過労死の本質問題
電通の高橋まつりさんは、2015年入社で、その年の12月25日に社宅マンションから飛び降り自殺をした。過労死・ブラック労働・残業規制等様々なことが言われており、検討がなされている。
遙洋子氏が日経BPに『遙なるコンシェルジュ「男の悩み 女の嘆き」』と題するエッセイを書いておられる。いつも辛口で、鋭い切り口で書いておられる。本日は、次のエッセイを書いておられた。
「“出家”して何が悪い」 「死なない」。そのことについて、よかったと思う
この中で、過労自殺に関して『「そうは見えなかった」という人には「あなたが見ようとしなかっただけではありませんか」と返したい。』と書いておられる。
ぐさりと突き刺さる鋭い表現と受け取った。高橋まつりさんは、もしかしたら苦しみを誰にも打ち明ける事ができなかったのではと思う。それは、高橋さん自身の問題であるかも知れないが、恋人・家族・友人にも高橋さんの悩みを聞いてあげる事ができなかった問題であるとも言える。職場の同僚・上司・経営者にしてもそうである。自殺に追い込むような環境の職場が正常とは言えない。同僚にしても、同時に自分自身にもあてはまる問題である。
生活をしていくこと。生きていくこと。そのような中で、最も大切なことは、何であろうか?その一番重要なことを忘れてはならない。愛なのかな?配偶者でも、恋人でも、愛人でも、家族でも親友でも良い。悩みや苦しみを告白できる人を持つことも重要である。
<追伸>
しかし、高橋まつりさんは、何故電通なんかに就職したのだろうか?広告代理店業なんて、収入は良いかも知れないが、私なんか好きになれない業種である。人を誤魔化して金を得ると言えば、言い過ぎであろうが、そのような面はあるし、広告代理店業が稼ぐ力とは、客と依頼主に過大評価させる事であるとも言える。一生をかけるなら、世のため人のためになると自分自身が思える仕事をする事である。
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