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2011年1月20日 (木)

ドラッグラグに関して

ドラッグラグについては、正しく情報が伝わっていないように思います。例えば、次の「NHKあさイチ」です。

知っていますか?ドラッグラグ (1月19日)

専門家ゲストとして国立がん研究センター中央病院の藤原医師が招かれていますが、この紹介ページには、ドラッグラグの表面的な批判しか書かれていません。番組放映前に作成されたことから藤原医師のコメントを掲載するのが無理であったことは理解できますが、一部の面のみを書いて批判するより、冷静に番組を紹介すべきと思います。なお、どのような番組であるかと思って見たが、藤原医師以外は感情的に批判をしていました。病気になって可愛そうが先行します。しかし、本当の病状はTVの限界で無理と思います。やり過ぎるとプライバシーの問題もあると思います。また、この種の問題には複雑な側面があることから、素人の司会者が発言し、素人のゲストに多く発言させることの危険性も感じました。知らない人は、感情で反応せざるを得ない。

1) 薬とは

1月9日のイレッサ訴訟の和解に反対するの中で、薬について次のように書きました。

薬は様々な影響を人間の体に及ぼす。期待する影響を効能・効果と呼び、それ以外を副作用と呼ぶ。あらゆる薬には副作用がある。効能・効果と副作用は疾病により異なり、また同じ疾病でも個人差が生じる。

最も恐ろしいのは、薬が野放し状態になった時です。例えば、悪徳医薬業者が、効果がないにも拘わらず、高額で薬を売りつける。あるいは、重大な副作用がある薬を売りつける。

昨年8月に朝日は、2010年8月11日 代替療法ホメオパシー利用者、複数死亡例 通常医療拒むと報道をしました。医薬品としての販売でなければ、違法ではないと言えますが、この方のブログ、ただの砂糖(テンサイ糖)を1kgあたり、38万6700円で販売していると書いておられます。

効果があるかどうか、副作用があるかどうか、そんなことは患者の自己責任であり、患者の選択幅を広げ、医薬についても市場原理や競争原理を導入すべきと考える方もおられると思います。素人が判断することは、無理と思います。価格についても、ほぼ無理に近く、逆に、医師等専門家が効果がないと考える代替医療について、ある程度の人気があるとすれば、このことこそ素人が判断することの難しさを物語っていると思います。実際、病になると、患者も家族も藁をも掴む気持ちになります。逆に、そこを悪徳業者が狙ってとなる恐れはどうでしょうか?

医薬品は個人だけではなく、社会も管理する制度をつくり、運用し、維持し、発展させていくことが重要です。日本では薬事法等の法律をつくり、政府(主として厚生労働省)が法に定められた管理をする制度をとっています。それは、重要なインフラストラクチャーです。

2) ドラッグラグ

日本は法で、医薬品を販売をするには厚生労働大臣の承認が必要(薬事法14条)であると定めており、この手続きに関する医薬品の臨床試験の試験成績に関する資料の収集を目的とする試験の実施を治験と呼びます。(薬事法2条16項)

日本では、治験に時間を要しすぎているとの批判があります。しかし、治験をおろそかにしては何のための薬事法か、意味を失うのであり、治験を適切に実施することは必要です。

さて、医薬品の承認がおろそかであったとして訴訟になったのが、イレッサ訴訟です。1月9日のブログに書いたように、イレッサは有効な薬なのです。但し、副作用が強く出ることがあり、その為に使い方を間違うと危険な薬です。東洋人の非喫煙者の肺ガンに効果があるようです。1月9日のブログでは、裁判を継続して欲しいと書きました。イレッサの治験や承認あるいは副作用情報等の情報開示に問題があったのか、あるとすれば、それは何であるかを裁判で争って欲しいのです。争わずに、和解をしてしまえば、問題は表面化せず、場合によってはドラッグラグが悪い方向に行ってしまいます。裁判は、我々が持っている非常に重要なインフラストラクチャーです。このインフラストラクチャーを使わずして和解することに私は反対します。

3) 医師不足

日経メディカルOnlineの1月19日に次の記事がありました。

日経メディカルOnline 1月19日 減り続ける基礎医学の研究医

生理学や薬理学、解剖学、病理学などの基礎研究者になる“研究医”が減り続けていることが書いてあります。医師とは、患者の治療を直接行う臨床医以外に研究医があり、医療というインフラストラクチャーにおいて重要な役割を果たします。日本人で、そのような分野で活躍したのが渡辺 淳一氏が書いた小説遠き落日(上) (集英社文庫)の野口英世です。野口氏は、光学顕微鏡を武器に、病原菌を発見することによりその疾患による患者の多くを助けることができるという信念で生きました。

