日本航空の株式が9月19日から上場される予定である。9月10日に売出価格が決定され、9月11日から14日までを申込期間とし、9月19日に株式受渡となり、同日から売買可能。(実際には、株券は発行されず、証券振替機構の制度による。)国内で売出となる株式の引受人は全部で26の証券会社であり、全員参加と思われる。
売出株の合計は175,000,000株であり、国内売出が131,250,000株と海外売出が43,750,000株である。この175,000,000株は、株式会社企業再生支援機構による2010年12月1日の総額3500億円の出資であった。売出価格の決定は、9月10日であるが、仮価格3500円から3790円とのこと。日本航空の2012年8月3日の有価証券届出書(これ)は、1株3790円を想定売出価格としており、この価格を使うと、総額6632億円となり、再生支援機構が3132億円の有価証券売却益を得ることとなる。再生支援機構は、政府と預金保険機構がそれぞれ100億円を出資した株式会社であり、企業再生に成功し、その結果であり、喜ばしいことである。
しかし、会社更生法による更生手続きにおいて更生計画認可決定日(2010年11月30日)における株主は、その権利を全て失い、財産価値ゼロとなったのであり、債権者に対しても巨額の債権放棄がなされたのである。以下に私の試算を述べるが、債権(株主の権利を債権と呼ぶのは、変であるが、同等だとして)合計1兆円以上を踏み倒して、実現したことである。
単純に喜べることではないと思う。むしろ、政治色に彩られた政治劇に近かったように思う。権力を持った人間がすることは、恐ろしい。日本航空という企業をもっと合理的な形で健全化することは、できなかったのだろうかと思う。
以下に私の分析・試算を記載する。なお、当事者である植木社長の8月3日付「上場ご承認・株式売出決議について」という報告がここにあるが、むなしく思う。(その理由は、以下に記載しているので、お読みください。)
1) 会社更生法の手続き
日本航空は、2009年11月13日の平成22年3月期の第2四半期連結業績発表によれば、2009年10月29日に企業再生支援機構と事前相談を開始し、11月13日に事業再生ADR手続を申請した。企業再生支援機構は、2010年1月19日に会社更生手続きの下で支援することを決定し(参考)、日本航空は同日1月19日に会社更生法開始の申し立てを行い、同日開始決定となった。(日本航空の発表)
2) 営業収益と事業原価の推移
植木社長の8月3日の報告に「不採算路線からの撤退により事業規模を60%に縮小、40%の人員削減と20%の人件費単価の削減・・・・・」とあり、この部分を検証するために、グラフを作成した。
2008年頃は毎月1800億円程度の収益があったのが、最近は1000億円である。45%減である。これは、自然と輸送客・貨物が減少し、収益も同様に減少したのであり、植木社長の8月3日の報告のように、不採算路線からの撤退で良くなったとは思えないのである。もし、45%が不採算路線であったなら、政治色豊かな経営に徹していたことになる。上のグラフは自然に思えるのであり、むしろ今なお不採算路線からの撤退というようなことを述べることが間違っていると思う。
確かに、地方航空路線に不採算路線があったはず。しかし、それを会社更生法を理由にしなければ撤退できなかったとするならば、交渉力の弱い、政治に翻弄される会社であったのであり、企業の社会的責任や役割を正しく認識していなかったこととなる。(社長発言からすれば、多分今でも)
植木社長の8月3日の報告の人員削減や人件費単価の削減にも抵抗を覚える。何故なら、上のグラフで、営業総利益率はやはり25%程度であり、以前と比べて余り大きな改善はないと思う。固定費が大部分を占める航空輸送業において、営業総利益率が変動するのは自然の姿と思うからである。
なお、複雑怪奇に思えるが、会社更生法手続き前に上場していたのは、株式会社日本航空であり、今回上場予定をしているのは日本航空株式会社である。どう違うかというと、以前の上場会社は、JALとJASが企業統合する際に持ち株会社として設立された会社であり、会社更生法開始の申し立て時は持ち株会社の子会社であった株式会社日本航空インターナショナルが持ち株会社やジャルウェイズと2010年12月に合併し、2011年4月に現在の社名に商号変更した会社である。なお、JASと日本航空インターナショナルは2006年に合併済みである。
これだけでも、複雑であるが、会社更生法手続きが関係しているので、更に複雑な面がある。まずは、2010年3月期は、2010年1月に会社更生法開始決定となったことから、期末連結財務諸表は作成されておらず、2010年11月30日に更生計画認可決定となりこの日で会計年度が区切られ、2010年12月1日以降の分しか連結財務諸表は発表されていない。そこで、上のグラフは、四半期決算発表も使用しているが、2010年1月20日から11月30日については、日本航空インターナショナル単独の営業収益・費用で表示した。結果、1年でない決算期間が存在することから、その期間内の月平均を計算して上のグラフは月平均の数字である。
