務を直接争ったものではないが、そのような観点が裁判所の決定文の中に全く感じられません。社会が必要とする最も大切なものとの観点が欠如した倫理観で、表面の起訴事実のみで判断しているように私には感じられます。
5.蓮見喜久子事件
この人については、ほとんどの場合、実名が出てきてないのですが、本当は蓮見喜久子事件と呼んだ方がふさわしいと思います。最大の名誉・名声を受けるべき人と思うからです。蓮見喜久子氏がいなかったら、北海道新聞の記事もなかった。今の、私たちはもっと暗闇にいた可能性があると思います。
外交におけるこんな駆け引きを国民は知らなかったのではと思うのです。政治家の言葉の真実はどこにあるか。役人の体質とは何か。私は、それぞれの善悪を論じるつもりはありません。事実を事実として認識することの大切さです。その上で、正しい判断をすることが大切なのだと思います。
蓮見喜久子氏は、検察でも裁判でも起訴事実を、そのまま認めたように聞いています。すごい人物であったと思います。内部情報を出したいときに、どのようにして出すかは、最も大変です。失敗する可能性も考えて、実行しなければいけないし。歴史に残る事項だったら、そんな簡単ではないし、権力者を相手に、自らの生活が変わってしまうことまで、覚悟して実行したのですから。相手が、権力者であったから、裁判では勝利よりも執行猶予を取ることにした。
歴史に事件を残し、名を残し、学ぶべき多くのことを残す。ほんの短い間であったかも知れませんが、もしかしたら蓮見喜久子氏はその当時政府のトップであった佐藤榮作氏より深く歴史に刻み込まれたのではと思います。
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