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2011年1月30日 (日)

やはり外交能力(にも)欠ける菅内閣

本当にそう思いました。

日経は、1月29日 日経 「TPP6月に結論」 菅首相、ダボス会議で明言 EUとのEPA交渉年内にと報道していました。

主催者World Economic Forum(WEC:世界経済フォーラム)は、どのように発表しているかというと、次のNewsを読んでください。

Prime Minister Naoto Kan: Japan to Pursue a New Diplomatic Approach  (29 January 2011)

Japan needs to stop looking inward and open up domestically and internationally,” said Naoto Kan, Prime Minister of Japan. He urged for the forging of a new kind of “kizuna” (interpersonal bond) between Japan and the world. ・・・・とか書いてあり、読んでも意味がとれず、菅氏は何を発言したかと思いました。

そこで、首相官邸の演説文を読んで、何を言ったのかは知ることができました。

2011年1月29日 菅内閣総理大臣ダボス会議特別講演 「開国と絆」

絶対的なアホだと思いました。Kizunaとは、何ですか?それで、何を言いたいのか?何を伝えることができるのか?「日本人は、優れた人種である。XX人は、劣っているので、差別すべきである。」との表現と、勿論言っている内容の違いはありますが、同じ構造で論拠なしです。(例えば、従来はKizunaがなかったから、△△といった不都合なことがあったなんて言えないはず。)こんな変な発言を聞いて、WECの人達は、困り果てて、苦労してNewsを作ったのだと思いました。

外交とは、世界に普遍的に通用する価値観を重要視し、そのような価値観に基づき世界の発展や豊かさ、そして平和を求めて行くことです。共通の価値観が重要であり、独りよがりや独善は、常に排除されるべきことではないかも知れないが、その前提として共通の価値観や幸福が優先します。

企業であれば、企業内に取引先が理解できない宇宙人会話をする人がいるとしたら、どうするでしょうか?S&Pが日本国債の格付を下げたのも、理解できますよね・・・・・・って感じ。

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2011年1月27日 (木)

太陽光発電買取と地域主権

先ずは、日経の記事を掲げます。

日経 1月20日 電気代上乗せ2~21円 太陽光発電買い取りで転嫁

標準家庭の場合、北海道が2円で九州が21円なので、住んでいる場所によって、10倍以上格差があり、選挙1票の格差以上であります。

1月25日に総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会・電気事業分科会買取制度小委員会での審議結果の報道と経済産業省の発表が次です。

日経 1月25日 経産省、太陽光発電の買い取り価格提示

経済産業省 1月25日 News Release

そして、正式に価格決定した(料金認可された)のは、26日であり、一番値上げ幅が大きかった九州電力と金額で一番大きくなる東京電力の1月26日の会社発表を掲げておきます。

1月26日 九州電力 プレスリリース 電気料金への「太陽光発電促進付加金」の設定に関する認可等について

東京電力 1月26日 プレスリリース 平成23年度の太陽光発電促進付加金の適用に関する認可および太陽光発電促進付加金単価の決定について

複雑怪奇な、書き出しとなってしまいましたが、kWhあたりの単価では最低1銭、最大7銭です。10倍以上になっているのは、標準家庭の消費量を月300kWhとしているか月270kWhとしているかの使用量の差が出ています。最低1銭、最大7銭でも、大きいと感じるので少し見てみます。

1) 何故地域格差が生じるか

太陽光の強制買取制度は、「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律」に従って出された平成21年8月31日の経済産業省告示第二百七十八号によっているのですが、太陽光発電の買取義務を負っているのは10電力会社としているからです。(一般電気事業者は、・・・太陽光電力買取・・を行うこととする。)

従い、太陽光発電買取負担の大きい電力会社から電力供給を受けていると消費者の負担が大きくなる構造です。

しかし、一方で、九州電力が一番負担が大きいと言っても、支払った太陽光負担金は全て九州地方の太陽光発電設置家庭に回っているのです。日本全体で、同一とすることも可能であるが、このような地域格差あり状態も一つの手法であるとは思います。

2) 具体的計算

次の表は、1月25日の第13回買取制度小委員会説明資料の3ページからで、少し表現を付け加えたものです。

Solarprice20111

2010年買取額とは、電力会社が太陽光買取で支払った金額。回避可能費用とは、経済産業省告示第二百七十八号において「太陽光電力買取により一般電気事業者がその需要に応じた電気の供給のために必要な発電量が減少したことによって一般電気事業者が支出することを免れる費用」と定義していますが、一般的な電力コストと思えばよく、英語表現でのAvoided Costから来ています。表の右端(7)が計算結果であり、買取額から実コストを差し引いた額が持ち出しとなり、前年は調整していないので、この未調整額を足し算して、それを2003年度に回収することから、予測販売電力量で割り算して単価を算出しました。そして、(1)の値上げ単価は、小数点3位以下を切り捨てて、銭の単位としたわけです。

3) 太陽光設置して得か損か

小委員会説明資料の12ページによれば、固定価格が適用される10年間プラス2年で、投資金額を回収できるイメージがあります。金利・メンテナンス費用や設置後に発生する修繕費等は考慮していないとのことであり、更には設備利用率約12%となっているので、最高レベルに近い発電を前提にしています。

本当に設置して利益が出るなら、皆がやる。その結果、電気料金も高くなる。CO2の削減については、太陽光パネルを製造する際に発生するCO2をカウントしたりする必要があるので、計算が複雑になるので、やめますが、それでなくとも複雑奇怪であるようです。

