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2025年12月 7日 (日)

ハル・ノートと真珠湾攻撃

1941年12月8日の真珠湾攻撃により、米国との太平洋戦争は始まった。

東条内閣は1941年10月18日に成立し、東条英機氏が総理大臣に、外務大臣に東郷茂徳氏が就任した。 米国との交渉については、それまで首都ワシントンで交渉にあたっていた野村大使に加えて、来栖大使を派遣することを決定。 来栖大使は11月5日追浜から海軍機で台北に、台北から船で香港へと。 香港からは、パンアメリカン航空の大型飛行艇「クリッパー」(参考 このページ )でサンフランシスコに飛んだ。 「クリッパー」に来栖大使が座席を確保できたのは、米国政府の助力があったからであり、米国政府も戦争回避の意欲があったと考える。 来栖大使はサンフランシスコからニューヨークのラガーディア空港に11月15日到着し、野村大使の出迎えを受けた。

東条内閣は甲案および乙案の2案を日米国交調整に関する方策として11月5日の御前会議にで決定した。 甲案は、11月7日にハル国務長官に提出された。 乙案は、米側が甲案に対して著しい難色を示し、妥結不可能な際に局面打開策として提示するとされた案である。 乙案は、11月20日野村大使、来栖大使がハル国務長官を訪問し提出した。

ハル・ノート(文書のタイトルはUnited Staes Note to Japan November 26,1941 である)は、日本の野村大使・来栖大使が1941年11月26日に米国首都ワシントンで受領。 そして、12月7日(現地時間)午後2時20分にワシントンでハル長官に交渉打ち切りの文書を手交した。 午後2時20分とは、真珠湾攻撃の1時間20分後のことであった。 タイピストは使うなと外務省から指示があった。 

ハル・ノートの全文は、参考として例えばここにあります。 なお、ブログ主による日本語参考訳は以下です。


1941年11月26日 ハルノート 参考日本語訳

訳者 秋月貞造

アメリカ合衆国政府及び日本政府の代表者は、過去数ヶ月にわたり、平和、法と秩序、並びに国家間の公正な取引の原則に基づき、可能な限り太平洋全域に関する諸問題の解決を図ることを目的として、非公式かつ予備的な協議を続けてきた。これらの原則には、すべての国家の領土保全及び主権の不可侵の原則、他国の内政不干渉の原則、商業上の機会及び待遇の平等を含む平等の原則、並びに紛争の予防及び平和的解決、並びに平和的方法及び過程による国際状況の改善のために国際協力及び調停に依拠する原則が含まれる。

我々の協議においては、太平洋全域を包括する平和的解決の基礎をなす一般原則に関して、一定の進展があったと信じている。最近、日本全権大使は、日本政府が太平洋地域の包括的かつ平和的解決に向けた対話を継続することを望んでいること、また、太平洋における平和的解決を目指す対話が続行され、暫定合意に向けての好ましい雰囲気の醸成が有益である旨を表明した。11月20日、日本全権は国務長官に対し、日本政府と米国政府がそれぞれ講じるべき暫定措置に関する提案を伝達した。これらの措置は、上記に示した目的を達成するためであると了解する。

アメリカ合衆国政府は、太平洋地域の平和と安定の促進及び維持に貢献することを切に願い、太平洋全域における広範な平和計画の策定に向け、日本政府との協議を継続することを切に望んでいる。日本全権が11月20日に提示した提案は、米国政府の見解では、互いの政府が遵守を表明しており考慮中である包括的解決の一部の基本原則と矛盾する点が含まれていると考える。米国政府は、この提案による合意では、太平洋地域における法と秩序と正義に基づく平和の確保という最終目標の達成にはならないと考えており、互いの更なる努力が必要であり、既に述べたように基本原則の現実的適用についての互いの見解の相違を埋めていく努力が必要と提案する。

この目的を念頭に、合衆国政府は日本政府の検討のために、太平洋全域を包括する広範かつ簡素な解決案を提案する。これは、今後の協議の中で実現されるべきと米国政府が考える計画の一つの具体例としての提示である。

本案に示された計画は、1941年6月21日付の米国案と9月25日付の日本案との隔たりを埋めるべく、太平洋地域における包括的解決に向けての基本的重要事項に対して新たなアプローチを試みるものである。本計画は、我々が協議して合意した基本原則の現実的適用に関する規定が含まれており、これこそが正しい国際関係の唯一の基盤となるのである。この方法により、両国政府間の意見の一致に向けた進展が促進すると期待する。

 厳重機密、暫定事項、無拘束

1941年11月26日

 日米基本合意の骨子

第1章

政策共同声明(案)