3) 株主の損失
そもそも株式投資の結果である株主権とは債権に劣後するのであり、価値を失うことはあり得る。従い、この議論は、意味がないとも言えるが、あえて計算するとなると、株主が会社に払い込んだ金額合計が一つの金額である。それは、4059億円であった。
一方、2009年11月の時点の株価では、67円程度と了解する。これで、計算すると2242億円(A株式も同一価格とした)となる。2009年3月頃は、200円ほどであったので約6693億円となる。
しかし、5)で述べているが、100%減資の資本金と資本剰余金減少差益を利益計上し、それを今後の配当原資としているのであり、割り切れない気持ちである。
4) 債権者の負担
2010年11月30日の更生計画認可決定により87.5%の免除が認められ、12.5%の債務額になった。債務免除は社債には適用されないと、この日本航空の記者会見では述べられている。しかし、競輪とオート レースの公益資金に関わる車両競技公益資金記念財団の平成22年度決算報告書には、同財団が日本航空社債を保有しており社債の弁済率が12.5%になったと記載されている。(5ページ)
日本航空は、5837億円(個別決算では5896億円)の債務免除益を2010年12月1日から翌年3月の会計年度で計上している。ちなみに、2009年12月末の社債未償還残高と長期借入金残高は672億円と7779億円の合計8451億円であった。
企業債務としては、従業員及び退職者の企業年金がある。2009年3月末では、退職給付債務8010億円と年金資産4084億円があった。これが、2010年3月末には退職給付債務4065億円と年金資産2374億円に減少となっている。植木社長の8月3日の報告にある「企業年金最大53%削減」と述べた部分である。厚生年金と社員が自らの給料やボーナスを拠出した部分は、これには含まれておらず、会社が負担する企業年金部分の話である。
5) 赤字と黒字
会社更生法手続き前に上場していたのは、持ち株会社であり、今回株式を売り出すのは持ち株会社の子会社である。2010年12月に子会社を存続会社として合併しているので名称のみとも言える。本当は、連結財務諸表で評価すれば良いのであるが、2009年4月1日から2000年11月30日までの期間に関する連結財務諸表は、発表されていない。そこで、連結株主資本変動計算書の株主資本の部分について次の表を作成した。
2009年4月1日から更生計画認可決定日の2010年11月30日までの20月の期間については連結財務諸表はないが、前後の残高から計算をした差額である変動額は、連結対象会社が同一であるとすれば、この期間の変動額と一致するはずである。
なお、もう一つ参考として、旅客輸送実績を上の会計期間毎に作成した。1年でない期間があり、合計を月数で除した毎月平均輸送実績とした。
国際線の旅客輸送は、実は2008年3月頃の半分になっているのである。表の株主資本の推移で、利益剰余金の当期変動額が当期利益に一致すると基本的に考えてよい。2009年3月期の632億円のマイナス変動は、この期間の損失とほぼ一致する。上の2)のグラフで営業収益から事業費を差し引くた営業総利益が2008年3月期では400億円近くあったのが、200億円程度になっているのが分かる。2)のグラフは月平均なので、12倍すると年間ベースとなる。実際の営業総利益減少額は1901億円であり、2009年3月期の当期利益は632億円の純損失となった。
次に、2009年4月から2010年11月の期間であるが、この期間に1兆1600億円もの損失を出しており、営業収益減少の影響のみであれば、1000億円・2000億円の損失であったかも知れないが、はるかに大きな金額の損失である。これは、2010年1月19日に会社更生法の開始決定がなされたことに関係する。日本航空は会社更生法83条の時価による財産の評定を実施した。おそらく5000億円・6000億円程度の財産評定損になっていると思う。それ以外には、それまで計上していた退職給付債務に関わる未認識数理計算上の差異等を一度に認識し、引当金を追加計上して費用処理してしまった。同じ期間に、退職年金を引き下げ利益計上したが、それでも費用処理額だけで3000億円を上回る。なお、1兆1600億円損失の全てには迫れず、甚だしい巨額の(帳面上の)赤字を計上したのである。ちなみに、日本航空インターナショナルの損失は、もっとすごく、この期間に1兆8271億円の純損失を計上した。持ち株会社の借入金に連帯保証をしていたりして複雑であり、連結消去されるべき部分があり、分析・判読が容易ではない。
さらに次の2010年12月から2011年3月までの4月間の期間であるが、1兆183億円の当期利益を計上している。この利益の中には、債務免除益5837億円があり、そして期首資本金と資本剰余金を取り崩し利益剰余金に振り替えた3973億円がある。これで合計9810億円である。
6) 法人税は当分無税?
