日航機御巣鷹山墜落から41年が経過しました。
NHKクローズアップは8月26日に「なぜ真相は埋もれたのか 〜日航機墜落41年の新証言〜」を放送していました。 (番組のページはここ です. なお、NHKワンでの配信は終了済み。 こちらのNHKの16:40息子はなぜ… 母親が問い続ける“事故の真相” もほぼ同様の内容と思います。)
NHKの放送では、事故調査報告書が裁判で証拠として扱われることの懸念から証言が得られず、真相究明が困難・不可能に陥り、その結果として、日本においては事故の再発防止の構築困難な面があると、520人が犠牲となった41年前の日航機墜落事故を取り上げて語られていた。 遺族から「二度と同じような事故を起こさないで欲しい。 真相を解明して欲しい。 自分たちと同じ境遇の人を生まないで欲しい。」というような遺族の声は、どのような事故でも聞かれると思います。 どこまで事故原因が解明・究明されたのか、十分な再発防止対策は講じられ、同様な事故発生の確率は充分下げられたかについて以下で考えてみたいと思います。
1) 事故調査報告書
昭和62年6月19日に運輸省航空事故調査委員会より事故調査報告書が公表されており、このページの「ファイル一覧」をクリックすると、日航機ボーイング式747SR-100型JA8119 群馬県多野郡上野村の山中へ昭和60年8月12日に墜落した事故の調査報告書の11分冊へのLink集が開き、読むことができます。
事故原因については、報告書の第4分冊128ページに次のように書いてあります。
4.2 原因 本事故は、事故機の後部圧力隔壁が損壊し、引き続いて尾部胴体・垂直尾翼・操縦系統の 損壊が生じ、飛行性の低下と主操縦機能の喪失をきたしたために生じたものと推定される。 飛行中に後部圧力隔壁が損壊したのは、同隔壁ウェブ接続部で進展していた疲労亀裂によ って同隔壁の強度が低下し、飛行中の客室与圧に耐えられなくなったことによるものと推定 される。 疲労亀裂の発生、進展は、昭和53年に行われた同隔壁の不適切な修理に起因しており、そ れが同隔壁の損壊に至るまでに進展したことには同亀裂が点検整備で発見されなかったこと も関与しているものと推定される。 |
2) NHKクローズアップ現代の指摘
クローズアップ現代も別タイトルの「息子はなぜ… 母親が問い続ける“事故の真相」も同じですが、圧力隔壁の修理不具合があったことを指摘しています。
NHKは、事故調査の責任者として、事故直後にボーイング社から墜落現場に派遣されていたジョン・パーヴィスさん(現89歳)の発言として次のことを報じていました。
「3回目の調査のときだったでしょうか。ホテルに戻った夜の10時ごろだったと思いますが、互いの調査記録を比較しました。そこで、チームの構造担当者が何かに気づいて、図面を描いて私に説明してくれました。
そして(本社のある)シアトルに連絡を取り、私たちが発見したことを報告することにしたのです」
「圧力隔壁の縁の近くに生じていた亀裂の入り方が、正しく修理されていたら起こりえないものでした。これにより、圧力隔壁に調査を集中できたのです」
「技術者による修理方法の誤解だったと思います。あくまで推測に過ぎません。修理を計画した担当者とだけは2回話しましたが、修理自体については話しませんでした。残念ながらそれ以上は分かりません。 自分の担当は墜落事故の調査で、修理ミスが起きた理由までは分からなかった 。」
「私は調査で得たことを報告しました。特に日航機の事故を教訓として、圧力隔壁自体が大幅に強化され、修理手順も全面的に見直されました」
圧力隔壁の修理ミスについてNHKが示していたスケッチは次図です。 左は正常。 右は、日航機747SR-100型JA8119の隔壁に対して1978年になされていた修理。 ボーイングから修理のために日本へ輸送した隔壁を、修理の際にわざわざ切断してリベット締めして接合しているとのジョン・パーヴィスさんによる説明。
隔壁箇所では機体の下方向への楕円変形が実際には思った以上に大きかったので、予定通りの隔壁修理を実施した場合、隔壁と構造材である機体外板に歪みや内部応力を与える事が懸念され、より安全な解決策として隔壁修理での接合方法の変更で対応した可能性もあるのではないかと思う。
3) 大阪空港しりもち事故での修理
事故が発生したのは、1978年6月2日15時であった。 14時18分羽田を離陸、14時58分に大阪城の東2km地点を通過し、15時01分に大阪空港滑走路の接地点標識付近に一旦接地した後、浮上し、この第1接地地点から460m先に機体後部の胴体を滑走路に接触し着陸した(しりもち着陸)。 このときの風は、風速秒速7.6mで、着陸機に対して前方左50度から吹いてくる向かい風であった。