4) 最適太陽光発電

本当は、適材適所だと思います。雪の多い地方に太陽光を設置しても、投資金額が同じ、設備製造に伴うCO2発生量が同じでも、その効果(化石非依存による発電量)は低い。下手をすれば、自分のクビを締めるどころが、発電した電気を買わせて他人にも負担を押しつける。そんな可能性があると思います。

経済産業省も小委員会説明資料の12ページのような、これまでの単純なパンフレットは止めて、各電力会社の太陽光の設置数、設置容量(kW)、発電量(kWh)を発表すべきです。探したが、見あたりませんでした。そして、この電気料金のアップという人々の苦しみの中で、一体幾らCO2が削減されるのかも発表すべきです。発電量(kWh)により発電時のCO2削減は計算できますが、製造時や資源掘削時等のLife Time CO2 Eimission Dataも知りたいと思います。

次に、日本に太陽光が最適なのかの検討も必要です。本当は、砂漠(日照時間が長い赤道に近い乾燥地帯)が一番太陽光発電に適しています。逆に、日本のような森林国では、森林を伐採して、太陽光発電をすれば、キチガイと言うべきか、本末転倒になります。農地をつぶしても同様に意味がない。家屋や工場屋根という遊休スペースの利用であれば、日本でも太陽光が有効である可能性があります。

今のようなバカなことを推しすすめずに基本事項を先ずは検証し、国民に開示すべきです。太陽光発電は事業仕分けの対象にすらならないのです。何故なら、電気料金で国民が負担するから。国民が負担することが決まっているものを事業仕分けしても議員は得をしない。(政府の歳出削減が目的でしたから)

森林保護、農業育成も考えて、それらと調和した政策をしないと、今の太陽光発電制度は、一部の保護のみになる可能性があると思います。もし、太陽光パネル・メーカーの育成を図るなら、同じ金を掛けても、日本より砂漠の国に太陽光発電設備を設置するのも方法と思います。

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2011年1月23日 (日)

お笑い番組

次のニュースですが、このBBCのTV放送がU-Tubeにあるのを発見したので、紹介します。

日経 1月22日 「二重被爆者」巡る放送、BBCなどが謝罪声明を発表

お笑いのノリで出演者が発言し、聴衆もそれに答えて笑い、拍手をする。日本でも、バラエティー番組は、そんな作り方がされています。被爆者を取り上げたことの不適切さがあるし、そのご家族はさぞ不快な思いをされていると思います。日本のTVで、被爆者をこのような扱いをすることはないでしょうが、別のことで同様のことがないか気をつける必要があると思います。なお、本件については、核爆弾について、考えるきっかけを世界に与えることになればと期待します。

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2011年1月22日 (土)

B型肝炎救済による所得増税

朝日が次の記事を出していました。

朝日 1月22日 B型肝炎救済へ所得増税案 数年に限定、3兆円規模

所得税の年間税収は平成23年度予算案で13兆5千億円です。(この平成23年度租税及び印紙収入政府案概算を参照下さい。)毎年1兆円の増税をすると現在より平均で7.4%増税となります。

記事には、「増税で国民に広く負担を求めたい考えだ。社会保障分野に使われている消費税の活用は見送る。」とありますが、変な理屈だと思います。何故なら、お金に色はないからです。消費税は福祉に、所得税はムダな支出になんて、バカなことを言うのは、もってのほかです。

私は、10月20日のどうするB型肝炎訴訟で、政府が詳細を国民に説明すべきであると書きました。詳細な説明がなくて、3兆円を支払うことは犯罪であるとも言えるのではないでしょうか?裁判は、当事者同士の争いであり、社会の仕組みを争う場ではありません。

もし払うなら与党の議員の方々が全員で負担すればと思いますが、所詮できないことを言っても仕方ありません。できることは、増税について国民の支持を得るように説明することです。それでなくとも、大幅増税は避けられない状態ですが、その増税幅を更に大きくし、その増税財源は全てB型肝炎訴訟団他B型肝炎患者に払われるのです。どこまでの患者を対象とし、その認定はどうするか、金額の算出根拠は何であるか、現状不透明のまま増税がなされようとしていると思います。現政権にとって、国民主権は、はじめから念頭にないように思います。

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2011年1月20日 (木)

ドラッグラグに関して

ドラッグラグについては、正しく情報が伝わっていないように思います。例えば、次の「NHKあさイチ」です。

知っていますか?ドラッグラグ (1月19日)

専門家ゲストとして国立がん研究センター中央病院の藤原医師が招かれていますが、この紹介ページには、ドラッグラグの表面的な批判しか書かれていません。番組放映前に作成されたことから藤原医師のコメントを掲載するのが無理であったことは理解できますが、一部の面のみを書いて批判するより、冷静に番組を紹介すべきと思います。なお、どのような番組であるかと思って見たが、藤原医師以外は感情的に批判をしていました。病気になって可愛そうが先行します。しかし、本当の病状はTVの限界で無理と思います。やり過ぎるとプライバシーの問題もあると思います。また、この種の問題には複雑な側面があることから、素人の司会者が発言し、素人のゲストに多く発言させることの危険性も感じました。知らない人は、感情で反応せざるを得ない。

1) 薬とは

1月9日のイレッサ訴訟の和解に反対するの中で、薬について次のように書きました。

薬は様々な影響を人間の体に及ぼす。期待する影響を効能・効果と呼び、それ以外を副作用と呼ぶ。あらゆる薬には副作用がある。効能・効果と副作用は疾病により異なり、また同じ疾病でも個人差が生じる。

最も恐ろしいのは、薬が野放し状態になった時です。例えば、悪徳医薬業者が、効果がないにも拘わらず、高額で薬を売りつける。あるいは、重大な副作用がある薬を売りつける。