アメリカ合衆国政府及び日本国政府は、ともに太平洋の平和を追求するものとして、両国の国家政策が太平洋全域における恒久かつ広範な平和の追求にあり、同地域においていかなる領土的野心も有せず、他国を威嚇する意図も近隣諸国に対して積極的に軍事力を行使する意図も有しないことを確約する。従い、両国はその国家政策において、相互及びその他全ての政府との関係の基盤として以下の基本原則を積極的に支持し、これを積極的に適用することを確約する:

  1. すべての国家の領土保全及び主権の不可侵の原則
  2. 他国の内政不干渉の原則
  3. 商業上の機会及び待遇の平等を含む平等の原則
  4. 国際的協力及び国際紛争の予防及び平和的調停による解決、並びに平和的方法及び条件による国際状況の改善の原則

日本国政府及びアメリカ合衆国政府は、慢性的な政治不安の解消、経済崩壊の再発防止、並びに平和の基盤を構築するため、相互的及び他国・他国民との経済関係において、以下の原則を積極的に支持し、実際に適用することに合意した。

  1. 国際商業関係における非差別の原則
  2. 国際経済協力の原則と過度な国家主義となる極端な貿易制限の廃止
  3. すべての国による原材料供給への自由アクセス(差別的アクセスの禁止)
  4. 国際商品協定の運用に関する消費国及び消費者の利益を完全に保護する原則
  5. すべての国々の基盤産業及び持続的発展の資金支援を行う国際金融制度及び機関の設立を行い、かつ、すべての国の福祉と調和した貿易に必要な支払いを可能とする原則の確立

第2章

米日政府の今後の実施事項

米国政府および日本政府は次の要領での実施を提案する。

  1. 米国および日本政府は、大英帝国、中国、日本、オランダ、ソビエト連邦、タイ、及びアメリカ合衆国の多国間相互不可侵条約の締結に最大限の尽力を行う。
  2. 両国政府は、アメリカ、イギリス、中国、日本、オランダおよびタイの各国政府間で、フランス領インドシナの領土保全を尊重することを誓約し、また、インドシナの領土保全に対する脅威が発生した場合、当該脅威に対応するために必要かつ適切と見なされる措置を講じる目的で、即座に協議に入ることとなる協定を締結するよう尽力する。この協定は、同時に、協定の締約国である各国政府が、インドシナとの貿易または経済関係において優遇措置を求めず、受け入れず、また各締約国がフランス領インドシナとの貿易及び商業において平等待遇となるよう、その影響力を行使することを規定する。
  3. 日本政府は中国及びインドシナから全ての陸軍、海軍、警察力を撤収することとする。 
  4. 合衆国政府および日本国政府は、臨時首都を重慶(Chungking)に置く中華民国の国民政府以外のいかなる中国の政府または政権も、軍事的、政治的、経済的に支援をしない。
  5.  両政府は、中国の国際共同租界および租借地における権利、ならびに1901年の北京議定書(義和団事件に関する最終議定書)に基づく権利を含め、治外法権的権利をイギリスおよびその他の政府が放棄することについて、これらの政府の合意を得るよう努める。
  6. アメリカ合衆国政府及び日本国政府は、アメリカ合衆国が生糸を非関税品目とすることを含め、相互の最恵国待遇及び両国による貿易障壁の削減に基づき、日米間の貿易協定の締結に向けた交渉を開始する。
  7. アメリカ合衆国政府及び日本国政府は、それぞれ、米国内における日本資金の凍結規制及び日本国内における米国資金の凍結規制を解除する。
  8. 両政府は、ドルと円の交換レート安定化計画に見合った十分な資金を割り当てて、計画に合意するであろう。その資金は、半分を日本が、残り半分を合衆国が供給するものとする。
  9. 両政府は、いずれかの政府が第三国または複数の第三国と締結したいかなる協定も、太平洋地域全体における平和の確立と維持という本協定の根本目的と矛盾するように解釈されないことに合意するであろう。
  10. 両政府は、その影響力を用いて、他の政府に対し、本協定に定められた基本的かつ政治的・経済的原則を遵守し、かつこれを実践的に適用させるよう働きかける。

ハル・ノートを読んで、これで交渉を本格化できる糸口(チャンス)と私は思うのである。 米国は、日本軍の1941年7月の南部仏印(ベトナム)進駐に伴い8月1日より日本への石油輸出を禁止した。 ハル・ノートの第2章 米日政府の今後の実施事項には6.として貿易協定の締結に向けた交渉を開始の記載がある。どうなるかは、不明であるが、交渉できる可能性は存在すると思う。 対立が全てではない。

なお、11月20日に米側に提出された乙案では、ベトナムからの日本軍撤兵について以下のように記載されていたのである。

The Government of Japan declares that it is prepared to remove the Japanese troops now stationed in the southern part of Frence Indo-China to the northern part of the said territory upon the conclusion of the present agreement.

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