福島原発ALPS処理水について考える
間もなく福島原発ALPS処理水の海洋放出が始まろうとしているが、無責任な当事者や関係者が多すぎように思う。
1) 感情論のみで非論理的な漁協
7月30日に西村経済産業大臣と福島県漁業関係者との面会があったとのこと。 このNHKの報道 に接して驚いた。「処理水を放出したあとは、子どもたちにとれた魚を食べさせないという声が出ている」との懸念の声が漁協側から出たとある。 事実とは異なる情報により発生した被害を風評被害であるとして、自らが風評被害の発生源となる恐ろしさである。 声の主が漁業関係者や福島の人達だとすれば、反対のための反対をするための発言だと思ってしまう。 こんな発言を聞けば、皆恐ろしがって福島の魚を食べなくなる。
やるべきことは、論理的・科学的に分析・検討して、その結果問題点があれば、その改善を提言する。 安全なら、漁協自からも福島の魚は安全であり、食するに問題ないと広報・働きかけを行い、政府にもその広報の拡大・浸透に協力を求めるべきである。
2) 国際原子力機関(IAEA) 包括報告書
7月4日にIAEAのRafael Mariano Grossi総局長は岸田総理と会見し包括報告書を手渡した(読売のニュースはここ IAEAの発表はここ )。 IAEA報告書こそ、福島原発事故処理に関する一つの大きなマイルストーンと考える。 地球上での原発事故は残念なことだが、福島が最後とは限らないだろう。 万一、事故が発生した場合に、その国が国家主権を盾に外国の関与を拒むことがあるかもしれない。 IAEAが原発の事故処理、安全確保に関与することは重要であると考える。
原発事故が発生した場合、放射能汚染は、原発が位置する国に止まらない。主権国家が、幾ら法律を作っても、放射能は法律を守らない。放射能という物理的性質に対応して人類は対処しなければならない。 原発事故が発生した場合、IAEAが関与し、国家秘密を作らせず、必要な情報開示をすることを原発に関する国際的なルールにすべきと考える。 今回の福島事故に関するIAEAの関与については大賛成である。
IAEAの包括報告書はIAEA発表の中にリンク先がある。包括報告書は、信頼性高いと考えられ、タスクフォースには多くの国の専門家を含んでいると述べられている。アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、中国、フランス、マーシャル諸島、韓国、ロシア、英国、米国、ベトナム。
ALPS処理水については、IEA包括報告書は次の様に述べている。(Executive SummaryのPage v)
The IAEA recognizes that the discharge of the ALPS treated water has raised societal, political and environmental concerns, associated with the radiological aspects. However, the IAEA has concluded, based on its comprehensive assessment, that the discharge of the ALPS treated water, as currently planned by TEPCO, will have a negligible radiological impact on people and the environment. |
<ブログ主の参考訳> AEAは、ALPS処理水の排出が、放射能汚染について、社会的、政治的、環境的な懸念を引き起こしていることを認識している。しかし、IAEAは、包括的評価として、東京電力が現在計画しているALPS処理水の排出は、人々および環境に対する放射線による影響はごくわずか(Negligible:無視可能域)であると結論付けている。 |
IEA包括報告書24ページ(2.6 人体への放射線影響)に関する表も興味深い。
国際基準 | ALPS処理水排出の場合(一人あたり) | |
通常の稼働状況での被爆リスク | 年1mSV以下 | 年0.000002-0.00mSVm |
事故等非常時の被爆リスク | 1事故5mSV | 1事故0.002から0.01mSV (下記参照) |
事故時の被爆想定は、希釈前のALPS処理水のタンク10,000m3から漏水して海に流れ出た場合と10,000m3の3つのタンクから事故で1日間漏れ出した場合としている。 なお、環境省はこのWebのように日本平均の放射線被曝量は年2.1mSVと述べています。 海洋生物への影響についての表もある。(27ページ)
国際基準(国際放射線防護委員会ICRP) | ALPS処理水 |
|
カレイ・ヒラメ | 1日10-100 mGy | 1日0.0000007mGy |
カニ | 1日10-100 mGy | 1日0.0000007mGy |
海藻類 | 1日1-10mGy | 1日0.0000008mGy |
海洋生物とは、多くが産卵からの平均寿命は極めて短いのであり、放射線の影響は人間や陸上動物とは異なる。 なお、海洋生物への影響であり、食用として摂取する場合の基準ではない。しかし、福島産の魚類等の放射線は測定不可能なレベルである(例えば、ここ に福島県の水産物検査結果があるが、海の物は全て検出せずとなっている)。 ALPS処理水を海洋放出しても、変わらないし、3H(トリチウム)を問題にするとしても、海洋中に既に存在するのであり、有効な測定方法はない。