昨年8月に朝日は、2010年8月11日 代替療法ホメオパシー利用者、複数死亡例 通常医療拒むと報道をしました。医薬品としての販売でなければ、違法ではないと言えますが、この方のブログ、ただの砂糖(テンサイ糖)を1kgあたり、38万6700円で販売していると書いておられます。

効果があるかどうか、副作用があるかどうか、そんなことは患者の自己責任であり、患者の選択幅を広げ、医薬についても市場原理や競争原理を導入すべきと考える方もおられると思います。素人が判断することは、無理と思います。価格についても、ほぼ無理に近く、逆に、医師等専門家が効果がないと考える代替医療について、ある程度の人気があるとすれば、このことこそ素人が判断することの難しさを物語っていると思います。実際、病になると、患者も家族も藁をも掴む気持ちになります。逆に、そこを悪徳業者が狙ってとなる恐れはどうでしょうか?

医薬品は個人だけではなく、社会も管理する制度をつくり、運用し、維持し、発展させていくことが重要です。日本では薬事法等の法律をつくり、政府(主として厚生労働省)が法に定められた管理をする制度をとっています。それは、重要なインフラストラクチャーです。

2) ドラッグラグ

日本は法で、医薬品を販売をするには厚生労働大臣の承認が必要(薬事法14条)であると定めており、この手続きに関する医薬品の臨床試験の試験成績に関する資料の収集を目的とする試験の実施を治験と呼びます。(薬事法2条16項)

日本では、治験に時間を要しすぎているとの批判があります。しかし、治験をおろそかにしては何のための薬事法か、意味を失うのであり、治験を適切に実施することは必要です。

さて、医薬品の承認がおろそかであったとして訴訟になったのが、イレッサ訴訟です。1月9日のブログに書いたように、イレッサは有効な薬なのです。但し、副作用が強く出ることがあり、その為に使い方を間違うと危険な薬です。東洋人の非喫煙者の肺ガンに効果があるようです。1月9日のブログでは、裁判を継続して欲しいと書きました。イレッサの治験や承認あるいは副作用情報等の情報開示に問題があったのか、あるとすれば、それは何であるかを裁判で争って欲しいのです。争わずに、和解をしてしまえば、問題は表面化せず、場合によってはドラッグラグが悪い方向に行ってしまいます。裁判は、我々が持っている非常に重要なインフラストラクチャーです。このインフラストラクチャーを使わずして和解することに私は反対します。

3) 医師不足

日経メディカルOnlineの1月19日に次の記事がありました。

日経メディカルOnline 1月19日 減り続ける基礎医学の研究医

生理学や薬理学、解剖学、病理学などの基礎研究者になる“研究医”が減り続けていることが書いてあります。医師とは、患者の治療を直接行う臨床医以外に研究医があり、医療というインフラストラクチャーにおいて重要な役割を果たします。日本人で、そのような分野で活躍したのが渡辺 淳一氏が書いた小説遠き落日(上) (集英社文庫)の野口英世です。野口氏は、光学顕微鏡を武器に、病原菌を発見することによりその疾患による患者の多くを助けることができるという信念で生きました。

医師不足は、産科医と小児科医にのみ存在する問題ではありません。医師不足と基礎医学研究医の減少も同じ土俵の上にあると思います。そして、医師不足は医学教育を担うべき医師にも及んでしまい、そうなると先行きは暗くなってしまいます。患者をほっぽり出して、何が教育だとなるかも知れませんが、社会にとって基礎医学や医師の教育・育成は重要です。

治験や新薬開発にも医師は必要です。そして、医薬品の承認に関わる分野でも必要であり、厚生労働省にも優秀な医師の人材がいないと医薬品の管理ができません。薬事法が骨抜きになってはなりません。

4) 製薬会社

1月9日のブログで、イレッサを製造しているアストラゼネカの2009年売上高はUS$32.8 billion(約3兆円)と書きました。他の製薬会社が、どうかというと、Wiki(英語)によれば医薬品の売り上げでアストラゼネカの上を行くのは、Pfizer(米)$43.4billion、GalxoSmithKline(英)$36.5billion、Novartis(スイス)$36.5billion、Sanofi-Aventis(仏)$35.6billionがあります。日本勢では、武田薬品が$13.8billionで15位です。

1兆円を超える売上高とは、すごい大会社です。何故、そんな巨人になっているのかの理由の一つは、研究開発費です。絶え間なく、膨大な研究開発費を使って、新薬を作る。それしか製薬会社が生き残る道がないとの考え方です。Wikiでは、各社の研究開発費はPfizer(米)$7.6billion、GalxoSmithKline(英)$6.4billion、Novartis(スイス)$7.1billion、Sanofi-Aventis(仏)$5.6、AstraZeneca$3.9billionと7000億円から4000億円の研究開発費を支出しています。売上原価と研究開発費を比べて、金額的に同程度です。ちなみに、武田薬品とPfizerの2009年(武田は2009年度)の損益計算書の棒グラフを書いてみました。(米ドルと円は82円で換算しています。)

Takedapfizer2009

医薬品の開発にも医師が必要です。研究開発費とは、人件費が多くの割合を占めます。かつての日本経済は米国等からライセンスを取得して、海に面した工場で生産する製造業に依存していました。このビジネスモデルには相対的に安い人件費という側面がありました。今、日本の人件費は安くはない。多額の研究開発費を費やして高い生産性を生み出す技術を開発して、そのライセンス供与等で収入を得るビジネスモデルに変化しないと今後の成長は望めないと思います。