この事故において、乗客において重傷2名、軽傷23名が発生した。 事故機の後部は、次図での黒太線部分に損傷があった。 赤で示したのは、圧力隔壁である。 事故機は大阪空港で日航により仮整備・修理が行われ、6月15日に羽田に回送された。6月10日には、日航とボーイングの間で修理契約が締結され、部材の交換・修理等をボーイングが羽田の日航格納庫内で実施することとなった。 修理に対する基本的な考え方は、損壊した主要構造部材は新造機と同一の部材に交換し、その結合も新造機と同一の結合方法とすることであった。 修理は6月17日から実施され、飛行試験を含め7月11日に完了した。
圧力隔壁の修理作業においては、ジャッキ支持で機体重量を支える等を行い、圧力隔壁下半分を取り外した。 新しい圧力隔壁下半分と取り替え、リベットで接合するにあたり、検査で隔壁左側部分ではリベット孔周辺マージンが規定値より不足することが判明した。 結果、合わせ面に1枚の板をはさむこととした(次図を参照ください)。 この板は、取り外した圧力隔壁を切断し製作された。
(この部分の説明は事故報告書からです。)
上の図は、2)で記載したNHKの解説図と同じように思えるが、そもそも、しりもち事故による機体の変形は想定より大きかったのかもしれないと想像する。
4)離陸、事故、御巣鷹山激突まで
御巣鷹山への激突までをふり返ってみたいと思います。 事故機(JL123便)は1985年8月12日18時04分に羽田空港18番スポットから地上滑走を開始し、18時12分滑走路を離陸した。 離陸後12分経過した18時24分35秒頃「ドーン」というような音とともに飛行の継続に重大な影響をおよぼす異常事態が発生した。 この事態とは、圧力隔壁が客室与圧空気により後方に吹き上げられ開口、APU(補助発電機)本体を含む胴体尾部構造の一部の 破壊•脱落を起こし、垂直尾翼内に流れ込み、方向舵の脱落、および4系統の方向舵操縦系統油圧配管すべての破断を引き落こした。 この間、数秒程度と推定されている。 この破損により方向舵・昇降舵による操縦機能、水平安定板のトリム変更機能は発生直後に失われたと推定されている。 操縦室を含む客室与圧も数秒間で失われた。
次図が事故調査報告書にある飛行経路図であり、異常事態が発生したのは赤丸で示した地点付近と推定されています。
事故報告書によると、異常事態発生時の高度24,000ft(約7,000m)で、外気圧は5.7psi(0.39気圧)であり、客室は14.36psi(0.98気圧)に与圧されていた。B747-100航空機の貨物室も含めた与圧区画の総容積は約1,500m3であり、圧力差8.66psi(0.59気圧)で、数秒間のうちに1,000m3位の機内空気が機外に流出した。 結果、18時24分35秒頃から事故機は操縦・コントロール不能となり、18時56分30秒頃墜落した。
5)事故を受けての安全対策
米国国家運輸安全委員会(NTSB-National Transportation Safety Board)は、事故から4ヶ月近く経過した1985年12月5日に、次のような安全勧告(Safety Recommendations)を発行した。 文書はここにあります。 内容の主要と思う部分を紹介します。
”Therefore, to preclude the possibility of future occurrences of such conditions, the National Transportation Safety Board recommends that the Federal Aviation Administration:”(従い、今後このような事態が発生する危険性を未然に防ぐため、国家運輸安全委員会は連邦航空局に対し、以下のことを勧告する。)
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Require the manufacturer to modify the design of the Boeing 747 a empennage so that in the event that a significant pressure buildup occurs in the normally unpressurized empennage, the structural integrity of the stabilizers and their respective control surfaces will be protected against catastrophic failure, and to incorporate associated modifications on all Boeing 747 airplanes.