IAEAがALPS処理水海水放出に問題なしとしているのだから、日本政府に日本及び世界に対して安全性を訴えるよう要求するのが漁業者としての賢い戦略と私は思う。風評被害の支援は、方向が間違っているように思う。
3) ALPS処理水
ALPS処理水の放射性物質は、そのほとんどが3H(トリチウム、三重水素)であり、分析結果を探すとIAEAの2023年5月の報告書の第5表に次の分析結果があった。単位は、1リットルあたりのベクレル(Bq/L)である。
ALPS処理水の排出について、東京は電力はこのWebで、100倍以上に希釈した上で、トリチウム放出量は22兆ベクレルを下回る水準にすると説明している。上の表で3H(トリチウム)の数字が一番高いのはLS(スイスの研究所)mp165,800Bq/Lであり、100倍の希釈だと1658Bq/Lに止まるが、100倍以上だし、サンプリング測定も実施するので、問題はないと考える。
4) 年間排出量22兆ベクレルについて
次に年間排出量22兆ベクレルについて考える。
このトリチウム(3H)に関する説明は多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(第8回)における資料であり、3ページ目に日本の原子力発電所からの3H(トリチウム)の排出量についての記述がある。この3Hの排出量について、もう少し調べてみる。次は、東京電力福島第一原発で2003年度から2009年度まで海洋放出した3H(トリチウム)の量である。なお、この数値は原子力規制庁・原子力規制委員会が公表している原子力施設に係る放射線管理等報告((2012年までは原子力安全基盤機構による原子力運転管理年報)からである。
日本における3H(とリチウム)の原子力発電所毎の年度別排出量は次のグラフの通りである。
発電所別ではなく都道府県別に整理すると次の様になりました。
何故、原子力発電所から3Hが排出されるかですが、ここに日本原子力産業協会の説明がある。 この説明によれば、核分裂や10B(ホウ素)の中性子照射により3Hが生成され大部分は燃料棒内に止まる。しかし、それ以外に制御棒に含まれる10Bや一次冷却水に添加されている10Bが中性子照射を受けて3Hが生成され、これが3H海洋放出となる。
3H放出量は、沸騰水型原子炉(BWR)と加圧水型原子炉(PWR)では、PWRでの放出量が多く、PWRの原発が運転されている福井県、愛媛県、佐賀県、鹿児島県、北海道における3H放出量が大きい。
ALPS処理水排出基準にしようとしている22兆ベクレルの由来であるが、上に示したこのトリチウム(3H)に関する説明の5ページ目に福島第一原発の「事故前の放出管理目標値は年間22兆ベクレル」とある。これを採用したのである。この22兆ベクレルは日本全体での過去最大が400兆ベクレルなら、その20分の1。現在日本全体で100兆ベクレルとすれば、その5分の1である。放出しないで管理することのリスクと低レベルに希釈して管理して放出することのリスクを考えれば、放出が妥当であると考える。
なお、福島第一原発の事故時に海域に流出した3Hは存在し、100-500兆ベクレルと言われているが、この流出は管理報告の対象外であり、除外している。
5) 世界の3H放出量
環境省のこのWebページに世界の原子力施設からの3H排出量の比較があり、フランスのLa Hagueという施設は年11,400億ベクレルということで、福島事故前の日本全体の水準の30倍という水準である。(環境省の説明は英語のみであり、日本語のページでは、幾ら探しても出てこない。 日本国民をどう考えているのだろうかと思ってしまう。)
La Hagueは、原子力発電所ではなく、MOX燃料等をつくる核燃料再処理工場である。日本も使用済み核燃料の加工をフランスに委託しており、La Hagueでの3H排出に無関係ではない。日本とフランス両国における3H排出量は次のグラフの通りである。
また、4)の文章の出だしで引用したこのトリチウム(3H)に関する説明の最終9ページ目には次の図があり、世界では多くの施設で3H(トリチウム)が放出されている。
La Hagueに見られるように、使用済み核燃料の再処理では特に多くの3Hの放出を伴うようです。日本でも、六ヶ所村再処理工場の稼働が始まれば、3Hの放出があるはずです。 廃炉にした日本の研究開発炉「ふげん」、「もんじゅ」からも3Hは現在も海水放出されている。 原子力潜水艦から、量は把握できていないが、3Hを放出される。 なお、核実験こそ、大量の3Hを放出する。次のグラフはフランスIRSNのこのページ(トリチウムと環境)にあるグラフで、1963年頃北半球に於ける大気中の3Hは異常に高かったことが分かります。 1963年に部分的核実験禁止条約(PTBT)が結ばれ、大気中、海中、宇宙に於ける核実験の禁止が当時米・ソ・英で合意された。 考えれば、水素爆弾とは2H(二重水素)や3H(トリチウム)の核融合エネルギーを利用する爆弾である。
本テーマについては、報道等で取り上げられても、ある部分のみだけを伝えているのみと考え、ブログ主が考えていることを書いてみました。 ALPS処理水排出は夏休み明けなんて、良かれと思って発言されたと理解するが、風評被害の拡大にもなりかねない可能性がある。よく考えねばと思います。
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