そのような産業の一つに医薬品産業もあると考えます。高学歴の高い能力を持った研究者を必要とします。しかし、ポスドクは日本では惨めであり、職がない。私の知っている人で、その人(女性)は日本人ではありませんが、日本の大学で博士課程を終えたのですが、日本で就職できず、米国で就職しました。医薬品関係です。あるいは就職試験で、何故女なのにマスターを出たのだと、女のマスター出など不要であるかのように言われたと不満を述べていた人もいました。

少し、ずれてしまったかも知れませんが、日本の将来を考えた場合、どこかずれていやしないかと思えて仕方ありません。

5) 費用問題

費用のことも考えておくべきです。次のグラフは2010年2月 1日の日米比較:医療、医療費、医療保険を考える(その6)で書いたグラフです。医療費の支出は伸びていますが、その中でも、薬局調剤費の伸び方が顕著です。その次のGDP、GNI、NNIのグラフと比べてみてください。

Health20101jus3

20101gdp

医療費は、まだまだ伸びると思います。一方、医療費を考えることは、イコール医療保険について考えることです。日本では、承認された医薬品は基本的に医療保険(健康保険)の対象となっています。今後とも医療費が増加することが確実である以上、医療保険料はまだまだ増加します。一方、日本で医療費が保険料で全額賄われているかというと、そうではなく下の表のように、自己負担金を除く保険からの支出28.4兆円に対して、10.3兆円が国庫と地方自治体から国民健康保険、後期高齢者医療と協会けんぽに補助がなされています。

20102medinsurance5

現状でも増税が避けられないのに、医療費のことを考えれば、相当の負担になります。そこで、混合診療解禁を唱える人もいます。しかし、混合診療の解禁は、消費税率アップの問題よりはるかに大変な問題があり得ます。

医療や医薬品の価格は、医療保険制度の関係で、厚生労働省が決定している形です。統制価格です。ところが、自由競争と市場原理の導入は、極めて危険な側面を持っています。冒頭に戻ってしまいますが、藁を掴む患者は、市場に放り出されると、本当に藁を掴みます。患者が自分で自分たちで価格を評価し、適正に交渉することなど不可能に近いと言えます。混合診療解禁は、下手をすると、莫大な医療費支出につながる恐れがあります。

では、何が正しいのだ、どうすべきだとの議論になります。私は、皆が決めるしかないと思います。何故なら、これが正解だと言うのはないと思えるから。但し、ある一面のみを見て、決めないでください。複雑でありすぎるかも知れませんが、あくなき不老長寿への道は、下手をすると超格差社会に向かいます。どう管理すべきか、よく考えて進んでいきたいと思います。

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2011年1月18日 (火)

小選挙区反対論に支持多い

私は、このブログでも何度か小選挙区制の選挙制度に反対する旨の意見を書いていますが、本日のダイヤモンドOnlineに田村耕太郎氏の小選挙区廃止意見が掲載されていました。

選挙区は廃止せよ! 矛盾だらけの二大政党が日本をおかしくする (2011.01.18)

私と同じような考え方をすると読んでいましたが、最終ページに投票ページがあり、その結果がそのページのリンク先(ここ)にありました。

驚きました。18日午後11時現在の投票結果で76.4%の人が「廃止すべきだと思う」であったからです。うれしくなります。

過半数を占めた政党にとって、衆議院解散を行うことにメリットはない。任期の4年間を見据えて、最も勝てそうな時期に解散をしようとうする。勝てる時期が来なければ、任期満了まで解散総選挙は引っ張る。2005年の郵政民営化選挙の結果は、小泉→安部→福田→麻生と選挙のない4年間を生み出し、現民主政権は2003年まで支持率とは無関係に4年間政権にあり続けると予想される。

大政党内部の権力争いの方が、議員にとっては重要となり、国民のことは二の次になる。議員と国民の距離が近くなくてはならないが、議員は議会で討議党則に縛られ、自由な活動が阻害される。そんな議員など選びたくはない。活動をするのは、人間であり、党ではない。どこの党でもよいから、私が期待するような活動をする議員を選びたい。法をつくるのは国民であり、その法により運営される政府があり、国民が委嘱した裁判官が裁判を行う。すこしでも、そんな状態に近くあるべきと考える。

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2011年1月16日 (日)

菅再改造内閣

菅再改造内閣の発足を受けて、1月15日の多くの新聞社説は、ほぼ同じような主張であったように思います。例えば、あらたにすでは、

あらたにす くらべる社説・2011年01月15日(土)

批判も強くあり、例えば、次のような記事もあります。

MSN産経 1月15日 与謝野氏の民主党酷評本が大人気 なぜ変節したの?

今後の大きな課題は年金・医療・消費税とTPPに代表される産業改革であり、与謝野氏の入閣はどちらの方が、意欲的であったか、分かっていませんが、これらの課題への菅再改造内閣による取り組み姿勢のあらわれであると思います。ちなみに、これについてしんぶん赤旗は、次のような記事を載せていました。

しんぶん赤旗 1月16日 消費増税・TPP参加迫る/大手メディア これでいいのか/また「共同社説」!?