法人税法33条は、資産の評価損の損金不算入等を定めている。しかし、第4項で再生計画認可の決定があつた場合の資産の価額の評定については損金の額に算入するとしている。
そして、債務免除益について法人税法59条では、会社更生等による債務免除等があつた場合の欠損金の損金算入により、債務免除金額が損金に算入され、債務免除益と相殺される。
これが、この朝日の8月9日記事「日航、税金免除は3110億円 国交省が試算」につながるのである。
2012年3月末の連結財務諸表では、税効果関係の注記として繰越欠損金を原因とする繰延税金資産として3922億円が表示されている。繰延税金資産の小計は5297億円となるが、評価性引当金として4905億円と記載し、繰延税金資産合計393億円と注記し、さらに繰延税金負債が414億円あるとして、純額では繰延税金負債が21億円になるとしている。連結財務諸表は、あずさ監査法人が監査をしており、正しいとすべきである。しかし、この評価性引当金とは何であろうか?貸借対照表に表示されていない。この引当金を控除した純額で繰延税金資産・負債が計上されている。私は、更生会社であり、確実に課税所得を将来にわたり計上し、将来の税の支払いを減額するかどうか不明であるとして、繰延税金資産の計上を押さえるための手段であると思える。もし、繰越欠損金を原因とする繰延税金資産が計上できたなら、日本航空の税引き後の純利益はそれだけで3922億円増加し、これを原資とする株主配当も可能となる。
いやはや、恐ろしいことである。投資家が会社更生法手続き前に払い込んでいた4059億円を配当可能利益に振替をし、5837億円の債務免除益を計上し、退職給付債務は減額し、その上税金まで当面は払わない。法の抜け穴的な会社再建をしていると思える。
私と、同じような考え方をされる方もおられるようです。
時事ドットコム 8月31日 競争にゆがみ=日航再建で-公取委員長
ところで、法人税法59条の債務免除益と同額の損金が税務上は認められ、その後の事業年度においては法人税法57条の「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し」により、9年間持ち越しが可能なのであるが、57条は昨年12月の改正で80%制限となった。会社更生法による場合80%制限があるのか、また通常の青色繰越欠損金との関係はどうなるか、57条第5項や法人税法施行令112条第9項が関係するのであるが、複雑で読み切れていない。
7) 会社更生法や企業再生支援機構の介入は正しかったのか?
集客力が落ち、営業収入はジリ貧であったのは間違いないが、日本航空は、会社更生法開始の申し立てをするほど、業績が悪かったのかと思う。日本航空と全日空の比較を書いたが、それほど悪いわけではなかった。日本航空への政府介入に反対するなんてことを書いたこともあった。日本航空株式の株式存続を望むでは、100%減資の反対論を書いた。そして、解雇についての問題点というか、あまりにも無責任に思えて、日本航空整理解雇から考えるを書いた。
会社更生法や企業再生新機構の介入による再建には無理筋があったと思える。ゾンビ体質を改善すべきが、ゾンビ体質を強化しているように思える。本当は、市場競争の中で、魅力ある企業に変身すべきが、変な体質を温存した。植木社長の8月3日付報告にも「3500億円を国庫にお返しできる」と述べている。株式会社企業再生支援機構は50%が政府出資であり、残る50%も民間銀行資金の出資ではあるが公的性格が強い。いずれにせよ、国庫へ返せるのではないし、好業績は多くの犠牲の上に築かれたのである。税でこれから巨額の恩恵を受けるのであるし、この挨拶を読むと、こんな人が経営者であってよいのかと思ってしまう。変な政治介入を拒否して、何故事業再生ADRで押し通さなかったのか、結局それが日本航空の体質であると言えばそれまでであるが。
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