医師不足は、産科医と小児科医にのみ存在する問題ではありません。医師不足と基礎医学研究医の減少も同じ土俵の上にあると思います。そして、医師不足は医学教育を担うべき医師にも及んでしまい、そうなると先行きは暗くなってしまいます。患者をほっぽり出して、何が教育だとなるかも知れませんが、社会にとって基礎医学や医師の教育・育成は重要です。

治験や新薬開発にも医師は必要です。そして、医薬品の承認に関わる分野でも必要であり、厚生労働省にも優秀な医師の人材がいないと医薬品の管理ができません。薬事法が骨抜きになってはなりません。

4) 製薬会社

1月9日のブログで、イレッサを製造しているアストラゼネカの2009年売上高はUS$32.8 billion(約3兆円)と書きました。他の製薬会社が、どうかというと、Wiki(英語)によれば医薬品の売り上げでアストラゼネカの上を行くのは、Pfizer(米)$43.4billion、GalxoSmithKline(英)$36.5billion、Novartis(スイス)$36.5billion、Sanofi-Aventis(仏)$35.6billionがあります。日本勢では、武田薬品が$13.8billionで15位です。

1兆円を超える売上高とは、すごい大会社です。何故、そんな巨人になっているのかの理由の一つは、研究開発費です。絶え間なく、膨大な研究開発費を使って、新薬を作る。それしか製薬会社が生き残る道がないとの考え方です。Wikiでは、各社の研究開発費はPfizer(米)$7.6billion、GalxoSmithKline(英)$6.4billion、Novartis(スイス)$7.1billion、Sanofi-Aventis(仏)$5.6、AstraZeneca$3.9billionと7000億円から4000億円の研究開発費を支出しています。売上原価と研究開発費を比べて、金額的に同程度です。ちなみに、武田薬品とPfizerの2009年(武田は2009年度)の損益計算書の棒グラフを書いてみました。(米ドルと円は82円で換算しています。)

Takedapfizer2009

医薬品の開発にも医師が必要です。研究開発費とは、人件費が多くの割合を占めます。かつての日本経済は米国等からライセンスを取得して、海に面した工場で生産する製造業に依存していました。このビジネスモデルには相対的に安い人件費という側面がありました。今、日本の人件費は安くはない。多額の研究開発費を費やして高い生産性を生み出す技術を開発して、そのライセンス供与等で収入を得るビジネスモデルに変化しないと今後の成長は望めないと思います。

そのような産業の一つに医薬品産業もあると考えます。高学歴の高い能力を持った研究者を必要とします。しかし、ポスドクは日本では惨めであり、職がない。私の知っている人で、その人(女性)は日本人ではありませんが、日本の大学で博士課程を終えたのですが、日本で就職できず、米国で就職しました。医薬品関係です。あるいは就職試験で、何故女なのにマスターを出たのだと、女のマスター出など不要であるかのように言われたと不満を述べていた人もいました。

少し、ずれてしまったかも知れませんが、日本の将来を考えた場合、どこかずれていやしないかと思えて仕方ありません。

5) 費用問題

費用のことも考えておくべきです。次のグラフは2010年2月 1日の日米比較:医療、医療費、医療保険を考える(その6)で書いたグラフです。医療費の支出は伸びていますが、その中でも、薬局調剤費の伸び方が顕著です。その次のGDP、GNI、NNIのグラフと比べてみてください。

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20101gdp

医療費は、まだまだ伸びると思います。一方、医療費を考えることは、イコール医療保険について考えることです。日本では、承認された医薬品は基本的に医療保険(健康保険)の対象となっています。今後とも医療費が増加することが確実である以上、医療保険料はまだまだ増加します。一方、日本で医療費が保険料で全額賄われているかというと、そうではなく下の表のように、自己負担金を除く保険からの支出28.4兆円に対して、10.3兆円が国庫と地方自治体から国民健康保険、後期高齢者医療と協会けんぽに補助がなされています。

20102medinsurance5

現状でも増税が避けられないのに、医療費のことを考えれば、相当の負担になります。そこで、混合診療解禁を唱える人もいます。しかし、混合診療の解禁は、消費税率アップの問題よりはるかに大変な問題があり得ます。

医療や医薬品の価格は、医療保険制度の関係で、厚生労働省が決定している形です。統制価格です。ところが、自由競争と市場原理の導入は、極めて危険な側面を持っています。冒頭に戻ってしまいますが、藁を掴む患者は、市場に放り出されると、本当に藁を掴みます。患者が自分で自分たちで価格を評価し、適正に交渉することなど不可能に近いと言えます。混合診療解禁は、下手をすると、莫大な医療費支出につながる恐れがあります。

では、何が正しいのだ、どうすべきだとの議論になります。私は、皆が決めるしかないと思います。何故なら、これが正解だと言うのはないと思えるから。但し、ある一面のみを見て、決めないでください。複雑でありすぎるかも知れませんが、あくなき不老長寿への道は、下手をすると超格差社会に向かいます。どう管理すべきか、よく考えて進んでいきたいと思います。

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