年金・医療・消費税とTPP問題は、どうすればよいかと言えば、国民に情報を開示し、議論を呼び起こすことであると思います。政治主導ではなく、国民主導を貫き通すことです。政権が代わろうとも、年金も医療も必要であり、日本の産業は継続していかねばなりません。農業問題を生産者と消費者の対立構造で解決してはなりません。菅政権や民主政権が倒れてもその後も継続するものを樹立すべきです。国民が支持する制度は、政権が交代しようと持続します。

八ツ場ダムについて、国土交通大臣が替わったことから、再び様々なことが言われていますが、水や自然現象は大臣交代で変化しないのです。人間による評価と対策の問題です。評価と対策について情報が公開されておらず、国民は議論に参加できない。このことこそ、大問題であると思います。何トンの水までしか現在は耐えられず、その対策としての計画案は何トンの能力としているか。それに代わる代替案は、どうか。人口減社会において、産業構造の変化において、将来の飲料水、工業用水、農業用水をどう予測しているか。その供給計画は。・・・・・。 まさに不思議が沢山あり、もしこれらに対する情報無くして、計画をしているのであれば、宙に浮いている誠にずさんな計画であります。

事業仕分けで、「スーパー堤防は200年以上建設に要するからムダ」と切り捨て発言を行った議員がいました。全体像を掴んでの発言ではなく、人気取りのパフォーマンスであったと思います。政治家とは、何をすべきか?細部の決定ではなく、全体の仕組み作りが、政治家の仕事として最重要です。そのように菅再改造内閣も取り組んで欲しいと思います。

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2011年1月13日 (木)

伊達直人・タイガーマスクの寄付拡大

1月13日の日経は、伊達直人・タイガーマスクの寄付が昨年12月以降で累計が47都道府県計290件以上、贈られたランドセルは350個以上、現金は1千万円を超え、食料品の寄付もあることを伝えています。

日経 1月13日 「タイガー寄付」全国で290件超す 東京ではベビーカーも

ほほえましい、温かい心が感じられる明るい出来事であります。ともすれば、寄附文化やボランティア文化が日本には少ないと言われることもあるなかで、決してそんなことはなく、人々は暖かい善意の心を持っていることを思わせます。

しかし、単発で終わることなく、根付く様にするにはとの考えで少し書きます。

1) 税優遇

所得税法第78条に寄附金控除が定められており、国又は地方公共団体への寄附金、公益社団法人、公益財団法人への寄附金のうち財務大臣が指定したもの及び公益の増進に著しく寄与する法人への寄附金等が寄附金控除として認められています。ランドセルが贈られている相手先の多くは児童相談所であり、児童相談所は児童福祉法により都道府県又は政令指定都市により設立・運営されています。従い、児童相談所への寄附は、地方公共団体への寄附金と考えられ、寄附を証明する領収書や受取書があれば(物品で贈答するので購入した際の領収書と贈答物品の受取書になるでしょうが)、所得税の寄附金控除を受けることが可能なはず。住民税についてもその都道府県・市町村内であれば可能と考えます。

寄附をする人は、名前を伏せて匿名ですることは可能としつつ、同時に寄附金控除は受けられるようにできないのかなと思いました。なりすましで寄附金控除が受けられることは防がねばならず、児童相談所には本人が持参するが、児童相談所も名前は公表しないとする。厚生労働省が、そのようなことが可能であるとする通達を児童相談所か児童福祉審議会か、どこかに出して、できないものかなと思います。

蛇足ですが、社会福祉法人も公益の増進に著しく寄与する法人として寄附金控除の対象となるし、認定NPO法人に対する寄附金も寄附金控除の対象となります。

2) 寄附金の使途指定

児童福祉法50条に、児童相談所の費用は都道府県の支弁と定められています。そこで、思ったのが、児童相談所に寄附をして、それは児童相談所の収入とすべきか、あるいは都道府県の収入とすべきかです。細かいことを言えば、現金による寄附が児童相談所にあった場合、児童相談所は当然それを県庁の担当課に報告する。その結果、県の出納簿に記入されるであろうが、児童相談所がその寄附金を使うに当たり県庁内部での手続きは必要となるのではないか。そうすると、県庁として、他の目的に支出するオプションも持っているのではないかとの点です。

使途を指定する寄付金を行う場合、相手先(この場合であれば、県庁)が使途指定を拒否したり、金額制限を設けることも可能なはずで、一方、寄附をする側も、そんな条件が付されるならとのことで、寄附を中止したり、金額を減額したりとなります。あるいは、XX災害援助金や○○救援金のように団体が使途を限って募集することもあります。

そのようななかで、やはり寄附をする人がその寄附に込めた意図を大切にすることが重要と思います。従い、児童相談所への寄附については、都道府県庁もその取り扱いについて「△△相当額以内の寄附については、使途を児童相談所の判断に委ねます。寄附金控除に使用するため領収書をお受け取り下さい。氏名の非公開を望まれる方は、そのようにします。」といった声明をどうどうと発表すればよいと思うのですが。私が、浅はかで、何か障害があるのかな?

3) 納税者による税金の使途指定

高額所得者の所得税増税が話題になっています。本当は、税が合理的であり、政府支出が合理的であれば、寄附金を支出する必然性は基本的にはないと思います。本当に必要とする所に最適な方法で税が使われているなら税が寄附金の何倍もの効果があるはずと思います。政府は完璧ではなく、予算を審議する議員も完璧ではなく、人は皆その支出について自由であり、自分が思う所に寄附をして当然であります。

そこで、税を上げるなら、例えば5%税率を上げるなら、10%について各納税者が、その支出を指定できることとしたらどうでしょうか?確定申告の時に、予算表の項目に%を書くか、金額を書く。確定申告をする人に、この制度を適用することは、容易だと思います。年末調整で終わる人も、電子申告制度を利用すれば、自分の税の使途指定ができる。

ふるさと納税が可能なので、税金の使途指定ができない訳がないと思います。所得税は国税であり、その一部が納税者の使途指定で地方自治体にも振り向けることが可能となる制度ですから、どの地方自治体も住民サービスが改善するでしょうか?