(製造業者に対し、通常は加圧状態にない尾翼部に著しい圧力上昇が生じた場合でも、安定板およびそれぞれの操舵面の構造的完全性が壊滅的な破損から保護されるよう、ボーイング747の尾翼部の設計を変更することを義務付け、かつ、すべてのボーイング747航空機に関連する変更を施すことを義務付ける。)
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Require the manufacturer to modify the design of the Boeing 747 hydraulic systems so that in the event a significant pressure buildup occurs in the normally unpressurized empennage, the integrity of all four hydraulic systems will not be impaired, and to incorporate associated modifications on all Boeing 747 airplanes.
(製造業者に対し、通常は加圧状態にない尾翼部で著しい圧力上昇が発生した場合でも、4系統ある油圧システムのすべてに健全性が損なわれないよう、ボーイング747の油圧システムの設計を変更すること、およびすべてのボーイング747航空機に関連する変更を施すことを義務付ける。)
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Reevaluate the design of the Boeing 747 and 767 aft pressure bulkheads by requiring Boeing to analyze and test further the bulkhead to demonstrate the validity of the fail-safe "flapping" failure mode.
(ボーイング747および767の後部圧力隔壁の設計を再評価し、フェイルセーフ型の「フラッピング」損傷モードでの有効性を実証するため、ボーイング社に対し、当該隔壁のさらなる解析および試験を義務付ける。)
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”all Boeing 747 airplanes”との言葉が使用されている。 このallと言う意味は、今後製造する747機ではなく過去に生産した747機を含めた全ての747機の意味と理解するのです。
日本で、この事故に関する事故調査報告書が出されたのは事故から1年10月後の1987年6月であった。 米国で国家運輸安全委員会が、事故の結果を受けて勧告を出したのは事故から4月足らず。 ボーイング747という米国の主要最先端製品であるジェット機に欠陥があることは国策としても許せない。 そんなこともあって、米国政府も取り組んだのだと思う。 御巣鷹山事故を受けて、飛行機に改良はなされているのであり、現在の飛行機にも事故の経験は生かされていると考える。
6)事故調査と航空機の改良
事故調査がNTSBの1985年12月5日付け勧告につながり、米国連邦航空局(FAA-Federal Aviation Administration)は改修・点検命令(AD-Airworthiness Directoves、1986年4月のAD-86-08-02やAD-85-22-12他)を発行した。 また、ボーイングは1986年4月以後関連するSerice Bulletinを発行した。 いずれも、日本で事故調査委員会の報告書が発行される以前である。
設備や機械の安全性は、事故のフィードバックにより確保される。 いや、保たれるのである。 安全を考慮して、設計・製作・組立・検査・運転が行われていても、思いもよらぬ所に危険性があり、場合によっては重大な事故が発生する。 航空機製造国である米国であるからこそ、素早い対応であったのであろうか? ボーイング747が世界で運航され、購入され続けるためには、安全性が確保されていなければならない。 もっとも、安全性確保については報告書を待たずして、より安全と考えられる対策を講じることは可能である。
1996年7月17日ニューヨークJFKを午後8時19分に離陸したTWA800便は8時30分過ぎロングアイランドの南の高度4600m付近で爆発、墜落し、230名の乗客乗員全員が死亡した。 NTSBの事故報告書は2000年8月23日に発行されており、原因は主翼中央の燃料タンクにおける燃料と空気の混合ガスの爆発とされた。 NTSBがTWA800便事故を受けての最初の安全勧告が出されたのは1996年12月13日であり、報告書の結論を待つまでもなく考え得る対応は実施するという進め方と理解するし、正しいと考える。
事故が犯罪行為により引き起こされているとの確証が高くない限りは、警察は捜査よりも現場の保全や保安を考えるべきである。 日航機墜落事故の原因に関わっているのは不適切な圧力隔壁の修理であるが、隔壁修理を実施したのは、ボーイング従業員である。 何故不適切と思える修理をしたのか、どのような事情があったのかは聞けていない。 米国に帰国した場合には、日本の捜査権は及ぼせない。 また、米国では調査への協力見返りとして起訴や賠償をしないことを条件とすることが可能と理解する。 安易な隔壁修理が何故実施されたのか、その理由を知りたいが、知る手段は存在しない。 機体強度には関係しない部材であるからと言う理由からか。
私の知っている米国は・米国人は合理性を重視した人たちである。 でも、今の大統領のようなトンデモ人間もいるんだなと思う。 でも、それを日本にあてはめれば、同じようか?
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