黒部ダム(2)環境影響評価
黒部ダムの環境関連について、もう少し触れてみたいと思います。
1) 環境影響評価
黒部ダムが建設された当時は、環境影響評価や環境アセスメントに関する現行の制度は存在しなかった。しかし、ダムの建設および運用に関連して発生する環境への負荷や影響が無視されたわけではない。
環境影響評価法が日本で制定されたのは1997年であり、環境基本法のその4年前の1993年である。但し、1972年(昭和47年)6月に「各種公共事業に係る環境保全対策について」が閣議了解されて以来「公有水面埋立法」等の個別法、各省庁の行政指導、地方公共団体の条例、要綱等により環境影響評価か行われることになり、公共事業での環境アセスメントが導入され、1975年頃までには港湾計画、埋立て、発電所、新幹線についての制度が設けらていた。1972年以前に建設された黒部ダムは、環境影響評価の対象になり得なかったのであるが、建設地が国立公園内であり、国立公園法(注1)の適用対象となった。
昭和40年9月に関西電力株式会社により黒部川第四発電所建設史が発行されており、その中に資料として「黒四建設史年表」がある。この「黒四建設史年表」に『(1955年)30.12.15 黒四建設に係る諸行為につき、国立公園法に基づく許可申請書提出』とある。その4か月前となる部分に『(1955年)30.8.18 日本自然保護協会、黒四発電に関する反対陳情』とある。決して、反対運動がなかったわけではない。
国立公園協会発行「国立公園 81 AUG. 1956」に田中敏治氏が『黒部川発電問題の回顧』という文章を書いておられる。当時の黒部ダム建設に関する環境保護・自然保護に関する意見と考えることから、その一部を紹介する。
この計画が国立公園に及ぼす影響としては、黒部峡谷の核心である国際的規模を有する下廊下一帯の峡谷水を奪うことによって決定的な景観破壊が行われることが予想される重大問題であるので、昭和29年、30年の夏2回に亘り国立公園審議会委員の参加を願い、実地踏査を行い検討を重ねた。 |
1956年(昭和31年)6月30日に厚生省からの許可が出て、建設省から1月ほど後の7月28日に河川法水利使用変更許可が、そして8月27日に河川法工事実施認可が出た。8月31日には、建設に関する工事請負契約が完了した。
2) 黒部川扇状地農業用水問題
黒部川扇状地では、古くから稲作が営まれてきたが、黒部川の水温が低冷であることから、稲作冷水温障害が発生することもあった。黒部ダム建設・運用により川水の温度が下がれば、冷水温障害の発生確率が高くなる恐れがある。
この冷水温障害に関して、「黒四建設史年表」には、(1959年)34.8.22に「令水害補償妥結」とある。村串仁三郎氏が書かれた中部山岳国立公園内の黒部第四発電所建設計画と反対運動」は、次の様に記載している。
一方,黒部第四発電所建設計画に反対していた地元農民も,1956年8月15日の『富山新聞』によれば,「黒部第四発電所建設をめぐる冷水害問題は十五日の午前十時から県知事室で関電代表と地元代表の間で話し合いが行なわれ,関電側の譲歩により午後四時両者の間に仮調印,ここに今春いらいもんでいた難問は解決をみた。このため県ではちかく発電所の工事認可をあたえるもようである。」と指摘し以下のように報じた。 「この日,県側高辻知事,成田副知事,川崎総務部長,中田農地部長,県会側柚木農地委員長,地元代表笹島,古市,油谷三県議,荻野黒部市長,金森朝日町長,米澤入善町長,永口舟見町長,関電側から森副社長らが出席して,約七時間の長時間の秘密会議を開き知事のあっせん案を協議した。 その結果根本方針である食糧増産,電源開発の二点を双方の立場から解決することに急速に話がまとまり。 一,上流の貯水池で表面水を取る施設をする。 二,本流発電所の水とかんがい水を分離する。 三,流水客土事業に県も協力する。 の三項目の協定事項を了解し,森副社長と地元代表者の間に仮調印を行った。」 |
表面取水のための取水設備は、ダム湖右岸(東側)にあり次の写真(Google MapのStreet Viewで作成)の白丸部分の設備である。
表面取水とは、水は摂氏4度において比重が最大であることから、外部から熱が加わらない場合は、比重の大きな4℃の水が底部に滞留する。従い、ダム湖の湖水面付近が水温が相対的に一番高く、水面付近で取水するような方式の設備が表面取水設備である。
具体的には、上の写真の道路に見える部分がダムの堤頂であり標高1454m。黒部ダムの基礎岩盤面は標高1268mであり、基礎岩盤面から堤頂までのダムの高さ(堤高)が186mであり、日本一高いダムである。ダム湖の満水位は、堤頂から6m低い標高1448mであり、ダムの設計利用水深60mを差し引いた最低湖面位置は標高1388mとなる。取水した水は、延長10,317mの取水トンネル(ダム位置で標高1365m)を通って圧力鉄管の上部(標高1330m)まで流れる。従い、取水位置は標高1388mから1365mの間であるのが通常と言えるが、水面下最大70mになるかも知れず、低水温の取水となるかもしれない。
そこで取水位置を調整することができる設備を設置したのである。上からの写真(Google Map)は次である。
(注1) 国立公園法(1931年(昭和6)年4月1日公布)は、1957年(昭和32年)6月1日に自然公園法が公布され、廃止された。
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