仮に所得税増税があるなら、増税額を超える金額を使途指定できるようにすべきです。各省庁の活動もおもしろくなるでしょうね。国民に必死になって、自分の活動の意義を宣伝しますし、納税者から質問があれば、直ちに答えが来る。外国人も、選挙権はないが、税金を払うので、政府の支出について少しだけ発言権を持つ。

伊達直人・タイガーマスクのことから、色々なことを思い浮かべました。

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2011年1月11日 (火)

NHKのこれから

週刊ダイヤモンドの今週の特集が次です。

新聞・テレビ業界は本当に終わってしまったか? 「勝者なき消耗戦」の裏側を徹底レポート (2011.01.11)

ネットの台頭による広告収入と販売収入の激減により、構造不況業種に転落する危惧について特集しています。NHKは、果たしてその対象外であり、唯我独尊を維持するのか、そんなことは許されないはず。しかし、テレビ放送業界の存在が否定されているのではなく、やはりビジネスモデルのあり方と思います。

1) NHKのビジネスモデル

NHKの現行のビジネスモデルは放送法第32条の「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」による放送法における義務であり、TV受像器を保有すれば契約拒否の権利は認められていません。

恐ろしいビジネスモデルですが、そもそもそ戦前のビジネスモデルに起因します。Wikiで探してみると、当時は、次のような許可書のように、ラジオの受信機を持つのも許可が必要であったのです。ラジオを聞には逓信省の許可が必要なんて、すごい時代です。

ファイル:聴取無線電話私設許可書2-1.jpg

無線電信電話法という法律で、電波は国家に属し、国民は国家の許可なくして、送信は勿論のこと受信さえできなかったのです。日本放送協会は、1924年に設立された社団法人東京放送局(AK)及び続いて設立されたBKとCKを統合して、1926年2月に社団法人日本放送協会として設立されたのです。これが、戦後に放送制度の民主化および電波管理の民主化により1950年に電波法、放送法及び電波管理委員会設置法の電波三法が制定され、現在の日本放送協会は社団法人から放送法第8条による法人になりました。

役所から天下った人達はNHKを辞めた。しかし、旧無線電信電話法による国家管理時代と実質的に同様な制度が残り、その最たる例が、受信契約であると思います。

デジタル放送TVにはB-Casカードを差し入れる必要がありますが、逆にB-Casカードを利用して、NHKの受信を一般有料放送制度に変更することが可能です。現在は、NHK BS放送について連絡をしないと変なメッセージを出すというネガティブな使い方をしています。

契約の種類を何種類も用意して、全部聴取可能な契約からPay per Viewまで様々にすべきだと思います。

2) アナログ地上TV放送終了まで7月少し

7月24日のアナログ放送終了まで7月少しを残すだけです。この総務省の2010年11月26日発表の浸透度調査によれば、90.3%が対応済みとのことです。

先日、TVはデジタル対応であるが、アンテナ工事未完了の人とお会いしました。それほどTVを見ておらず、特に不便は感じていないとのこと。アンテナ工事を、どうしようかと言われていました。

いっそのこと、今はアンテナ工事をせず、将来TVを見たいと思った時に、工事をしたらとさえ思います。放送法第32条は「協会の放送を受信することのできる受信設備」ですから、受信設備にはアンテナも含まれると解釈し、NHKに契約解除を申し入れるのです。

しかし、そんな消極的なことを考えずに、自らNHKの契約解除をすればどうなるのだろうと思いました。即ち、B-CasカードによりNHKは受信を停止することが可能である。TV受信機を改造してNHKを見れなくし、それを継続することを証明するのは大変であるが、一方で、NHKは受信を不可能とすることが簡単に実施できる。これで裁判をするとどうなるのだろうと思いました。

現在の放送法の条文では勝てないかな?しかし、裁判でも起こさないと現状が永遠に続く気もする。その場合、一般国民が高い受信料を強制的に払い続ける義務が残るのみならず、広告放送を挿入する民間放送のビジネスモデルとの差が埋まらない。有料放送と広告挿入無料放送とが同じTV放送事業で市場競争をするには、そのルールは合理的であるべきである。放送法第32条の改正に向けて、アナログ放送終了を機会に、だれか訴訟を起こさないだろうかと思いました。

3) NHK次期会長人事

日経 1月11日 NHK次期会長、安西氏が就任を拒否 「経営委の総意といえない」 後継選び混沌

これってガバナンスのない組織であることを証明しているようだと思いました。会社で言えば、放送法による法人なので株主は存在せず、経営委員12名を両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する(放送法16条)。従い、経営委員会とは取締役会に相当する。この経営委員会が会長を任命(放送法27条)し、会長は、経営委員会の同意を得て、副会長一人及び理事七人以上十人以内を任命する(放送法27条)。会長、副会長、理事が会社での執行役員に相当する。

委員会設置会社において執行役員を任命できないという珍事がNHKで発生しようとしているのであり、普通の会社なら株主から取締役全員の辞任要求があっても不思議ではない事態である。

まさに、NHKがとんでもない組織であることを証明しているのではないか。こんな組織に強制的に料金を徴収する権利を温存し続ければ、日本の将来は明るくないと思える。NHK解体論を述べはしない。広告挿入民間放送やWowowのような有料放送と市場競争が成立するように強制有料放送を中止すべきと思う。

4) 公共放送

NHKが自らを公共放送と呼んでいる。これを聞くたびに頭が変になりそう。広告挿入民間放送も公共放送である。公共のための放送であり、放送電波を特定の人や私的に利用することは許されていない。無線電信電話法の下での国家管理は終わったが、放送電波は公共目的というのは、NHKのみならず広告挿入民間放送や有料民間放送にも共通である。放送法第1条は「この法律は、左に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。」と定めている。

