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2008年7月19日 (土)

長銀経営者無罪判決に思う

最高裁は1998年(平成10年)に経営破綻した旧日本長期信用銀行の粉飾決算事件で、証券取引法(現金融商品取引法)違反と商法(現会社法)違反で起訴された経営者3人に対して、18日に無罪の判決を出しました。判決文は以下にあります。

平成20年7月18日 最高裁判所第二小法廷 判決

この判決に対する新聞の社説は、日経朝日読売等ありますが、私は日経の「そこを公に検証する、大恐慌後に米議会に置かれた調査機関「ペコラ委員会」のような場が要る。」との意見に賛成します。少し書いてみます。

1) 銀行経営とは何か

一般企業の経営再建は、事業見直し、コスト削減や販売強化・提携強化等ですが、銀行の場合は、そうではありません。銀行にとっては「再建」というような言葉が付されたならば、直ちに破綻に等しいのです。長銀判決を考える上において、それを念頭に入れる必要があると思います。

何故再建ができないかと言ったら、不安な銀行に誰も預金しないからです。預金の引き上げが生じたら、破綻です。通常の企業の仕入れに相当するのですから、仕入れが不可能となれば、企業は直ちに破綻です。

銀行とは信用力が第一に必要なものであり、信用力は決算書(財務諸表)により測定される。特に貸借対照表が重要となりますが、銀行支援のための資本注入とは何であるかは、資金が必要だから増資するのではなく、資本比率を高め、信用力を上げるためにしていると言えます。

通常の企業とは、すこし異なった面を持っています。

2) 当時の銀行(金融界)の状況

1992年頃でしたでしょうか、バブル崩壊がありました。その頃、流行した言葉に「価格破壊」というのがありました。その中で、一番価格が下がったのが、地価だったでしょうね。金融界の鬼子として住専というノンバンクがありました。本来は住宅資金の融資業務のために銀行が設立したが、銀行自らも住宅融資に乗り出し、住宅金融の競争が始まると、資金コストの高い住専は不利になる。信用力ある大手企業は社債、増資、コマーシャルペーパー等を発行して直接金融の時代にも突入していったことで、銀行の優良融資先が減少して行っていた。

住専は、住宅融資ではなく企業向け融資に走り、しかもバブル期待の土地取得融資なんてバカな金融にも横並び競争を始めていました。さらに、もう一つの問題として農林系金融機関が住専に多額の資金を融資していることでした。農地の売却代金の預金を農協が集めてしまう。(農協にとっては、自らの成績を上げることにるし、農家にとっても銀行より農協の方がおなじみさんです。)農協は、その資金を農林中央金庫、信用農業組合連合会(信連)、全国共済農業協同組合連合会等に預金し、更にその先の運用としては、国債より利息が高く大手銀行が出資をしている住専に貸付ける。ごく普通の金の流れです。更に言えば、住専が企業による農地取得資金を貸し付けるのですから、見事にバブルの構造ができています。

住専を処理できなかった。バブルに対処できなかった。バブルに浮かれた結果、そのツケが銀行の破綻、国庫による損失の負担に繋がっていった面があると私は思っています。

3) 会計基準

会計の方法により利益は変動する。会計を知っている人にとっては、当たり前のことですが、余り知らない人にとっては不思議に思う。一番大きな理由は、期間計算であることによると思います。貸した金で利息を取っても、元本が返済されなければ損失となる。利息分が利益となるが、発生主義が会計基準であるから利息について入金の有無に拘わらず、期間をベースに収益を計上する。元本は、利益の源泉であるが、返済されることを原則とせざるを得ない。貸倒見積高に基づいて計算された貸倒引当金を控除することとなる。

法人税の基となる税務上の課税所得計算は、公平・単純と言った原則が適用されなければならない。税額計算で鉛筆がなめられるなら、不公平が蔓延し、無茶苦茶となる。課税所得計算においても、貸倒引当金が認められるが、業種による差があれば変になる。(特例はあり、例えば現在でも、資本金1億円以下の企業には租税特別措置法57条の10による貸倒引当金計算の適用もある。)

税務で引当金が認められないのに、損失を出すのはおかしいという本末転倒の議論をする人が当時はいました。そうなんです、会計基準の世界でも、税効果会計に係わる会計基準が企業会計審議会より発表されたのが平成10年10月30日で、その適用は平成11年4月1日以降開始する会計年度からでした。

長銀事件で問題となっている平成10年3月期の翌々年から税効果会計が適用となりました。この税効果会計に係わる会計基準で「企業会計上の収益又は費用と課税所得計算上の益金又は損金の認識時点の相違等により、企業会計上の資産又は負債の額と課税所得計算上の資産又は負債の額に相違がある場合において、法人税その他利益に関連する金額を課税標準とする税金の額を適切に期間配分」なんてことが出てきて企業利益と課税所得の金額に差があることが陽の目を見たように思います。

最高裁の判決文では触れられていませんが、企業会計原則の継続性の原則である「企業会計は、その処理の原則及び手続を毎期継続して適用し、みだりにこれを変更してはならない。」ということを考え、そして判決文11ページの「9年事務連絡は,・・・その内容も具体的かつ定量的な基準を示したものとはいえない上,・・・金融機関一般には公表されていなかった。」や12ページの「4号実務指針については,具体的な計算の規定と計算例がないなど,これに基づいた償却・引当額の計算が容易ではなく,・・・結局,定性的な内容を示すにとどまり,・・・定量的な償却・引当の基準として機能し得るものとなっていなかった上・・・」と言った指摘を考えると刑事罰まで問うことが正しいのかとの疑問が出ます。

刑事罰は、刑事罰を構成することが明確であるときに問えると思います。心情により罰を下すものではないはずです。

4) 原因者

本当の原因者はバブルに浮かれた国民であったような気がします。直接的に、責任の一端が長銀経営者にあることについて否定しません。しかし、それ以上に大きな責任がルールを作る側にあったと思います。3)で税効果会計に係わる会計基準を書きましたが、金融商品に関する会計基準が出されたのが平成11年1月22日です。(平成12年4月1日以降開始する会計年度から適用)

一つのルールを作るには大変な労力が必要です。利害関係者が多い。だから時間も要するのですが、住専を破綻させたら、農協がつぶれる。農業が破綻するという大変な構造でした。政治家は、ともすれば問題の先送りに奔走します。しかし、それもツケを払いたくない選挙民が多いからでしょうか。

現在も増税を唱える政治家は少ないし、唱えたとして消費税のみで、真に公平な増税論は何かを余り聞かないように感じます。

従って、長銀問題については、刑事罰を追求するのではない公的な調査期間が調査を行って、問題点を幅広く調査、公表して欲しいと思います。

長銀って良い銀行でしたね。金融債の発行が許されたから支店数は少なく、企業の長期設備資金融資が主体であった長銀、興銀の方々は、一般銀行の方々とは少し違った特異性を持った方が多かったと感じています。現在は、元長銀マンの方々も様々なところで活躍されておられると思います。そういう方々を育てた長銀という銀行と優秀な方々が活躍できる場が存在する社会を良いものだと思います。

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