確かに、放送法第7条に「協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように・・・・」とあるが、これは第1条の公共の福祉を再度繰り返しているのであり、NHKが公共放送であり、他の民間放送局は公共の福祉を重視しなくてよいとは全く述べていない。国という言葉は、CountryまたはStateの日本語訳であるはずが、NHKはGovernmentのことを国と言ったりする。日本語に限らず言葉が正しく使えていないと、正しい思考はできなくなる。

そんなことも考えて欲しいのだが、例えば、この1月2日の毎日新聞の記事:大雪:国道9号の大渋滞、行政の連携不足も一因と同じことを本日NHKはニュースで伝えていたが、その内容は、「行政にも問題があった」と述べていた。約10日を経過した時点で報道しているにも拘わらず毎日新聞より薄ぺっらい内容を報道していた。個人がU-Tubeで動画を組み込んだ報道ができる時代です。違和感を感じすぎます。

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2011年1月 9日 (日)

イレッサ訴訟の和解に反対する

大阪地裁と東京地裁で争われていたイレッサ訴訟について両地方裁判所が和解勧告を出しました。

日経 1月7日 肺がん薬「イレッサ」訴訟、和解勧告 東京・大阪地裁 副作用死「国・製薬会社に責任」

和解をしないで裁判において判決を受け、判決文を残して欲しいことから、書きます。

1) イレッサとは

イレッサ(Iressa)とは、肺ガン用の錠剤で250mgタイプ1種類のみです。製造会社は2009年売上高US$32.8 billion(約3兆円)の1999年にスウェーデンのアストラ(Astra)と英国のZeneca Group PLCが合併し設立されたアストラゼネカAstraZeneca(ホームページはここ)であり、日本での販売会社はアストラゼネカ株式会社(ホームページはここ)で株主はAstraZeneca PLCが80%、住友化学株式会社が20%です。

イレッサに関することについては、このEUのEuropean Medicines AgnecyのIressaに関するWebの説明がよいと思いますし、概要はここに英文であります。医療や薬に関することは、専門家の説明によるべきで、間違ったことを述べてはいけないのですが、この共同47ニュースの最新医療情報を読んでもイレッサによる肺ガンに対する大きな治療効果が期待できます。あるいは、ここに自立した肺がん患者同士で支え合う会を主宰している方がイレッサに関して書いておられるページがあり、この方々が厚生労働省に対して提出した文書が(ここ(1-6ページ)ここ(7-12ページ))にあります。その他イレッサに関する情報は、この厚生労働省の第2回ゲフィチニブ検討会(平成17年3月10日)配付資料がよいと思います。

寝たきりで酸素マスクを必要とした患者が、イレッサを服用することにより通常の生活をすることができる程度に回復した例が相当程度あることを認識してください。

2) 医療とは、薬とは

私は、医療と薬に関して次のように考えます。

医療とは、人間の体が本来は必要としないことを敢えてすることである。その医療によりある疾患が回復することが期待でき、プラス効果とマイナス効果の双方を勘案して、プラス効果が期待できるから実施する。しかし、期待であって、確実性はない。

薬は様々な影響を人間の体に及ぼす。期待する影響を効能・効果と呼び、それ以外を副作用と呼ぶ。あらゆる薬には副作用がある。効能・効果と副作用は疾病により異なり、また同じ疾病でも個人差が生じる。

薬を服用するにあたっては、常にその効能・効果と副作用を検査等によりモニターを継続する必要があり、特に新薬に関しては、注意してモニターをすべきである。同じ疾病で薬を変えた場合も、例えその薬が既に多く使われていても、自分のその疾病にどのように効能・効果があり、副作用があるかは、自分が服用してみないと分からない。

デジタルで考えるよりアナログで考えた方が、実態に合っていると思います。

3) イレッサ訴訟の和解に反対する理由

イレッサに効能・効果があることは確かです。しかし、副作用により死亡したとされている人も存在します。日本での販売開始は2002年7月で、ヨーロッパより早かったのですが、これは不適切であったのでしょうか?日本人女性の肺ガンに効果がよく現れるようで、このことが日本での承認が早かった理由ではないかと思うのです。販売承認で最終であってはならず、その後も副作用や治療効果の情報開示が適切に実施され、薬が有効に利用され、場合によっては販売禁止措置もなされねばなりません。

イレッサに関して販売承認、その後の情報開示等は、どうであったのでしょうか?これが一番の関心事です。そして、不適切な点があれば、改善をすべきです。例えば、医療行政には医師が必要です。直接治療に携わる医師のみが医療に必要なのではなく、病理や治療方法、薬開発、そして行政にも医師は必要であり、それぞれに適正な人数がいないと医療は提供できないのです。ブラックジャックや赤ひげ先生のみでは医療は発展しません。

従い、政府・厚生労働省の行政と薬屋のアストラゼネカの行為に問題があったのか、それは何であるかを裁判所が突っこんで欲しいのです。難しすぎて、放棄するのは、裁判所としてしてはならないことです。問題あれば、最高裁まで争って欲しいのです。何故なら、イレッサの副作用で死んだ人の命の問題ではなく、私の命の問題であるからです。

万一、和解の結果として、日本で新薬が販売されなくなったら、販売が遅くなったら、今のようにのんびりとドラッグラグなんて言っておられません。日本の医療は、世界最低レベルとなり、先端産業は全て破滅するような気がします。

4) 治療の問題点

個別の治療において問題点があったのか、なかったのかも、問題点の一つであると思います。即ち、安易にイレッサが服用され、副作用について適切にケアされなかった場合です。このような場合は、政府や薬屋に責任はないと思います。医師は、投与する薬について十分な知識を保有していなければならず、また投与後のモニタリングも適切に実施しなければなりません。

今後、日本も米国同様に処方箋を医師から受領するに当たり大量の書類にサインを求められるようになるでしょうね。仕方ありません。私は、サインします。治療や薬なんてやってみないと効果がよく分からないんですよね。モニタリングが重要であり、またモニタリングのデータの読み方も重要で、そのために患者は医師を必要とする気がします。

インフォームド・コンセントとは、実は医師から様々な説明を聞いて、結局はその中で医師が推薦する方法を選ぶことかもしれないと思います。そんな信頼関係が患者と医師の間で築けたなら、治療をしていて希望が持てます。

一方で、問題がある安易なイレッサの服用がなかったとは言い切れず、それは、それで解明すべきだし、個別に対応すべきと考えます。でも、今回の裁判は、この点を外しています。多分、意図的です。そして、医療裁判が行われる医事部も外しています。(冒頭の日経記事に、製造物責任法(PL法)という言葉があらわれていますが、そもそも副作用が常に発生する薬に対して適用するのが適切かという問題があると思います。)

5) マスコミ報道

2002年頃にマスコミ報道で「夢の新薬イレッサ」なんて報道はなかったのでしょうか。薬事法により医薬品の広告は規制されています。ちなみに、薬事法第66条第1項には「何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。」と定められています。しかし、マスコミ報道では「夢の新薬」なんて言葉を見たり、聞いたりします。

イレッサに関して、そのようなイメージをマスコミが患者に与えたことがあったらなら、マスコミは充分反省すべきと思います。間違った情報を発信続けるのがマスコミのように思える時がありますが、医療や薬に関して誤解を与える情報を発信したら悪影響が大きいと言えます。

最後に、肺がん患者セルフ・ヘルプ・グループ「カイネ・ゾルゲン」の意見書のある患者の文書からの一部を抜き書きしておきます。

私は2度手術が受けられ、抗ガン剤を使うこともできましたが、現在の選択肢はイレッサしかありません。2/14のNHK(生活ほっとモーニング)で紹介されていたように.、効果のあった人、現在使用して効果が出ている人がいることも(裁判のことばかりでなく)、マスコミで取り上げて欲しいと思います。そして地方で治療している私は、大都市の患者と同程度の情報を得たり、治療法を選んだりできる様、がん医療に精通した医師が地方にも配置されることを希望します。

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2011年1月 8日 (土)

正面から取り組んで欲しい年金改革

1月5日の毎日に次の記事がありました。

1月5日 毎日 年金改革:政府内に棚上げの動き 野党との隔たり大きく

1月5日の細川大臣の閣議後記者会見も踏まえての記事で、必ずしも単純に棚上げと言っているのではなく、いかようにも取れる内容と思います。(細川大臣の記者会見概要はこの厚生労働省のWebにあり。)

現状に問題があることは明白です。根本的問題であり、簡単に合意に達しない問題だけに、妥協をするのではなく問題の本質を国民に明らかにし、国民のための制度改革案を作成すべきです。

「民主党はマニフェストにこだわらず」とありますが、まず一番に放棄して欲しいことは、「政治主導」です。民主党の辞書では、政治主導=多数党の横暴であり、この方法は年金改革の検討にふさわしくありません。では、官僚主導かというと、そうではなく、やはりデータを示し、情報開示をして、複数の検討案を国民に開示すればよいのです。実は、年金を含む社会保障制度を整理していかないと税についての議論もできません。12月31日の2010年をふりかえってで述べたように、税収と社会保障費を2011年度予算案で比べると税収の70%が社会保障費です。

審議会方式では、委員となる人が高名な忙しい方々で、実質活動は困難で、官僚が作ったストーリーで動くことになります。政治主導では、アホの議員が無茶苦茶する。事業仕分けの方法では、公認会計士他その方面の素人が主役で、非難することが中心となり、新たな建設的なことをするのにはふさわしくありません。幅広い国民の代表が参加した形の検討をすべきです。最初の案は、コンサルタントやシンクタンクから公募を受け付け、その中で有力案を更に検討し、それを国民の代表も参加した委員会で議論をする形などが考えられるのではと思います。

年金改革や医療保険制度は、政治勢力の道具とせず、先ずは数字を積み上げて、問題点を国民に開示することから始めるべきと考えます。

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2011年1月 5日 (水)

歴史を読む

時には歴史に関する本もよいのではと、「新版 日本経済の事件簿」を読みました。色々と興味を持ちながら読むことができました。

もう一つ、歴史に関する本で「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」。加藤陽子氏が、2007年の年末から翌年の正月にかけて5日間神奈川県の栄光学園での講義をもとに書いた本で、非常に素直な本と思います。

講義を受けたのは、栄光学園の歴史研究部のメンバーが中心の中高生17名でした。しかし、中高生に関係なく読めるし、読むことにより歴史について考える出発点にたてる気がします。読むと、政治家の歴史発言は、確実ではなく、その逆のことに真実があると思えることが多く存在する。一つの観点でのみ見ることは誤ってしまうと思います。

私は、最近の日本は不況ではあるが、決してデフレではないと思っています。価格の下落があるのは、輸入品価格によるのであり、国内経済が主体で輸出入依存が低い旧式の経済モデルで論じても現在の状態を正しく反映できない。頭を自由に使って考えないと間違った答えを出してしまう。そんなことも、この本は警告しているのかも知れません。

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